109.意外な一面
さて、市役所に侵入したのはいいが、どう動くべきか。
前を歩く藤田さんとかいう男性を眺めながら、俺は思案する。
(……なんとか単独で行動できる隙を見つけないとな)
イチノセさんの『認識阻害』とはベクトルは違うが、俺の潜伏スキルだってこの状況でこそ真価を発揮する。
それに単独の方が動きやすい。
(トイレにでも引き籠るか……六花ちゃんが上手くフォローしてくれるだろうし、アカの分身と声を録音しておいたテープレコーダーを置いておけば相当時間は稼げるはずだ)
古典的だが悪くないかも。
ボタンくらいならアカ(分体)でも押せるし、元のイチノセさんの性格的にも不自然じゃない……はず。
「そういえば一之瀬ちゃん、その銃ってどこで手に入れたんだい?」
「……」
「……一之瀬ちゃん?」
「えっ、あ、はい?な、何ですか?」
やべ、普通に聞き流してた。
そうだった。今の俺はイチノセさんなのだ。
やっぱ難しいな。きちんと演技しないと。
「あっはっは、ナッつん動揺し過ぎ。名前呼ばれたくらいでそこまでビックリしなくてもいーじゃん」
「あ、あはははは……」
「オジサンごめんねー。この子、すっげー人見知りでさ。きっと緊張してるんだよ」
ナイスフォローです、六花ちゃん。
意外とこの子、細かい気配りができるよね。俺と違って。
「あー、そうなのか。いや、すまん。こっちこそ馴れ馴れしくして悪かったな」
藤田さんも納得したのか、申し訳なさそうな顔をする。
「あ、いえ……その、こちらこそ、すいません」
「いーっていーって、気にしないでくれ。んで、話戻るんだけど、その銃ってどこで手に入れたんだ?」
藤田さんは俺の持つ銃が気になって仕方ないようだ。
まあ、そりゃそうか。
ライフルなんて普通の人にとっちゃ手に入れるどころか、実物を見る事すらない代物だしな。
「……えっと、スキルで手に入れました」
すぅっと藤田さんが目を細める。
「へー、そりゃ銃……いやもしかして武器が手に入るスキルって事かい?」
心なしか声のトーンも少し落ちている。
彼が何を思っているのか、大体予想出来た。
「あ、ですです。そういう感じの奴です」
「そりゃすごい。じゃあ―――その武器って俺らにも扱えんのかい?」
予想通りの言葉を彼は口にする。
強力な武器。
今の世界なら、誰もが喉から手が出るほど欲しいだろう。
(でも、それは無理だ)
イチノセさんの『ガチャ』で手に入れたアイテムは、基本的に彼女の物だ。
アイテムボックスにも入れることは出来なかったし、試したことはないが、もしかしたら使用自体も制限されているのかもしれない。
それに弾薬の問題もある。
よしんば使えたとしても、一発か二発ですぐに弾切れになってしまうだろう。
だが、イチノセさんが使う分にはその心配がない。
(たしか……『弾薬作成』だったっけ?)
以前イチノセさんに聞いたが、『狙撃手セット』で手に入れたスキルは全部で四つ。
『遠距離射撃』、『命中補正』、『貫通力強化』、そして『弾薬作成』。
『遠距離狙撃』は敵との距離が遠ければ遠い程、攻撃力の補正のかかるスキル。現在の最大射程は約800メートル。
『命中補正』はその名の通り、狙撃での敵への命中率を上げてくれるスキル。
『貫通力強化』は、狙撃時における攻撃補正スキル。
そして『弾薬作成』は自分のMPを消費して、弾を作り出すスキル。
消費するMPも少なく燃費も良い。
これがイチノセさんが大量のモンスターを狩る事が出来た理由でもある。
「……えっと、この銃に関しては私専用なんです。その……他の人には、使え……ません」
そう言って俺は藤田さんに銃を差し出す
こういうのは相手にも触らせて確認させた方が信じさせやすい。
(アカ、頼むぞ)
(……)ふるふる
「使ってみて下さい。あ、弾は今は入ってません。引き金を引いてみて下さい」
「……いいのかい?」
俺は頷き、藤田さんは銃を調べる。
「……確かに、引き金も全く動かないし、他の部分も全然いじる事ができねぇな……」
そりゃあ、アカが頑張って耐えてますから。
しばらく銃をあちこち確認していた藤田さんだったが、やがてがっくりと肩を落とした。
