115.今後についての話し合い
会議室へとやってきた。
中はかなり広い。
普段は市議会なんかで使われるんだろう。
椅子もテーブルも一目で上等なモノだって分かった。
(……見たくもない奴らもいるけどな)
二条の近くには、元職場の同僚たちが座っていた。
俺や二条に残業押しつけて、BBQの画像をインスタに上げてるようなクソ野郎どもである。
ぶっちゃけ顔も見たくなかった。
会議室にいる奴らの大半は、俺たちに対して怪訝そうな表情を浮かべた。
五所川原さんを除けば全員が学生だし、俺に至っては銃を担いでる。
その反応も仕方ないといえば仕方ない。
表情を変えなかったのは数名。
おそらく西野君を救助した際、藤田さんと一緒に行動していた連中だろう。
出来る社会人のオーラを醸し出している。
(彼らがこの中の主力で間違いなさそうだな……)
『索敵』の反応からしても、レベルもそこそこありそうだ。
西野君や六花ちゃんと同程度の実力はあるかもしれない。
(それに対して、俺の元同僚たちときたら……)
ちらりと目を向ければニヤニヤとこちらを見ている。
明らかに俺たちを下に見ていた。
おまけに俺(イチノセさんver)や六花ちゃんを見る瞳にはどこか不躾な色も混じっている。
(ああ、成程。これが女性が男性に対して感じてる視線なわけか……)
六花ちゃんじゃなくてもこれは気付くわ。
顔や胸、体全体を舐め回すような無遠慮で不快な視線。
確かにこれは嫌な気持ちになる。
……後で六花ちゃんとイチノセさんに謝っとこう。
(……そう言えばコイツら、誰が二条や清水チーフを落とすかとかくだらない話題で盛り上がってたっけ)
会社で人気ツートップだった――らしい―――二条と清水チーフ。
混ざりたくもない話題だったから、俺は遠くから聞いてただけだったけど、そんな下世話な話をしていた記憶がある。
結局誰も見向きもされなかったみたいだけどな。はは、ザマァ。
(ま、今は関係ないか……)
状況が状況だ。
そんな事も考えてる暇もないだろう。
俺たちは後方の席へ座る。
前一列が俺、六花ちゃん、西野君。
後ろの席に柴田君と五所川原さんだ。
「全員揃ったようだな」
俺たちが席に着いたのを見計らって、壇上に立つ上杉市長が口を開く。
その隣には藤田さんと清水チーフが控えている。
「今日の予定を話し合う前に、先ずは新たなメンバーを紹介しよう」
上杉市長の視線が俺たちに向かう。
次いで他のメンバーの視線も俺たちに注がれる。
それを受けて、真っ先に立ち上がったのは西野君だ。
「藤田さんや清水さんは既に知っているでしょうが、他の皆様にも改めて自己紹介したいと思います。西野郷也と言います。初めまして」
軽く自己紹介して一礼。
次いでその視線が俺たちの方へ向く。
「俺の隣に座っているのが相坂六花。その隣が一之瀬奈津。後ろの席に座っているのが柴田憲康と五所川原八郎さんです。
我々は昨日、藤田さんのグループに保護されここへ来ました。新参の身ではありますが、皆さんと共に力を合わせてこの状況を生き延びたいと思っています。どうぞよろしくお願いします」
実に堂に入った仕草だった。
なんというか、こういうシチュエーションに慣れている感が凄い。
ホームセンターの時といい、西野君って見た目に反して凄い礼儀正しいよな。
本心はともかくとして。
「ほう、昨日見た時にも感じたが、今時の若いもんにしちゃ、中々礼儀がなっとるな。感心、感心」
パチパチと上杉市長は拍手をする。
次いで藤田さんや他の皆も手を叩いた。
どうやら西野君のおかげで第一印象はいい感じになったようだ。
「えーっと、相坂六花です。よろしくおねがいしまーす」
西野君が席に着くと、隣の六花ちゃんが立ち上がり、軽く挨拶をした。
え? 名乗るの?
