116.嫌な仕事は大抵新入りに回される
藤田さんの話を聞きながら俺は心の中で、ああ成程と思った。
自分達で倒せない敵ならば、他の人に助力を乞えばいい。
ましてやそれが日本最大の武装集団ならなおさらだ。
当たり前すぎて、逆に思いつかなかった。
(いや、違うか……)
俺は頭のどこかで、その選択肢を消していたのだ。
四日前のあの日。
自衛隊がハイ・オークに成す術もなく蹂躙されたあの瞬間を見た時に。
(でも、よく考えればあの時の彼らの武装は最低限だった……)
武装にばらつきがあったし、武器を持ち出せない事情があったのかもしれない。
(一応、あのハイ・オークにかすり傷を負わせることは出来てたんだしな……)
かすり傷と言えど傷は傷だ。
もしあの時の彼らの武装が万全だったなら、もしくはミサイルや重機関銃を搭載した軍用ヘリだったならば結果は変わっていたのかもしれない。
銃火器、ミサイル、戦車、軍用ヘリ。
スキルや職業とは違う、この世界本来の科学の力。
魅力的な力だ。
近づかずに遠距離から一方的に砲撃を浴びせる事が出来れば、確かにあの巨大ゴーレム相手でも十分に勝算があるだろう。
地球ナメんな、ファンタジーである。
(ただそれはあくまでも自衛隊がまともに機能していればの話だ)
世界がこうなってもう六日目だ。
とっくに自衛隊が壊滅している可能性だって十分にある。
この町にはハイ・オーク、ダーク・ウルフ、巨大ゴーレムと強力なモンスターが何匹も出現していた。
それが俺たちだけの『例外』だと思わない方が良いだろう。
他の場所にはもっと強力なモンスターが出現している可能性だってある。
だからこそ、藤田さんも『賭け』だと前置きしたのだ。
周囲がざわめく中、誰かが手を上げる。
「自衛隊って、確かに考えてみればそりゃそうだけど……そう上手くいくのか?」
「……分からん」
「なっ……!?」
「最初に言ったろ? これは賭けだと。向こうもモンスターで手一杯かもしれないし、もしかしたらもう全滅してる可能性だってある。そうだった場合は完全に徒労だな」
「だったら―――」
「じゃあ聞くが、それ以外に何か方法があるか? あのゴーレムを倒す方法が?」
「そ、それは……そうだ、蟻共を倒してレベルアップすれば……」
「それで陸自のミサイル以上の力が得られるのか? まあその可能性も無くはないが、俺たちには時間がないんだ。あと三日……いや、正確には58時間。二日と半日だ。俺たちは五日かけてここまでの強さになった。あと二日足らずで、それ以上に爆発的に力が伸ばせると思うか?」
拳を握りしめ、懇々と藤田さんは語る。
誰よりも自分達の力の無さに嘆いているのは彼自身なのだろう。
彼の言葉に、抗議した男性も悔しそうに口を閉じる。
「自衛隊の駐屯地まで普通に車で行けば約一時間ってところか。この状況じゃ車はつかえないし、モンスターをおびき寄せる可能性もあるからバイクも使えない。徒歩での移動だ。丸一日は掛かると思った方が良いだろう」
つまり往復で二日。
いや、自衛隊がまともに機能していて、軍用ヘリが使えるなら実質一日で済む。
あくまで向こうがこちらの救援に応えてくれればという前提だが。
「問題は……誰が行くかだ」
そう、問題はそこだ。
連絡を取り合う手段が無い以上、誰かが直接出向いて知らせなければいけない。
「提案したのは俺だ。言った以上は責任を持つ。ただ……出来るなら、あと一人……いや二人くらいは一緒に来てもらいたい」
どうやら藤田さんは自分で出向くつもりらしい。
「そんな! 駄目ですよ!」
それに対し立ち上がり声を上げる男性。
藤田さんと同じこの市役所の主力メンバーの一人だ。
「あなたと上杉市長はこの市役所の要なんです! もし万が一のことがあればどうするんですか!」
「そん時はお前が代わりを務めろ。そもそも万が一だなんて、今の世界じゃいつ起こってもおかしくねーだろうが。それに自衛隊がちゃんと機能していた場合、交渉役が必要になる。俺以上に適任は居ないだろう?」
「し、しかし……だ、だったら!」
彼の視線が俺たちに向けられる。
「か、彼らに行かせればいいのではないですか? 新参者とはいえ、彼らもレベルはかなり高いと聞きました。十分、任務を達成できると思います」
「いや、お前な……彼らは昨日ここに来たばかりだぞ? こんな危険な任務任せられる訳ねーだろ。こういう時こそ、俺たち大人の出番だろうが?」
藤田さんは溜息をついて、彼を睨み付ける。
