111.町づくり
それが起こったのは、俺たちが一階フロアへ向かう途中の事だ。
蝋燭やLEDランタンの光が照らす薄暗い廊下。
その天井が、突然不規則に点滅したのだ。
「……え?」
思わず声を上げる。
みんなが天井を見上げる。
天井に設置された蛍光灯に光が灯った。
「……明かり?うそ、電気が付いたの?」
六花ちゃんが驚く。
西野君たちも驚いている。
かくいう俺も内心かなり動揺していた。
そりゃそうだ。
今の世界、電気はほぼ使えない。
乾電池で動く小さい家電くらいはまだ使えるが、電線や無線などによる給電が必要な施設は完全に沈黙してしまってる。
ここまで来る途中何度も確かめたし、それは間違いない。
なのに、今、市役所内にはどんどん明かりが灯ってゆく。
一体これはどういう事なのか?
(……自家発電のシステムは生きているのか?)
発電機はまだ試した事は無かったが、それならどうして今まで使わなかった?
音がうるさくてモンスターをおびき寄せるから?
(それとも、全く別の方法で……?)
ちらりと、先頭を歩く清水チーフを見る。
彼女は特にこの状況に驚いていない様子だ。
(何か知ってるのか……?)
思わず話しかけそうになるが、イチノセさんのキャラ的にそれはマズイと思い留まる。
くっ、もどかしい。
「清水ちゃん……こりゃあもしかして……?」
「ええ、多分、藤田さんの考えてる通りで合っているわよ」
「成程、そういう事か……」
藤田さんはなにやら納得したらしく、ふむふむと頷く。
やめて。
知ってる人同士だけで、分かったような感じの会話するの止めて。
分からない人もいるから、ちゃんと説明して下さい。
「あの藤田さん、どういう事ですか?これは一体……?」
と、そんな事を思っていたら、俺の代わりに西野君が質問してくれた。ナイス。
藤田さんは真面目な顔で西野君の方を向く。
「そう言えば、話の途中だったな」
「……?」
「どうしてここが―――市役所がモンスターが入って来ない『安全地帯』になっているのか。その理由を話していなかっただろ?」
「ッ……!」
西野君の表情が強張った。
六花ちゃんや他の皆もざわめく。
かくいう俺も内心動揺していた。
えっ、教えてくれるの?マジで?
なにせそれが知りたくて、俺は今ここに居るのだ。
一言一句聞き漏らさぬよう集中して、藤田さんの言葉を待つ。
「結論から言ってしまえば、これは上杉市長のスキルだ。あの人の職業は『市長』。そして所有するスキルは―――『町づくり』ってんだ」
藤田さんは、上杉市長の持つスキルについて教えてくれた。
『町づくり』
それが上杉市長の持つスキル。
名称はほのぼのとしているが、その効果は凄まじい。
大雑把にその効果を要約すると、
上杉市長が指定した場所―――半径50メートル―――が領域として区切られ、上杉市長の『所有地』となる。
『所有地』はモンスターは入れない安全地帯となる。
ちなみに効果半径については、実際にモンスターをおびき寄せて測ったらしい。
またスキルのレベルを上げれば、『所有地』の範囲は広がり、様々な機能が解放される。
その機能というのは、例えば所有地内における水道やガス、ボイラー、電気、防衛設備などだ。
「ここに来た時、バリケードのすぐ脇に堀があっただろ?アレがそうだ」
『防衛設備』を選択した結果、あの堀を作る事が出来たらしい。
他にもモンスター用のトラップもあるそうだ。
それを聞いて、六花ちゃんが首をひねる。
「あれ?でも、ここにはモンスターは入って来ないんでしょ?ならそんなの作る必要なくない?」
「万が一に備えてだよ。もし、何らかの理由でモンスターに侵入された際、なにも無きゃ心もとないだろ?備えあれば憂いなしってやつだよ」
「そういうこと。それにここに居る人たち全員が戦えるわけじゃないの。そういう人たちにとって、『目に見える防衛設備』っていうのはとても大事なのよ。物で示した方が分かり易いってのは、いつの時代も一緒ね」
「へぇー色々考えてるんだねー」
藤田さんと清水チーフの言に、六花ちゃんはうんうんと頷く。
「飲み水の確保、防衛施設の強化、次いで電気と考えたんでしょうね。電力さえあれば、今まで使えなかった色んな設備が一気に使えるようになるわ」
おぉという声が漏れる。
確かに電気さえありゃ、明かりだけでなく冷蔵庫やパソコンなんかも使える様になるだろう。
(でも、一体この電力はどういう仕組みで動いているんだろうか?)
