117.出発
話し合いはその後も続いた。
俺の発言も、その瞬間は皆の注目を集めたが、いかんせん新入りの、それも人見知りの少女の発言だ。
本来なら発言力など無いに等しいだろう。
それでも俺の言ったスキルの効果を、彼らは無視できなかったようだ。
藤田さんや市長は、その効果の説明を詳細に求め、俺はその度にたどたどしく人見知りっぽく答えた。
ただ、俺の元同僚たちは半信半疑だったようだ。
「はっ、本当にそんなスキルを持ってるなら実際に見せてみろよ」
カチンときたが、彼らの意見も尤もだった。
なので俺は実際に彼らの前でスキルの効果も見せた。
駐車場に移動し、動かせるバイクを借りて運転する。
エンジンをかけても音はならず、実際に移動してもま静かなままだ。
その光景に誰もが驚いていた。
(てか、運転できることには誰も突っ込まないのかよ……)
いや、違うか。
スキルの効果に驚いて、そっちまで頭が回ってないだけだ。
まあ、仮に突っ込まれたとしても『騎乗』スキルがあるといえば問題ない。
スキルって便利。言い訳にもってこいだわ。
「これは……確かに驚きだな……」
「ええ、本当に……」
上杉市長と藤田さんはそろって真剣な表情をしていた。
顎に手を当ててなにやら考えている。
きっと彼らは今、頭の中で俺の価値を測っているのだろう。
元同僚たちも実際にスキルの効果を見たことで何も言わず悔しそうな表情を浮かべた。
……俺が言うのもなんだけどガキかよ。
そしてこれが決定打となり、結論は出た。
「よし、俺と彼女。二人で自衛隊の基地へ向かう」
藤田さんは俺を指差してそう宣言した。
新入りの、それも人見知りの少女と市役所のトップの人間の二人組。
本来ならばありえない組み合わせ。
だが、それを補って余りあるほどに、俺のスキルは彼らにとって魅力的だったのだろう。
隠密性に優れ、時間も大幅に短縮できるのだから。
(てっきり西野君か清水チーフ辺りが選ばれるかと思ったけど……)
最初に宣言した様に、藤田さんは自分の発言に責任を持つつもりなのだろう。
本当に律儀な人だ。
市役所の主力メンバーの何名かは最後まで反対していたが、上杉市長と藤田さん自身に説得されて渋々従ったようだ。
(順調に行けば、二時間くらいか……)
あくまでモンスターとの戦闘を避けるという前提付きだがそれでも十分に早い。
丸一日かかると思っていた道程が、その十分の一以下で済むのだから。
あと二人だけなのは、バイクに乗れるのが俺と他一名だけだからだ。
スキルの効果は俺が触れている人や物だけだからな。
乗用車じゃ小回りが利かず、どこかで乗り捨てる事になるだろうしな。
「えっと、その……よろしくお願いします」
「ああ、こっちこそよろしくな」
ぎこちなく俺は藤田さんと握手をする。
最初の予定とは違う形になったが、これはこれで問題ない。
「それじゃあ一時間後に出発しよう」
「……すぐ出ないんですか?」
「ああ、清水ちゃんや他の奴らに指示を出しておかないといけないしな。……それに、万が一の場合の引継ぎもしておかないと」
万が一とか言わないでくれよ。
悪いが俺はおっさんと心中するつもりは毛頭ないのです。
(……まあ、出発まで時間があるのは好都合か)
俺も六花ちゃんやイチノセさんに話しておかなきゃいけないことがいっぱいあるしね。
怪しまれないようにポケットに手を入れて素早くメール画面を操作する。
(メールよりもこっちの方がいいか)
俺は『メール』がLV2に上がった際に獲得した『チャット』機能を使う。
こういう時なら、『チャット』の方が速い。
スマホのラインや、ツイッターのDMみたいな画面が現れる。
そこに文字を打ちこむ。
キーボードを見なくてもスラスラ打てる。
イチノセさんの影響か、俺のタイピング速度もだいぶ上がって来たな。
まだまだ彼女には及ばないけど。
チャット画面に会議の内容を打ちこんでいく。
俺が藤田さんと共に自衛隊基地に向かうこと。
その為に、一部のスキルの効果を彼らに教えたこと。
そして俺が離れている間、イチノセさんには此処の監視を続けて貰いたいこと。
必要な事項を打ちこんでゆく。
すると、イチノセさんからすぐに返事が来た。
『了解しました。それじゃあ私とモモちゃんはここで監視を続けます。
でも、大丈夫なんですか? クドウさんの負担が大き過ぎる気がするんですが……?』
画面越しでもイチノセさんの動揺が伝わってきた。
……まあ、そりゃそうか。
『大丈夫ですよ。決して無茶はしません。
安全第一で行動しますし、万が一危ない場面になったらすぐに逃げます。
まあ、モモやイチノセさんに会えないのはちょっと寂しいですけどね。
それとイチノセさんにやってほしい事があるのですが……』
俺はイチノセさんにある事をお願いする。
それを打ちこむと、一分ほど経ってから返事が来た。
『……それ、本気ですか?』
そう返ってきた。
イチノセさんにとっても驚きの提案だったのだろう。
