121.小さな決意
―――自衛隊がすでに壊滅していた。
十和田さんのその発言に、言葉を失う藤田さん。
だがそれもほんの数秒の事だった。
すぐに彼は冷静さを取り戻し、十和田さんに質問する。
「壊滅って……どういう事だ? 一体何があったんだ、十和田!」
詰め寄る彼に、十和田さんは渋い顔をする。
その顔は青ざめ、身体は震えていた。
まるで思い出すだけでも恐ろしいとでも言うように。
(……余程の事があったのか?)
モンスターの襲撃、もしくは内部分裂だろうか……?
魔物使いの少女による学校の壊滅なんて実例も見ているんだ。
どんなことがあってもおかしくはない。
「どうした、十和田? 答えてくれ?」
「……」
再度藤田さんが問いかけるも、十和田さんは口を閉ざしたまま震えていた。
先程とはえらい違いだ。
(……こりゃ説明して貰うのは難しそうだな)
一体何があったらここまで怯えるのだろうか?
重機を片手で軽々投げる化け物と追いかけっこをしたとか、闇で何でも生み出す狼と死闘を繰り広げたとかそんなだろうか?
ともかくこうなった以上、計画を大幅に変更する必要がある。
自衛隊が壊滅しているのなら、既にここに居る意味はない。
すぐにでも戻って別の対策を講じなければならない。
(あくまで彼の言葉を全て信じるなら、だけどな……)
とはいえ、十和田さんが嘘を言っている様には思えない。
先程からずっと『観察』していたが、演技をしているような素振りは一切見られなかった。
『演技』を取得した影響かも知れないが、相手が自然体なのか、それとも何かを演じているのか、その微細な違いが何となく分かるのだ。
その点から言えば、十和田さんはシロ。
ただ真実のみを、藤田さんに告げているように見えた。
ま、十和田さんが俺以上のスキルや演技力を持っているといえばそこまでだけど、疑い出せばキリが無い。
慎重すぎるのに越したことはないが、それで考えばかりが先行し、何も行動できなくなるのでは本末転倒だ。
「あの、藤田さん、その人お辛そうですし、無理に説明して貰わなくてもいいんじゃないですか? ……それより、今後の事を考えましょう?」
「え? ああ、そうだな……」
藤田さんは顎に手をやり、しばし考えたのち、十和田さんの方を見る。
「……十和田、お前今後はどうするつもりなんだ?」
十和田さんはしばらく俯いていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……お前の居る町に拠点を構える予定だった。…………もう俺たちの居た町は無いからな」
最後の部分は何といったのだろう?
声が小さくてよく聞き取れなかった。
「そうか。なら話が早い。俺たちの所に来ないか?」
「悪いがそれは無理だと言っただろ。今の俺たちではお前の望む戦力にはなれん」
「いや、そーゆうのじゃねーって」
はぁーと藤田さんは大きくため息をついた。
再び煙草をくわえて火をつける。
「十和田よぉ、お前ホント真面目だよな。馬鹿が付くくらいによ?」
「なに……?」
「いや、だから……なんでお前、俺がお前を仲間にしないって話になってんだよ?」
「それは先ほども言った通りだ。俺たちの駐屯地はとっくに壊滅して戦力としては不十分―――」
「だーかーらっ」
今度は藤田さんが十和田さんの言葉を遮って話す。
「それとこれとは別問題だろうが。何で俺が二十年来の親友を見捨てなきゃなんねーのかって聞いてんだよ!」
「ッ……」
その言葉に十和田さんの瞳が見開かれる。
憔悴しきった瞳に光がさす。
「自衛隊の協力が得られなかったのは確かに残念だ。ああ、残念だとも。……でもな。だからこそ、俺はお前がそんな状況下でも生き延びていてくれていた事が嬉しかった」
「総一郎……お前……」
藤田さんは手を差し出す。
「だから十和田、俺たちと一緒に来い。俺にはお前が必要だ」
その問いかけに、十和田さんはふっと笑う。
「……お前は本当に昔から変わらんな。学生の時のまんまだ」
「変わったさ。煙草も酒も飲む様になったし、結婚もした。ま、妻と子供にゃ逃げられちまったがな」
「……お前、サキちゃんとあれだけ仲良かったのに離婚したのか……?」
「言うなよ。その、色々あったんだよ……」
「そ、そうか……、その……なんというか、すまん。聞かなかったことにする」
「気ぃ使うな! 逆に傷つくだろうが! ……でだ。返答は?」
再び藤田さんは問いかける。
少しだけ間を空けて、十和田さんはその手を掴んだ。
「……ああ、これからよろしく頼む」
「そうこなくっちゃな」
心底嬉しそうに、藤田さんは笑った。
「よしっ、そーと決まれば善は急げだな。一之瀬ちゃん、悪いけど君は先に市役所へ戻ってくれないか?」
「え?」
「バイクと徒歩じゃ移動時間にかなり差が出る。君には先行して市役所に行ってこの事を伝えてくれないか? 俺と十和田は他の奴らに事情を話してから直ぐに向かうからよ」
「成程……分かりました」
確かに全員で移動するよりも、俺一人が先行した方が効率はいい。
もっと言えば、一人で行動できるというのが良い。
「じゃあ、早速出発します」
「ああ、くれぐれも気を付けてな? 安全第一で行動してくれ」
「勿論です。藤田さんこそ。くれぐれも死なないで下さいね?」
「はっ、生意気言うな、ガキんちょが」
頭をわしゃわしゃされた。
おいおい、藤田さんよ、それは今のご時世じゃセクハラ案件ですよ。
でも不思議と不快感は無い。
この人なら別にいいかと、そう思えてしまう。
(こういうのが大人の包容力っていうんだろうか……)
俺にはそういうのが無いからなぁ。社会人なのに。
俺の会社は誰もかれもが自分の都合を優先してた。
こういう人が一人でも居れば、あんなクソみたいな職場でも何かが変わっていたのだろうか?
「けど、まあ、嬉しいよ、一之瀬ちゃん」
「何がですか?」
「君がそうやって普通に話してくれてる事がさ。役場に来た時も、移動してる時も、どこかぎこちないというか、壁を作ってる感じがしてたからなぁ」
「ッ……!」
その言葉に内心俺はドキッとする。
ホントに鋭いな、この人は。
本質を突いてくる。
「でも今の君からはそれを感じない。話していて普通というか、そう接してくれることが俺は嬉しい」
「……」
この人は本心からそう言っているんだろうな。
俺みたいに打算も下心もなく、ただ心配して。
「……うん、決めた」
「ん? 何がだ、一之瀬ちゃん?」
俺は藤田さんをじっと見つめ、
「……藤田さん、市役所に戻ったら少しお時間を貰えませんか? お話ししたいことがあります」
「なんだよ? ここじゃ駄目なのか?」
「ええ。それは戻ってからのお楽しみです」
戻ったらきちんと話そう。
俺やイチノセさんの本当の事を。
だってこの人なら信じられる。
そう思ってしまったから。
「では藤田さん、また後で」
バイクに跨り、俺はパーキングエリアを後にした。