大人としての責任、ね。良い事言うね、藤田さん。
でも……他のメンバーはそうでもないようだ。
「た、確かに……」「そもそも俺たちには、俺たちでやる事があるしな……」「下手に一緒に組んで足並み乱れるよりいいんじゃないか?」「こういうのは若い奴らの仕事だし……」「そうそう、俺たちの仲間になりたいなら、きちんと行動でしめさないと」「そうだ、そうだ」
彼らの言葉に藤田さんは慌てる。
「ちょ、ちょっと待てお前ら本気で言ってるのか? 俺はそういうつもりで言ったわけじゃ―――」
「私も彼らの意見に同意します」
そう言って声を上げたは彼の後ろに控えた清水チーフだった。
「清水ちゃん……」
「自衛隊への救援要請。その考えには私も賛同します。ですが、そのための班を新たに編成し、現状の探索班、討伐班のローテーションを組み直す手間を考えるのであれば、新しくやって来た彼らにそのままその任務を任せた方が効率的だと思います。それに―――」
「それに新参者の俺たちであれば、例え失敗したとしても惜しくはない。元々の市役所の戦力が減るわけでもない……ですか?」
清水チーフの言葉に被せる様に西野君が口を開いた。
「……別にそうは言ってないわ。誤解しないで頂戴」
「意味は同じでしょう? というか、俺たちの意見を聞かずに勝手に話を進めないでほしいんですが?」
「そうね。それについては謝罪します。それで……アナタ達は藤田さんの意見に対してどうお考えなのですか?」
西野君と清水チーフの視線が交差する。
「俺は藤田さんの考えには賛成ですよ。自衛隊の助力が得られるなら十分賭ける価値はあると思います」
「だったら―――」
「でも、だからと言って俺たちにそれを押し付けるってやり方は納得しかねます。それに清水さんが言ってたローテーションだって別に手間でもなんでもないでしょう? みんなを納得させる方便にしか聞こえませんでした」
「……はっきり言うわね」
「礼儀はわきまえますが、それとこれとは別です。この作戦には相当なリスクがあります。新参者とはいえ、俺たちは使い捨ての道具じゃない」
「そんな言い方してないでしょう? 大切な仲間なのよ?」
「ですが皆さんの態度はそう言っているように聞こえましたが?」
「何を言ってるんだ、お前!」「学生のくせに礼儀もわきまえてないのか!」「なんて無礼な態度なんだ!」「これだから最近の若者は……」「こんな奴ら信用できるのかよ?」「おい、静かにしろよ!今は大事な話し合いの最中だろうが!」
西野君の言葉に、他の人達が―――特に俺の元同僚たちが激しく反論する。
藤田さんは大きく息を吐き、みんなを宥めようとするが、一度火の付いた口論は中々収まらない。
学生たちに行かせるべきだ。
いや、平等にくじで決めるべきだ。
そもそも別の手段があるんじゃないか、と。
誰もかれもが好き勝手に意見を述べる。
そんな中で、
(おにーさん、どうするの?)
六花ちゃんが小声で俺に訊ねてくる。
(そうですね……)
俺は顎に手を当てて考える。
(市役所……それに自衛隊基地か……)
市役所の現状。巨大ゴーレム。アリの大軍。そして俺たちの持つスキル。
それらを全部含めて考えてみる。
考えて、考えて、考えて―――結論を出す。
どうするのが俺たちにとって一番メリットがあるかを。
(賭けだな……でも分が悪い賭けじゃないはずだ)
うまくいけば、今後の展開を大きく変えることが出来るかもしれない。
俺は即座にステータス画面を操作する。
そして作業を終えると、すっと手を上げた。
「あ、あのー……えっと、つかぬ事をお聞きしますけど、この市役所に動かせるバイクってありますか?」
突然の俺の言葉に、みんなポカンとしている。
何を言ってるんだ、この子? みたいな表情だ。
なんだよ、そんなに意外かよ。傷つくだろうが、イチノセさんが。
西野君も……驚いてるな。俺の方は見てないけど。
「えっと、イチノセちゃん……だったよな? あるにはあるが、それがどうしたんだ?」
答えてくれたのは藤田さんだった。
その返答に俺は満足する。
あるのなら問題ない。
「……私のスキルに『無音動作』ってのがあります。えっと、これは移動が凄く静かになるスキルでして……その、乗り物にも効果があるんです」
その言葉に藤田さんの表情が変わった。
「わ、私が行きます……その自衛隊基地に」
ここらで一度、大きく動いてみるとしよう。
遅かれ早かれ通らなきゃならない道なのだから。




