119.モフモフが好きなんじゃない。モモが好きなんだ
「きゅー! きゅーきゅー」
キツネもどきは目をキラキラさせて俺を見ている。
レッサー・カーバンクル。
どうやらそれがこのキツネもどきの種族名らしい。
「なんだあの……キツネ?」
「藤田さん、あれキツネじゃないです、モンスターみたいですよ。ほら、見て下さいあの額の宝石」
レッサー・カーバンクルの額にある赤い宝石、いや魔石か? それを見た瞬間、藤田さんの表情が変わった。
「……確かに。へぇ、ああいうモンスターも居るんだな……」
そう言いながらも油断なくハンドアックスを構えながら、相手の出方を待っている。
その姿勢に俺は伊達に修羅場を潜り抜けていないなと感心する。
「きゅーきゅー♪」
そんな俺たちとは対照的に、レッサー・カーバンクルは嬉しそうに尻尾を振りながら近づいてくる。
なんというか、全く警戒していない感じだ。
(……もしかして助けてもらったと勘違いしてるのか?)
アイツは巨大蜘蛛の糸に絡まっていた。
もしかしたら喰われる直前だったのかもしれない。
そこに俺たちが通りかかって巨大蜘蛛たちを全滅させた。
確かに見方によっては助けたといえなくもないけど……。
(偶然なんだけどなぁ……)
別に助けようと思って助けた訳じゃない。
結果的にそうなったってだけの話だ。
一応用心して銃を構えると、レッサー・カーバンクルはびくりと震えた。
「きゅっ!? きゅ、きゅー! きゅうう!」
ぷるぷると震えながら、レッサー・カーバンクルはこちらを見つめる。
ぼくわるいもんすたーじゃないよーって言ってる気がする。
「……可愛いな」
すぐ隣でハンドアックスを構える藤田さんが、至極真面目な表情でそう言った。
チワワにみつめられた時のお父さんのような表情である。
「……藤田さん?」
「……はっ。あ、いや、すまん! 別に油断してるわけじゃないんだ。大丈夫だ。……しかし、なんというかこう凄くモコモコしてて可愛いくないか、アイツ」
……このおっさん本当に大丈夫だろうか?
レッサー・カーバンクルも「きゅう?」と首をかしげている。
それを見て藤田さんはポッとなる。
おっさんの頬染めとか誰得だよ……。
(いや、待てよ。もしかしてコイツ、あの生徒会長みたいに『魅了』系のスキルを持ってるんじゃ……)
俺が睨みつけると、レッサー・カーバンクルはこてんと仰向けになった。
お腹まる見せで、ぷるぷると涙目でこちらをみつめてくる。
あ、違うわ。これ仕草がいちいちあざといだけだ。
だが残念。いくら見た目が小動物でモフモフしていたとしても、モモという相棒が居る限り、俺の心が揺らぐことはない。
俺はモフモフが好きなんじゃない。モモが好きなのだ。
モモだからこそ好きなのだ。
浮気駄目、絶対。
(そう言えばあの状態でお腹撫でると、モモも喜ぶんだよなぁ……)
膝の上で仰向けになったモモのお腹を撫でてやると、モモは「くぅーん……」と満足げな声を漏らすのだ。
もうね、あれ可愛さがヤバい。
ずーっと撫でていたいくらいの破壊力。
妄想の中でもモモは可愛くて癒されるなぁ……寂しい。早く本物に会いたい。
≪レッサー・カーバンクルは仲間になりたそうにアナタを見ています。
仲間にしますか?≫
と、再び頭の中に響く天の声。
うるさいなぁ。
というか、ぶっちゃけ、コイツ仲間にして俺に何のメリットがあるんだよ。
「……(ふるふる)」
すると手に持った銃が震えた。
(……ん?アカはこいつを仲間にするのは賛成なのか?)
(……ふるふる!)
アカは力強く震えた。
ぜったいなかまにしたほうがいいよ! そんな風に言ってる気がする。
アカがこんなに意見を押すのは初めてじゃないだろうか?
うーん、どうするか……。
俺が悩んでいると銃が一瞬、不自然に震えた様な気がした。
すると仰向けになっていたレッサー・カーバンクルが突然起き上がったのだ。
「きゅ!」
何をする気だと見ていると、ヤツの額の宝石が光った。
すると俺と藤田さん、ついでに銃も淡い光に包まれた。
「これは……」
「なんだこの光は?力が……湧いてくる……?」
この光ってもしかしてさっきの巨大蜘蛛と戦った時の光か?