もしかしたらという淡い期待があったのだろう。
銃を返してくる。
手に持った瞬間、アカの「ひゃーくすぐったかったよー」という感情が伝わってきた。
すまん、アカ。でも頑張ったな、ありがとう。
「力に成れず、すいません……」
「いや、いいって」
藤田さんはふぅーっと煙草をふかして、
「あーでも、もしよかったら参考までに、そのスキルってどんなのなのか教えてくれないか?」
「いいですよ」
俺は藤田さんに『ガチャ』、そして職業『引き籠り』について説明した。
これは事前にイチノセさんにも許可は取ってるし、アイテムボックスと違い、別段隠しておくような事でもない。
ネタ職ではあるが、選ぶ物好きは少なからず居るだろう。イチノセさんの様に。
「なるほど、職業『引き籠り』……ね。そういや、何人かがそんな職業が選択肢にあったって言ってたな。冗談かと思ってたが、まさかそんな凄いスキルを獲得できるなんてな…」
役場の職員さんにも居たんだね、『引き籠り』適性がある人……。
いや、まあ、俺にも選べる職業にあったけどさ。
「ガチャ一回につきSP1ポイントか……リスクもデカいが、運次第ではより強力なスキルや武器が手に入るって訳か……。なるほどな、参考になったよ。礼を言う」
「いえいえ」
「しかし、若い子は勇気があんなぁ。そんな冗談みてーな職業選ぶなんてよ」
その言葉には、俺も曖昧に笑うしか出来なかった。
イチノセさん、あなた勇気あるらしいですよ。
「ちなみに、おじさんはどんな職業選んだの?」
隣を歩く六花ちゃんが、何の気なしに質問する。
「俺か? 俺は『斧使い』を選んだ。俺が選べる職業の中では、これが一番強力だと思ってな」
斧使い、ね。
そういう職業もあるのか。
ちなみに武器は、外に出るときやバリケードの周りを巡回する時以外は、一箇所に集めて保管しているらしい。
「それって効率悪くない?」
六花ちゃんが言う。
「……以前に、大きな混乱があってな。それ以降、役所内では最低限の武装だけにしてるんだ」
「ふーん、色々あったんだねー」
「ああ、色々あったのさ」
色々ねぇ……。
まあ多分内輪もめがあったんだろうな。
それも結構エグいヤツが……。
『五感強化』で研ぎ澄まされた嗅覚は、ここで何があったかを容易に悟らせる。
ま、でも今の世界じゃ、よくある事だろう。
その後は他愛ない雑談をしながら、廊下を歩く。
しばらくすると『仮眠室』と書かれた部屋が見えてきた。
「ここだ」
あそこで西野君たちは休んでいるのだろう。
中から人の気配もする。全部で……三人か。
ノックをして中に入る。
仮眠用のベッドが並んでいた。
いくつか空きがあり、使われているのは全部で三つ。
その中の一つに彼はいた。
「……六花?」
彼はこちらを向いて、そう呟く。
驚いているのか、ぽかんと口を開けている。
「あ、ニッシー、一日ぶりだねー」
隣に居る六花ちゃんは、のんびりと笑いながら、彼に手を振った。
「あ……」
西野君はゆっくりとベッドから身を乗り出し、こちらへ近づいてくる。
そして六花ちゃんの正面に立ち、彼女の顔をじっと見つめる。
「……勝手に居なくなるなよ……馬鹿」
絞り出したような一言に、六花ちゃんは苦笑した。
「あはは……それに関してはホントーに申し訳ない」
「本当に……本当に心配したんだぞ」
「うん」
「俺の指示は無視するし、勝手に居なくなるし、大変だったんだぞ」
「うん、ホントーにゴメン」
「なんだよ、あの顔文字。緊張感なさすぎだろ。もうちょっと頭使えよ」
「……うん」
「本当に……お前は……まったく……この馬鹿野郎」
「……うん」
「…………無事でよかった」
「うん、ありがとう」
そう言って、西野君は六花ちゃんを優しく抱きしめた。
……へぇ、意外だな。
仲間に関しては、彼もそう言う一面を見せるのか。
ちょっとだけ西野君への考えを改めた俺であった。
さて、感動の再会はいいが、なんとか抜け出すタイミングを見つけないとな。
やっぱ吐くべきだろうか?イチノセさんらしく。
いや、とりあえず、今は静観する事にしよう。
いずれ一人になるチャンスは来る筈だ。