『本気ですよ。今後の事を考えれば、それが一番、俺たちにとって都合がいいですから』
今回の作戦が成功しても失敗しても、どちらに転んでも俺たちにとって最大限利益が出る様に行動するつもりだ。
無論、成功するのが一番ではあるけどな。
『……分かりました。何とかやってみます。ただあまり期待はしないで下さいよ? 私コミュ力ないんですから』
『ありがとうございます。それじゃあ、お互い頑張りましょう』
『はい。クドウさんも気を付けて
それと、モモちゃんが寂しがってるので、ちゃんと帰って来てくださいね。
その、私も待ってますから。約束ですよ』
……一瞬だけ、チャットを打つ手が止まる。
はは。そんな事言われれば、意地でも死ぬわけにはいかないじゃないか。
『勿論ですよ。それじゃあ、また』
そして俺はチャット画面を閉じる。
「さて、と……」
俺は気合を入れ直して、隣を歩く六花ちゃんを見る。
「……終わった?」
小さく俺にだけ聴こえる声量でそう訊ねてくる。
俺がイチノセさんと連絡を取っている事を察して待っててくれたのだろう。
俺は頷く。
「そっか」と六花ちゃんは小さくつぶやき、いつもの表情に戻った。
「びっくりしたよー。ナッつんがいきなりあんな事言うなんてさ」
「確かにな。それにそんなスキルを持ってたなんて驚いたよ」
「ご、ごめんなさい、リッちゃん、西野君。でも、その……あんまりスキルの事とかは他人に話さない方が良いかなって……」
「……まあ、その考えは否定しないよ」
西野君は苦笑する。
一応、彼の職業やスキルは六花ちゃんから聞いている。
『指揮官』、それに『命令』。
俺のアイテムボックスと違い、それ程隠し立てする様なスキルや職業でもないと思うんだけどな……。
それとも他に隠しているヤバい『スキル』でもあるのだろうか?
「でもその結果、君一人に負担を押し付ける事になった。出会って間もない君一人にだ。……申し訳ないと思う」
それは少しだけ俺の行為を咎める様な……いや、自分の不甲斐なさを悔いる様な口調だった。
「あ、いえいえ、その別に気にしないで下さい」
「はぁ? 気にするに決まってんだろーが。大事な仲間なんだぞ?」
「え、あっ……」
会話に割って入って来たのは柴田君だ。
荒々しい口調で少し怒っているようにも見える。
「テメェがどう考えてるか知らねーが、もうテメェは俺たちの仲間なんだぞ? 勝手にテメェ一人が犠牲になる様な真似なんかさせたくねーに決まってんだろうが」
「いや、その、昨日会ったばかりなのにそんな……」
「あぁ? それがなんだってんだよ? 一分だろうが一年だろうが、ソイツの事をダチだって思った時点でダチだろうが、くだらねぇ。ダチに見返りなんざ求める時点で間違ってんだよ」
柴田君が顔を近づけてくる。
ちょ、怖い、怖い。
「あ、いえ、そんな事を言ってるわけじゃなくてですね……」
「こらっ! 柴っち顔怖い! ナッつんが怯えてんじゃんよ」
「はぁ? お、俺は普通に話してるだけだろうが?」
「その状態が既に怖いっつてんの。悪人面」
「おまっ……え、嘘、マジ……? 俺、そんな顔怖い?」
柴田君は俺たちを見回す。
全員が頷いた。五所川原さんまで頷いている。
柴田君は落ち込んだ。大層ショックを受けた様だ。
その仕草に思わず俺は笑ってしまった。
「まあ、ともかく、俺も柴田と同意見だ。今更どうこう出来る状況じゃないが、それでもこれだけは言わせてくれ。無茶はしないでくれよ。必ず生きて戻って来てくれ。俺たち……いや、六花の為にもな」
そう言って俺の肩に手を置いた。
「あと何かあったら『メール』で知らせてくれ。力は貸せないが、知恵ぐらいなら貸せるかもしれない」
「わ、分かりました。絶対無事に戻ってきます。皆さんも頑張ってください」
背中を押され、俺は西野君たちの下を離れる。
そして十分に距離が離れたところで、ため息をついた。
(前から思ってたけど、西野君たちって気を許した相手にはホント甘いよな……)
いや、まあそれは俺も同じかもしれないけど。
仲間と他人の線引きがきちんと出来てるって事なんだろう。
誰を信用して、誰を利用するのか。
そういう線引きがきちんと出来ているからこそ彼らは強いのだ。
……俺もその姿勢は見習わないといけないな。
そして、それから一時間後。
俺は駐車場のバリケード付近に居た。
(……準備は万端。六花ちゃんにもやってほしい事は全部伝えてある)
メールで定期的に連絡も取るし、問題は無い。
入口付近から、武装した藤田さんがやって来る。
他にも数名。見送りに来たのだろう。
「すまん。待たせたな」
「あ、いえいえ、大丈夫です」
リュックを背負い、腰にはハンドアックスを二本ぶら下げている。
そう言えば、斧を使って戦うとか言ってたな。
バリケードの外に出て、バイクのエンジンを入れる。
藤田さんが後ろに座り俺が運転する形だ。
「それじゃあ、出発しよう」
「はい」
そして俺たちは市役所を出発した。
目指すは隣の県にある自衛隊駐屯地。
さて、それじゃあ気合を入れていこうか。