さっき西野君が紹介してくれたじゃん。
六花ちゃんが座ったので、俺は仕方なく立ち上がる。
すぅっと気合を入れて、
「あ、ああ、あの、その……一之瀬、な……っ、です。その、よ、よろしく、お、おね、おねがいしま……す」
全力でイチノセさんを演じました。
クスクスと失笑が起きる。
笑っていたのは俺の職場の元同僚たちだった。
まあ覚悟はしていたが仕方ないか。
二条だけは笑ってなかったが、他の奴らは完全に俺の事を下に見たのだろう。
ホントにクソな奴らである。
ただそこで意外な反応を見せたのが柴田君だった。
「おい、今、笑ったの誰だ? 何がおかしいってんだ、ア゛ァ?」
俺が席に着くと、彼は思いっきりテーブルを叩きつけ、笑っていた奴らを睨み付けたのだ。
その迫力に元同僚たちは息をのむ。
「……確かにこれから共に戦っていく仲間に対する態度じゃないな。すまなかったな」
そう答えたのは壇上に居る藤田さんだった。
彼は俺たちに向けて頭を下げて謝罪した。
別に彼が謝る必要はないんだが、組織としての体裁かね?
「あなた達もよ。きちんと謝りなさい」
次いで清水チーフの視線が元同僚たちに向けられる。
彼らは渋々立ち上がり、俺たちに謝罪の言葉を口にした。
形だけの謝罪というのが丸わかりだった。
俺が言えた義理じゃないけど、コイツらホントに社会人だよな?
あ、一応、柴田君にお礼を言っておかないとな。
「……その、ありがとう、ございます……」
「……勘違いすんな。テメーが舐められれば、西野さんや俺達まで舐められるんだ。テメーの為じゃねーよ」
「それでも……です」
「ッ……そ、そーかよ。分かったから、さっさと前向け、ボケ」
目を逸らされた。悲しい。
上杉市長が手を叩く。
「では顔合わせも済んだことだし、本題に入ろう」
先程までの朗らかな表情とは一転、上杉市長の目に鋭さが宿る。
「昨日も話したが、諸君らの働きで儂のスキルのレベルを上げる事が出来た。まずはその事にもう一度感謝の意を示そう」
上杉市長は俺たちを見回す。
「そして昨日、レベルアップのための新たな条件が提示された。その条件に付いて、君たちと情報を共有しておきたい」
上杉市長は昨日藤田さんと話し合っていた内容を俺たちに語った。
人員の確保。
魔石の入手。
そして指定モンスター二体の討伐。
最初の内は平静を保っていた彼らも、最後の条件を市長が口にした際は流石に表情を変えた。
「嘘だろ……?」「何だよそれ?」「モンスターに名前なんてあったのか?」「指定モンスターの討伐?」「ゴーレムってアレだよな? 俺たちの会社をぶっ潰したやつ?」「あんなのと戦えっていうのか?」「いや、その前に魔石と人数だろ? どっちも達成できんのか?」「いや、でもあの後結構な人数がここへ来たぜ? 数だけなら集まるんじゃねーか?」「数だけ揃ったところで意味ないだろ。実際に戦うのは俺たちなんだぞ?」
誰もが動揺する中、六花ちゃんが俺の方を見る。
(……おにーさん、知ってたの?)
(ええ)
六花ちゃんにもなるべく早く伝えたかったが、タイミングが無かったからな。
(イチノセさんには既にメールで伝えてあります)
(ナッつんはなんて?)