あの時も、突然体が光ったかと思ったら、妙に力が強くなったけど……。
「もしかして……」
俺は己のステータスを確認する。
クドウ カズト
レベル19
HP :210/210
MP :58/58
力 :157(+16)
耐久 :153
敏捷 :338
器用 :308
魔力 :35
対魔力:35
ステータスの横に今までは無かった数字が表示されている。
『力』の数値の横に+16。
おそらくこれはこの数値分『力』が増加されているって事なのだろう。
「きゅ! きゅ! きゅー!」
レッサー・カーバンクルの額の宝石が更に点滅する。
すると、それに呼応するように俺たちの体は光り輝き、『耐久』、『敏捷』、『器用』のステータスが増加した。
どの項目もおよそ一割~二割程数値が増加している。
(支援スキル……バフみたいなもんか)
それがコイツの持っているスキルなのだろう。
レッサー・カーバンクルを見ると、「どう、すごいでしょ? ほめてほめて!」と尻尾をパタパタしながらコチラを見つめている。
≪レッサー・カーバンクルは仲間になりたそうにアナタを見ています。
仲間にしますか?≫
そして三度頭の中に流れる天の声。
成程、確かにアカの言った通りコイツは役に立つのかもしれない。
それだけこのスキルは魅力的だ。
(……というか、アカ。お前この事に気付いてたのか?)
俺が問いかけると、アカは「んーなんとなくー?」と震えた気がした。
(そう言えばモモもアカを仲間にするときこんな感じだったな……)
動物やモンスターにしかない野生の勘みたいなものがあるのかもしれない。
本当ならイチノセさんやモモにも相談したいところだけどこの状況じゃ無理か……。
あとで連絡しよう。
(はぁ……分かったよ、アカ)
俺は頭の中でイエスと念じる。
≪レッサー・カーバンクルが仲間になりました≫
≪一定条件を満たしました≫
≪職業『魔物使い』が獲得可能になりました≫
≪職業『魔物使い』は既に取得可能な状態です≫
≪職業『魔物使い』を選択する場合はLV3からのスタートになります≫
……取る気も無いのに『魔物使い』のレベルがどんどん上がっていく。
まるで“彼女”があの世からとれとれと囁いている様だ。
いや、気のせいだろう。
まあそれは置いておいてだ。
「きゅきゅー!」
俺がイエスを選択した瞬間、レッサー・カーバンクルは物凄い勢いで俺に抱き着いて来た。
前脚をわちゃわちゃさせて、必死にお腹にしがみつこうとする。
「お、おい、一之瀬ちゃん、それ大丈夫なのか……?」
「え? あ、はい。何か妙に懐かれちゃったみたいで……」
「懐かれたって……一応モンスターなんだろ、ソイツ?」
「あ、実はですね―――」
俺は藤田さんにコイツが仲間になったという事を伝える。
藤田さんはかなり驚いた。
「仲間になりたそうな目で見てるって……ホントにゲームみたいだな……」
「ですよね……」
「うーん、にしてもモンスターか……」
藤田さんは顎に手をやりながら難しそうな顔をする。
「市長はまあ分かってくれるとしても、他のメンバーを説得するのはかなり手間かもしれねぇなぁ……。あ、それと自衛隊基地ではその子、隠しとけよ。絶対面倒事になるからな」
「あの……藤田さんは反対しないんですか?」
俺が恐る恐る訊ねると、藤田さんはきょとんとした表情を浮かべ、
「へ? そりゃ勿論、構わねぇさ。モンスターとはいえ、殺さなくて済むならそれに越したことはないだろ?」
何でもない事のように笑った。
その答えに俺は少し感心した。
やっぱりこの人は俺の元同僚たちとは違う。
「きゅ、きゅー♪」
レッサー・カーバンクルは俺の肩に載る。
どうやらここが気に入ったらしい。
尻尾が当たってモフモフのマフラーをしている感じだ。
「にしても、コイツはまた可愛いなぁ、おい」
そっと手を伸ばし、レッサー・カーバンクルの頭を撫でようとする。
「きゅ!」
だが残念、躱されてしまった。
「…………」すっ。
「きゅ!」ささっ。
「…………」すっ、すっ。
「きゅ!きゅ!」ささっ、ささっ。
「……なあ俺、嫌われてんのかい?」
「ど、どうなんですかね……」
若干……いやかなりしょんぼりとする藤田さんに俺は何も言えなかった。
「あ、そうだ。せっかくだし名前つけようか?」
俺がそう訊ねると、レッサー・カーバンクルはコクコクと頷いた。
付けて欲しいらしい。
「お、そりゃいいな。じゃあ俺が―――」
「しゃー!」
「……」しょぼーん。
再び落ち込む藤田さんをよそに、俺は考える。
「うーん、じゃあ“キキ”でどうかな?」
キツネみたいな黄色い体毛だからキキ。
