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モンスターがあふれる世界になったので、好きに生きたいと思います  作者: よっしゃあっ!


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108.それじゃあ仕方ない


 三人は市役所内を歩く。

 ほぉーとか、へぇーと呟きながら六花はキョロキョロと市役所内を眺めていた。

 

「お役所の中ってこーなってんだねー。初めて入ったし」


 まあ普通の高校生にとってはあまり縁のない場所であろう。

 いや、普通の一般人であっても、戸籍や相続など何かしらの用事が無ければ絶対に来ない場所だ。


「ま、嬢ちゃんくらいの歳だと無理もねーな。俺だって初めて役所に来たのって十年くらい前にマイナンバーの登録する為だったしなぁ」


「ふーん、藤田さんって歳いくつ?」


「今年で四十二」


「おっさんだー」


「ちょ、あ、リッちゃん失礼だよ」


「あっはっは!良いって、良いって、別に。学生の君らからしちゃ、四十代の俺らなんておっさんもおっさんだろ」


 特に気にした様子も無く藤田は豪快に笑う。

 胸ポケットから煙草を取り出し、吸ってもいいか?と二人に確認を取ってから火をつける。


「役所内って禁煙じゃないの?」


「今それを咎める奴がいると思うか?」


「だよねー」


「西野くんの居るところは、この少し先だ。付いて来てくれ」


 煙草を吹かしながら歩く藤田の後ろ姿を見つめながら、六花が隣に居る一之瀬にしか聞こえないくらいの声で呟く。


「……なんとか上手く潜入出来たみたいだね、“おにーさん”」


「ええ、ですが一応今はナッつんですよ、“相坂さん”」


 そう言って彼女は―――いや、『俺』はニヤリと笑った。





 場面は今から数時間前に遡る―――。


 俺たちは市役所から少し離れた海岸に居た。

 アカにスライムを与える作業は順調に進み、アカは以前の力を取り戻してくれた。


「アカちゃん、おっきくなったねー」


「ですね」


 周囲にスライムの姿も見えないし、もうこれで十分だろう。

 俺はステータスを開き、一番下のパーティーメンバーの項目を見る。


 

アカ

フェイク・スライムLV5



 レベルも前よりも上っていた。

 どうやらスライムを取り込むことでも経験値は獲得できるらしい。


「アカ、身体の調子はどうだ?」


「……♪(ふるふるー)」


 すこぶる調子が良いらしい。

 身体も二回り以上大きくなり、ふにょんふにょんと元気よく身体を震わせている。

 またレベルが上がったことで、アカの『擬態』の幅も向上した。

 生物はまだ無理だが、それ以外ならばバイクや自動車といった複雑な物にも姿を変える事が出来るようになった。

 稼働時間に制限はあるが、ちゃんと運転も出来る。

とはいえサイズの問題があるから、擬態できるのはバイクか軽自動車までだけど、それでも十分すぎる程に役立つだろう。燃料も要らないみたいだし。


「さて、結構時間は経ちましたが……相坂さん、西野君からメールは来ましたか?」

 

「んー、まだなんも来てない。ホント、どうしたんだろう?」


 モンスターに襲われたか、追われているのか……どっちにしても連絡が取れないくらいひっ迫した状況に居るのは間違いない。

 リストに名前があるって事は、死んではいないと思うけど……ん?この感じは……?


「二人とも、ちょっとこっちに来てください」


「ん?どしたの、おにーさん?」

「どうしたんですか?」


「『索敵』に反応がありました。誰か来ます」


 俺は二人の手を握り、海岸の端に身を潜める。

 

「アレは……」


 現れたのは四人の男女だ。

 それも見覚えのある連中だ。

 

(……クドウさんのお知り合いですか?)


 隣に居たイチノセさんが小声で聞いてくる。


(ええ、まあ……会社の同僚です)


 元が付くけど。

 砂浜を歩いているのは俺の会社の同僚だった連中だ。

 二条さんに、鹿内さんもいる……懐かしいな。

 ほんの数日前なのに、もうずいぶん昔のように感じる。

 というか、なんであいつらがここに居るんだろう?


「―――な。やっぱ―――――」

「―――かしら?でも―――先輩――匂い―」

「なあ、―――戻――市役所―――」

「―――じゃあ―――」


 ちょっと聞き取りづらいな。

 何かを探してるのか?

 船とかかな?

 あの馬鹿でかいゴーレムが近くに居るんだし、離島とかに移動するのだろうか?


(四人の内、一人は役場の職員の方みたいですね)

(分かるんですか?)