(なにそのクソゲー、だそうです)
(……ナッつんらしいね)
六花ちゃんは微妙な笑みを浮かべる。
まあ、俺もイチノセさんに同意見だ。
条件が厳しすぎる。
「静粛に」
パンパンと上杉市長が手を叩き、皆の声を遮る。
「皆の気持ちも分かる。これまでと比べ明らかに条件が厳しすぎるからな。言いたい事も多々あるだろうが、先ずは我々の話を最後まで聞いてほしい」
上杉市長が藤田さんの方を見ると、彼はこくりと頷いた。
「あー、こっからは俺が続けさせてもらう。一応、現場の指揮預かってんのは俺だからな」
彼は背後に備え付けられていたホワイトボードに今しがた市長が話した条件を書きつづる。
「とりあえず最初の二つの条件、魔石と人数に関してはこれまでと同じだ。幸い、電気が使えるようになったことで、ここを目指す奴は増えるだろう。現に今朝の時点でここにやってきた奴は8人も居た。つまり現時点でここに居る人の数は84名。人数に関しては今日中に達成できる可能性もある」
あくまでこれ以上犠牲者を出さないという前提付きだがなと、彼は続ける。
「それと、指定モンスター二種類。その内、蟻の方についてだが―――こっちについては、ある程度の勝算はある」
昨日言ってたヤツか……一体何だろうか?
彼は持っていたレジ袋から取り出したソレを壇上の上に置いた。
「お前らも見たことがあるだろう。これは燻煙式の殺虫剤だ」
分かりやすく言えばバル◯ンである。
「昨日、新たにいくつかの殺虫剤を試したんだが、このタイプの殺虫剤も蟻共に対してある程度有効だという事が判明した」
おお、と会議室からどよめきが湧く。
「直接ぶっかけるマグナムブラスターに比べれば効果は落ちるが、拡散力という点ではこっちの方が遥かに勝る。―――コイツを奴らの巣穴にぶち込む」
「それで奴らを全滅させると?」
藤田さんの班の一人が声を上げる。
「いいや。流石にそこまでは無理だろう。だが弱らせることは出来るはずだ。最初は入口付近、次に巣の中に入ってから、マグナムブラスターと併用して少しずつ奴らの巣を攻略していく」
「でしたら、ガソリンの方が良いのでは? モンスターと言えど生物です。熱や煙も有効な戦術だと思いますが……」
「それも有効だろうが、巣の深さが分からない内に試すのは危険だ。ガスが溜まる可能性もある。その点、殺虫剤なら俺たちにさほど影響はない。……まあ、最終手段として、火も考えておくけどな」
「なるほど。分かりました」
「だからこの二つの殺虫剤をなるべく多く確保しなきゃなんねぇ。なにせ敵さんは数が多い。今日の探索では、この二つをより優先して集めてほしい。それと並行して巣の攻略も行っていく。……ここまではいいか?」
先程までざわめいていた誰もが藤田さんの言葉に耳を傾けている。
あまりに無茶だと思われた条件に対し、藤田さんの示した攻略法は堅実であり現実的であったからだ。
もしかしたらイケるかもしれないという淡い期待が彼らの中にも生まれているのだろう。
「次にゴーレムの方だが―――」
皆は藤田さんの言葉を待つ。
一旦言葉を区切り、彼ははっきりと宣言した。
「―――はっきり言って、コイツは今の俺たちじゃ無理だ」
「なっ!?」
「皆の目撃情報を検証した限りじゃ、コイツはデカいビルがそのまま動いてるような化け物だ。俺たちが束になって掛かっても万に一つも勝ち目はないだろう」
その言葉に再び会議室がざわめく。
誰もが絶望した様な表情を浮かべる。
「ふ、藤田さん、冗談ですよね?」
「冗談な訳ねーだろ。強力な爆弾や火力持ちのスキルでもあれば話は別だがな」
「だ、だったら、どうしろというんですか! ここには僕の家族も居るんですよ! だから命を懸けてでも戦ってきたんだ! せっかくここまで……ここまできたっていうのに……」
「ああ、その通りだ。まともに戦っても勝てないだろう。だったら、勝てそうな連中に縋るしかない」
「……え?」
藤田さんは煙草をくわえる。
ふぅーっと煙を吐きだし、
「先に言っとくがこれは賭けだ。向こうがどうなってるか分からないし、そこに辿り着いたところで、俺たちの要請に応えてくれるかどうかもわからない。それでも、俺はこれが唯一俺たちが生き延びれる方法だと思っている」
藤田さんは会議室に居る全員を見つめ、提案する。
「―――隣町にある陸上自衛隊駐屯地。そこに救援を要請する」