一体どこから供給されているんだ?
いや、まあ、スキルの効果って言えばそれまでなんだろうけど、その辺はやっぱファンタジーなんだなと思うのであった。
一階フロアへと到着する。
すでに大勢の人が居た。
多分、この市役所内に居る人たちが全員集まっているのだろう。
全部で七十人くらいだろうか?百人はいないと思う。
そして彼らの最前列。
簡易的な台座の上に立つのは、上杉市長だ。
手には拡声器を持っている。
「あー、急な呼び出しに付き合わせてしまった事を謝罪しよう。集まって貰った理由だが、既に皆も知っての通り―――」
上杉市長の急な呼び出しの理由は、やはり今回の電気の復旧についての説明だった。
俺たちの様な新入りの為に、彼は自分の職業やスキルについて簡潔に説明し、今回スキルのレベルアップで電気が使えるようになったと説明した。
誰もが電気が使えるようになった興奮とこれからの希望にみな目を輝かせている。
中には『市長万歳!』と声高に叫ぶ者も居る。
(……とりあえず、これで当初の目的は達したわけだ)
期せずして、市役所が安全地帯の理由やそのスキルについて知る事が出来た。
あくまで、彼らの話を信じれば、だけど。
嘘を言ってるようにも見えなかったし、多分本当だと思いたい。
(さて、これからどう動くべきか……)
ここに留まるか、それとも離れるか。
本当にモンスターたちが入って来れない『安全地帯』ならば、ここは非常に魅力的な場所なんだよなぁ……。
(……とりあえず、一旦イチノセさんたちと合流するか)
んで、みんなで話し合って、これからどうするかを決めよう。
知った情報は先にメールで送っておくとして、未読の項目をクリック。
おおぅ、未読メールの件数がドえらい数になっとる。
スクロールバーがほっそい切れ端みたいになってるんですけど……。
まあ、一応全部件名が『異常なし』だったので、スルーしよう。
手早く情報をかき込み、送信。
これでよし、と。
≪メールを受信しました≫
早っ!
返信早っ!
相変わらずだなぁと思いつつ、メールを開く。
『分かりました。それじゃあ、一旦合流しましょう。上手く抜け出せますか?それともこちらから行きましょうか?』
……こっちに来てもらうよりも、俺が行った方が良いな。
万が一、イチノセさんたちの移動中に強力なモンスターが出現したらマズイし、足の速い俺が向こうに行った方がリスクが少ない。
そんな感じにメールを送信し、周囲を窺う。
(よし、お腹痛いって言って抜け出そう)
先程考えてた作戦を実行しようじゃないか。
トイレに引き籠り作戦だ。
さっそく六花ちゃんの裾をくいくいしようとしたのだが、
(……ん?)
ふと、俺は壇上に立つ上杉市長に目がいった。
「―――こうして皆のおかげで電気も使えるようになった!全体から見れば小さな光かもしれないが、我々にとっては大きな一歩だ!これからも共に戦ってほしい!頼んだぞ!」
豪快な笑みを浮かべ、皆を鼓舞する上杉市長。
堂々として、それでいてどこか人を惹きつける立ち振る舞い。
でも……その表情や仕草に、俺はどこか違和感を覚えた。
(……何かを隠してる?)
『観察』や『索敵』のスキルがあったからこそ気付けた小さな違和感。
それが妙に気になってしまい、俺は一瞬反応が遅れた。
ガシッと、誰かに手を握られたのだ。
「ッ……!」
誰だ?
横を向く。
そして目を見開く。
「……え?」
思わず声が出た。
そこには見知った女性が居た。
しきりに鼻をひくつかせ、泣きそうな表情でじっと俺を見つめ、
「―――先…輩?」
ぽつりと、消え入りそうな声でそう呟いた。
見間違えるわけもない。
そこに居たのは、俺の社畜時代の後輩、二条かもめだった。