(ええ、何度かお会いしたことがあります)


 仕事柄、役場には結構出入りしてたからな。

 その時に、親切に対応してくれてた職員さんだ。

 スコップと黄色いヘルメットを装備している。


(良かったね、おにーさん。同僚の人達が生きてて)

(……ええ、まあそうですね……)


 俺は適当に相槌を打つが、正直に言えば何の感慨も湧かなかった。

 

(多分、どうでもいいからだろうな……)


 ショッピングモールの時もそうだったが、どうやら俺は興味のない事はとことんどうでもいいと思う人間らしい。


 ―――その他大勢よりも親しい一人。


 俺にとっちゃ上辺だけの付き合いだった職場の同僚よりも、モモやアカ、イチノセさんたちの方が何倍も大事だ。

 彼らの命とイチノセさんたちの命、どちらを取るかと言われれば、俺は迷うことなく後者を選ぶだろう。

 

(あ、帰っていきますね)


(ですね)


 お目当てのモノは発見できなかったみたいだな。

 二条さんが妙にしょんぼりしている。

 結局彼らは、俺たちに気付かずに去って行った。

 市役所って単語が聞こえたし、もしかしたらそこを拠点にしているのかもしれない。


(市役所……か)


 ビルの屋上からパッと見ただけだが、人の気配はかなり多かった。

 それに周囲にバリケードや堀の様な物も作っていたし、モンスターに対する拠点としては十分機能するだろう。


(まあ……あくまで普通のモンスターを相手にするなら、だけど)


 ハイ・オークやダーク・ウルフ、それにあの馬鹿でかいゴーレム相手では、あの程度の防衛では、ほぼ意味をなさないだろう。

 力で突破されて終わりだ。


(でも……ちょっと気になるな……)

 

 俺の同僚たちではなく、あの市役所の方。

 俺は市役所の方を見る。


(……やっぱりそうだ。なんか『妙な感じ』がする……)


 敵意感知や危機感知が鳴らす『嫌な感じ』とは違う。

 何と表現すればいいのだろうか?

 なんかこう……モヤモヤしたような……妙に安心するような……。

 いや、違うな。


 これは、そう―――『嫌な感じ』がしなさすぎるのだ。


 うん、その表現がしっくりくる。

 自分で言っててなんかおかしいけど、そういう感じなのだ。


「クドウさん、どうかしたんですか?」


「ああ、いえ……ちょっと考え事を」


「?」


 イチノセさんは首をかしげる。

 すると今度は、六花ちゃんが声を発した。


「あっ、二人とも、ニッシーから『メール』が来たよ」


「「―――ッ!」」


 俺とイチノセさんは六花ちゃんの方を向く。


「本当ですか?」


「うん、ちょっと待って、読み上げるから」


 六花ちゃんはしげしげと自分のステータスプレートを眺め―――


「えーっと、なになに……『六花、連絡が遅れて済まない。ちょっと連絡が取れない状況だった。でも、無事だ。俺は今、柴田と五所川原のおっさんと共に市役所に居る。モンスターに襲われているところをそこの職員に助けられた。そのまま彼らと行動を共にしている。ここの職員たちのレベルはかなり高い。それにまだ確証はないが、彼らはここをモンスターの寄って来ない“安全地帯”だと言っている。この情報は無視できない。もっと詳しく知る必要がある。もし近くに居るならば、市役所を目指してくれ。そこで合流しよう。君や、他の仲間のことは話してある。おそらく中に入れてくれる筈だ。あと近くの商店街には蟻のモンスターが大量に出る。数も多いし気を付けてくれ。もし出会ったら迷わず逃げろ。そして協力者と共に、どうかここまで無事に辿り着いてほしい。健闘を祈る―――』だってさ」


 六花ちゃんは一息にメールを読み終え、ふーっと息を吐く。

 文章は長いが、端的でわかりやすい西野君らしいメールだ。

 どこぞのスパムメールとは大違いである。


「……」じー


「何ですか、イチノセさん?」


「いえ、別に……」


 無駄に勘の鋭いイチノセさんであった。


「と、とにかく西野君が無事でよかったですね」


「うん、よかったー」


 六花ちゃんはほっと胸をなでおろす。

 俺とは違い普通に喜んでいるようだ。


「それにしても随分と気になる事が書いてありましたね」


「そうですね……」


 イチノセさんが頷く。

 蟻のモンスターの群れ、それに安全地帯。

 西野君の情報が嘘か本当かはまだ分からないが、これが本当だとしたら無視はできない。

 俺は二人の方を見る。


「市役所へ向かいましょう」


 どちらにしても調べておいて損はない。

 情報収集は大事だ。

 ただし、と俺は続ける。


「行くのは、俺と相坂さんの二人だけです。イチノセさんはモモと一緒に近くのビルで市役所を監視していて下さい」


「へっ?どゆこと?一緒に行くんじゃないの?」

 

