114.六日目の始まり
夜が明けた。
六日目の朝だ。
身を起こして隣を見ると、六花ちゃんがいた。
すぅすぅと可愛らしい寝息を立てている。
その奥には清水チーフと二条が、そして周りを見渡せば避難所の女性陣が眠っている。
(修学旅行みたいだな…)
大部屋で雑魚寝。
まさしく修学旅行だ。
違うのは修学でも旅行でもなく、サバイバルってことだけど。
帰りの切符はございません。
自分の体を確認する。
イチノセさんの姿のままだ。
(『変化の術』が眠っている間も作用してくれて良かった……)
じゃないと無駄に手間をかける必要があったからな。
他の忍術が使えなくなるって欠点はあるが、燃費という点では現在使える忍術の中でも一番かもしれない。
「それにしても……」
俺は部屋を見回す。
みんな寝相がひどい。
二条のやつは腹出して寝てるし、清水チーフも普段ダンゴみたいにまとめてる髪がボサボサになってる。普段の凛々しさからは想像もできない姿だ。
一番寝相良いのがギャルの六花ちゃんってどーなんだろう?
あと毛布の上からでもわかる見事なふくらみです。
寝息と共に上下してますね。ありがとうございます。
とりあえず拝んどこう。
≪メールを受信しました≫
ん?
『おはようございます。昨日はよく眠れましたか?
あとリッちゃん(特に胸)に厭らしい視線とか送っちゃ駄目ですよ?』
おっふ……。
なにこの子、怖い。勘が鋭すぎる。
昨日の意趣返しに、六花ちゃんなら俺の隣で寝てますよって送ってやろうかとも思ったが、それをすれば何かが終わると本能とスキルが告げていたので思い留まった。
「……ん? ふぁ~、おはようナッつん……」
そうこうしている内に六花ちゃんも目が覚めた様だ。
目を擦りながらこっちを見つめてくる。
いつもサイドテールで髪をまとめてるから下ろしてる姿はちょっと新鮮だった。
ちなみに彼女の寝巻だが、ワイシャツと下着だけという非常にエロい格好である。
ありがとうございます。
「ええ、おはようございます」
「……?」
すると六花ちゃんは首を傾げた。
しげしげと俺を見た後、ぽんと手を拳で叩く。
「あー……そっか、おにーさんだったぁー」
また設定忘れてたんかい。
いや、まあ寝起きだし、まだ頭がきちんと覚醒していないのだろう。
俺は苦笑しつつ、「それは言っちゃ駄目ですよ?」と六花ちゃんの口に人差し指を当てる。
「……うにゅ、ごめ……あむ」
コクコクと頷く六花ちゃん。
まだ寝ぼけているのか、俺の指を咥えようとしてくる。雛かよ。
咄嗟に指をひいてこれを回避。
「……他の人達も起き始めたみたいですね」
二条や清水チーフの起きる気配が伝わってくる。
ちゃんと注意を払ってたし、会話は聞かれていない筈だ。
まあ聞かれてたとしても、今なら寝ぼけてたとかでどうとでも誤魔化せる。
「……あら? あなた達、もう起きてたのね?」
「んー……おはようございます……」
清水チーフと次いで二条が体を起こす。
俺は二人の方を見て、軽く会釈する。
今の俺は人見知りなもんで。
六花ちゃんは普通に挨拶していた。
そのまま四人で部屋を出て洗面所で顔を洗った。
歯ブラシやコップは共有らしい。
まあ、仕方ないっちゃ仕方ないよな。
その後は着替え。
俺はもう着替えていたので、部屋の外に出て待機だ。
堂々と覗きだひゃっはーなんて真似はしない。
六花ちゃんは「私は別に気にしないけど?」と言っていたが、君は気にしなさすぎだ。
もうちょっと慎みを持ちなさい。男の子に誤解されるよ。
あと君は良くても、清水チーフや二条とかも居るだろうに。
廊下の長椅子に腰かけていると、西野君がやってきた。