アカの時といい、我ながら安直なネーミングセンスだなと思ったが、キキは嬉しそうに顔をほころばせた。
「きゅ~!」
どうやら気に入って貰えたらしい。
そうだ、ステータス確認しておかないとな。
すぐさまパーティーメンバーの項目をチェックする。
キキ
レッサー・カーバンクル LV7
LV7、か。
まあそんなもんだろうな。
……イチノセさんのステータス画面にもキキの名前は表示されてるはずだ。
遅かれ早かれ連絡はしないといけないな。向こうも上手くやってくれてるといいけど……。
「それじゃあ、藤田さん、出発しますか」
「……あ、ああそうだな」
俺はキキを肩に、藤田さんを後ろに乗せて再びバイクを走らせる。
「なあ、キキちゃんよ、ちょっとだけでいいから撫でさせて―――」
「しゃー!」
そんなやり取りを繰り広げる藤田さんとキキに俺はちょっとだけ笑ってしまった。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
キキには、支援バフ以上にさらにとんでもないスキルが隠されているという事を。
そしてそれが後の戦いで重要な鍵になるという事を―――。
一方その頃。
西野、六花のパーティーはジャイアント・アントの殲滅に当たっていた。
「ぬおりゃああああああああああああああ!」
振り下ろされた丸太がジャイアント・アントの頭を潰す。
ぐちゃりと鈍い音と共に、足元に黄色の魔石が転がった。
≪経験値を獲得しました≫
≪ゴショガワラ ハチロウのLVが8から9に上がりました≫
「ふぅーふぅーや、やったか!?」
新調した丸太の具合を確かめる五所川原。
どうやら役場には丸太があったようだ。
「おー、やるねーおっさんー。んじゃ、こっちも!」
六花は両手に鉈を構え、ジャイアント・アントの群れに突貫する。
殺虫剤によって弱体化した蟻共は六花の敵ではなかった。
瞬く間に蟻達は斬り伏せられ、魔石へと姿を変えた。
≪経験値を獲得しました≫
≪アイサカ リッカのLVが13から14に上がりました≫
「うっし! またレベル上った―」
「油断するなよ、六花。周りは薄暗いし、まだ奴らが隠れているかもしれない」
「分かってるよ、ニッシー」
現在彼らは市役所近辺の商店街―――その『地下街』に居た。
蟻共の巣穴に片っ端から燻製式殺虫剤を投下し、蟻達の殲滅に当たっていたのだが、その穴の一つがこの近辺の地下街に繋がっていることが分かったのだ。
用心しつつ中を覗けばそこにはおびただしい程の蟻が居た。
殺虫剤で弱っているうえ、今回は攻撃の要である六花がいる。
ここで敵の戦力を削っておくのも悪くないと考えた彼らは蟻の巣穴へと足を踏み入れたのだ。
結果として彼らは大金星を収めた。
大量の蟻達を倒すことで、西野を含めた全員のレベル上げに成功したのだ。
(おそらくこの先が奴らの本格的な巣穴だろうな……)
懐中電灯が薄く照らす先は地下街の更に奥。
そこからとてつもなく『嫌な気配』を感じる。
(深入りは禁物だ。少しずつ戦力を削って最深部を目指す)
一先ずはここまで。
引き際をきちんと見極め、西野は撤退する様に指示を出す。
(ああ、そう言えば一之瀬さんは上手くやっているだろうか)
ふと頭に浮かんだのは一時間ほど前にココを出発した少女の姿。
六花の親友であり、自分達の新たな仲間。
(人見知りという事を差し引いても、どこか壁を作ってる印象だったな……)
よそよそしいというか、どこか演技っぽいというか、そんな印象を覚えた。
おそらくまだ自分達の事を信用していないのだろう。
まあ、それも仕方ないかと、西野は思う。
これからゆっくり親交を深めていけばいいのだ。
(うん、彼女もこちらの現状も知っておきたいだろうしメールをしておくか)
ホウレンソウは大事だ。
報告、連絡、相談。
連絡手段が限られている現状では、情報の共有は何よりも大事だ。
お互いの状況は知っておいた方が良い。
西野は何気なくメールのアドレス帳をチェックして……、
「……ん?」
首を捻った。
無い。
彼女の―――『イチノセ ナツ』の名前がどこにもない。
おかしい。
彼女とは昨日仮眠室で顔を合わせている。
ならば順番的に藤田や清水の近くに名前が載っている筈なのだが、どこにもない。
順番で言えばこの辺り。
西野は画面を指でなぞり確認しながら、彼女の名前を探す。
ここだ。
本来、『イチノセ ナツ』の名前が在るべき場所。
そこに在ったのは―――。
「……クドウ カズト?」
覚えの無い名前だった。
在るべきはずの名前。
在るはずのない名前。
混乱。そして疑問。
「どういう事だ……?」
ちなみにキキはメスです。
やったね!