後ろには柴田君や五所川原……さんだったか? の姿もある。
西野君は俺に気付くと、軽く手を振った。
「おはよう」
「あ、はい、おはようございます……」
西野君が挨拶して来たので、こっちも目を合わさずに挨拶をする。
「六花は?」
「……まだ着替え中です」
「あー、そうだったか。じゃあ俺たちもここで待たせてもらうけど、いいか?」
構わないと、俺は長椅子の端っこに寄る。
隣に西野君が、その横に柴田君が座る。
五所川原さんは立ったままだ。
「……昨日はよく眠れたか?」
西野君が話しかけてきた。
「あ、はい。眠れました、です……」
「そんな他人行儀にならなくても……いや、無理もないか。そもそも殆ど話した事も無かったしな」
「……はい、ですです」
「ただ状況が状況だ。虫がいい話かもしれないが、今はお互い力を合わせて貰えると助かる」
「…………あ、その」
「ちっ、おいテメェ、さっきから西野さんが話しかけてんのに何だその態度は!?」
俺の態度(演技)に我慢できなかったのか、柴田君がこちらを睨みつけてくる。
≪熟練度が一定に達しました≫
≪『演技』がLV2から3に上がりました≫
お、やった。スキルのレベル上った。
やっぱLVが低いと上がる速度も速いな。
俺は内心でガッツポーズをしつつ、「ひぅっ」と怯える。
肩に担いだ銃から「だいじょうぶー?」という気配が伝わってくる。
大丈夫だ、問題ない。演技だよ、アカ。
「止めろ、柴田」
「ッ……すいません、西野さん。つい……」
「柴田、謝るべき相手が違う。俺じゃなくちゃんと彼女に謝れ」
すると柴田君は俺の前まで来て頭を下げた。
「……すまねぇ。つい頭に血が上っちまった」
「あ、いえ、大丈夫です、はい……」
へぇ……ずいぶん素直だな。
その態度に俺は少しだけ驚いた。
ホームセンターでは仲間以外には常に高圧的な態度を取っていた時の彼とはえらい違いだ。
「……」じー。
「な、なんだよ?」
「いえ、なんでもないです」
「ッ……変な奴だぜ……」
成長したんだぁ、と。
ついつい微笑ましい眼で彼を見てしまった。
柴田君はなぜか顔を赤くしながら目を逸らしたけど。
「あれ、ニッシーじゃん? それに柴っちも。おっはよー」
着替えを終えたらしい六花ちゃんが部屋から出てきた。
清水チーフや二条も出てくる。
「おはよう六花。よく眠れたか?」
「うん、ばっちり」
後ろに居る清水チーフたちも挨拶をする。
その後はみんなで一緒に食堂へ移動する。
朝食は固形栄養食とスポーツ飲料だ。
「少なっ」
六花ちゃんの遠慮のないリアクションに、清水チーフは苦笑した。
朝食自体はものの数分で終わり、その後は雑談という名の情報交換が始まる。
主に喋っていたのは西野君と清水チーフだな。
俺や六花ちゃんはほぼ聞き役だ。
二人は学校での出来事や、ここまで来た経緯などを話し合った。
たまに柴田君が話しかけてきたけど、適当にスルー。
(清水チーフたちはあのゴーレムに襲われてここに来たのか……)
会社に籠城していたところをあのゴーレムに襲われたのだという。
よくまあ、アレから逃げ切れたものだと感心する。
聞く限りじゃ、ゴーレムがビルを捕食している間になんとか逃げ切ったみたいだ。
西野君はそんな馬鹿デカいゴーレムが居るのか?と半信半疑だったが、俺や六花ちゃんもそのゴーレムに遭遇したことを伝えるとようやく信じたようだ。
その後も話し合いは続いたが、大して有益な情報は得られなかったというのが本音であった。
それから数分後。
上杉市長と藤田さんが食堂に現れた。
「おはようございます、市長、藤田さん」
清水チーフの挨拶を皮切りに、皆が彼らに挨拶をする。
「おう、おはよう。みんな揃っとるようだな? 感心、感心」
上杉市長は鷹揚に答える。
昨日の話し合いをしていた時のような態度はおくびにも見せない。
「みんな朝食は済ませているか?」
「はい」
清水チーフが代表して答える。
「では今から二十分後に、今日のミーティングを行う。一班から五班までのメンバーは会議室に来てくれ。必ず全員参加するように。ここに居ないメンバーにも後で伝えておいてくれ」
清水チーフ、二条をはじめ何人かが頷く。
彼女達もここの主要メンバーに選ばれてるのか。
「清水さん、ミーティングって何ですか?」
西野君が訊ねる。
「ああ、そう言えば説明して無かったわね。この市役所では朝と夕方に二回、探索メンバーを集めてその日の方針や成果を共有してるの。昨日は電気が復旧した所為で夕方は集まれなかったけどね」
「へぇ、そうなんですか。……ちなみに、それって俺たちも参加する事はできますか?」
「え?」
西野君の言葉に、清水チーフは意外そうな顔を浮かべる。
「俺たちもスキルは持ってますし、戦力にはなれると思います。なら情報の共有は必要だと思います」
暗に一方的に従わされるのは嫌だという副音声が聞こえるようだ。
清水チーフもその辺は理解しているのだろう。
しばし顎に手を当てて考え、
「……確かにそうよね。分かったわ。市長と藤田さんに掛け合ってみる」
「よろしくお願いします」
清水チーフと二条はそのまま食堂を出て行った。
そして彼女達が出て行ったタイミングで口を開いたのは六花ちゃんだ。
「意外だね、随分協力的じゃん?」
「そうか? ここは拠点としては十分に価値がある。協力するのはやぶさかじゃない。藤田さんたちには助けられた借りもあるしな」
学校の時と違ってな、と西野君は皮肉気に笑う。
そう言えば、彼はあの時、生徒会長に洗脳されてたんだよな。
今は大丈夫そうだけど、どうやって抜け出したんだろうか?
時間制限? それともあの生徒会長が死んだとか?
「それに今日中に他のメンバーもこの市役所へ集まるように『メール』で指示してある。全員集まれば、俺たちのグループはイチノセさんを含めて十名になる。昨日市長の演説の時に他の避難民を見て回ったが、まともに戦えそうなのはあの清水という女性や藤田さんを含めて、たぶん二十人程度だと思う」
西野君の見立ては正しい。
昨日の話ではこの市役所で戦える人数は十七人だと言っていた。
「つまりこの市役所の全戦力の三分の一が俺たちのグループって訳だ。彼らにとっても無視できない数だ。絶対に無下には扱われないさ。……それに洗脳系のスキル持ちも居なさそうだしな」
そう言って西野君は黒い笑みを浮かべる。
よほど学校での出来事が堪えたのだろう。
利用されてたまるか、何が何でも生き延びてやるという強い意志を感じる。
これはこれで頼もしいのかもしれない。
(でも……問題なのはこれからだ)
これから行われるミーティングで、上杉市長と藤田さんは昨日の事について皆に話すだろう。
その結果次第では内部分裂が起きて、このコミュニティが崩壊する可能性だってある。
西野君たちはどう動くだろうか?
信じて彼らに協力するか、それともここを離れるのか……。
悶々と考えていると、清水チーフが戻って来た。
「許可が取れたわよ。是非、アナタ達にも参加してほしいって上杉市長は言っていたわ」
「そうですか。ありがとうございます」
「それじゃあ早速だけど一緒に来てもらえるかしら? もう他の皆も集まってるみたいだし」
清水チーフの後に続くように、俺たちは食堂を後にするのだった。