 六花ちゃんの頭に疑問符が浮かぶ。


「ええ、今回は別行動で行きたいと思います」


「なんで?前に聞いたけど、ナッつんのスキルって建物の中だと気付かれにくくなるんでしょ?一緒に居た方がいーじゃん」


 確かに六花ちゃんの意見は尤もだ。

 イチノセさんの『認識阻害』は建物内への侵入、そして情報収集においてこれ以上ない程に強力なスキルと言えるだろう。

 でも、だ。


「それは……出来ないんです」


 俺とイチノセさんは申し訳なさそうに目を伏せる。


「だからどーしてさ?」


「イチノセさんは―――人ごみに弱いんです」


「…………は?」


「ついでに言うと……長時間人ごみの中に居ると、彼女は吐きます」


 それはもうキラキラがビチャビチャと。

 

「だから……無理なんです」


 俺は居たたまれずに六花ちゃんから目を逸らした。

 学校の時は六花ちゃんを探すという気力で何とか頑張れたが、流石に二日続けては無理だろう。

 彼女の精神が耐えられる筈がない。

 下手すれば、キラキラ以上の物が出る可能性も無きにしも非ず。


「…………ナッつん?」

 

 六花ちゃんはイチノセさんを見る。

 イチノセさんは無言で頷く。

 六花ちゃんは大きくのけぞって空を見上げて、一言。


「……………そっかー」


 どうやら、納得してくれたようだ。

 それじゃあ仕方ないよね、と。

 俺は話を進める。


「次に、潜入する際にですが……俺はイチノセさんの姿になろうと思います」


「は?」

「クドウさん、それって……」


 六花ちゃんは首を傾げる。

 イチノセさんはどういう意味か気付いたようだ。


「ええ、新しく獲得した忍術―――『変化の術』を使います」


 『変化の術』。

 新たに取得した忍術で、文字通り自分の姿を変える事が出来るスキルだ。

 一回の変身につきMPを15も消費するが、代わりに時間制限はなく術を解くまでずっとその姿のままでいられる。長時間使用するという点では、分身の術よりもコスパは良い。


 便利な術だが、勿論制限はある。

 俺の『変化の術』はアカとは逆で、『生物以外』にはなれない。

 更に自分の大きさと極端にかけ離れた生物―――例えばネズミやクジラとかも不可能だ。

 そして、自分が『触れた』ことのある相手でなければ変身できないし、変身中は他の忍術を使う事は出来ないという制約もある。

 

「見ていて下さい」


 俺は『変化の術』を発動させる。


「おおー!」

「……わぁ」


 ポンッという煙と共に、俺の姿は変化し、イチノセさんへと変わる。

 容姿だけじゃなく、身長や体つきまで彼女と全く一緒になる。

 と言ってもあくまで変わるのは『肉体』だけなので、服装や装備はそのままだ。

 なので、


「アカ」


「……(ふるふるー)」


 アカにイチノセさんが持ってる銃に擬態して貰う。

 これでもう見た目は完全にイチノセさんだ。

 ……服装は男だけどね。


「すげー……、ホントにそっくり」

「……」


 六花ちゃんは感心した様に頷き、イチノセさんは変装した俺をじっと見つめる。


「うん、これなら問題ないでしょう」


 西野君のメールには『協力者と一緒に』と書いてあった。

 それはつまり、六花ちゃんが誰かと一緒に行動している事に気付いているという事。

 そして学校でのいざこざを考えれば、おそらくはそれがイチノセさんであると当たりをつけている可能性が高い。

 計算高い西野君なら、そこまで考えていそうだ。

 ならば見ず知らずの他人よりも、彼がある程度予想しているであろう人物の方が警戒されないはずだ。


「それじゃあ行きましょ―――」


「ちょっと待って下さい」


 だがそこでイチノセさんから待ったがかかった。


「何ですか?」


「その変化の術って微調整は出来ますか?」


「……へ?え、ええ出来ますが―――」


「じゃ、じゃあ……(ごにょごにょ)」


「え?ああ、はい。了解です」


 イチノセさんの要望で、俺は体の一部分を少しだけ大きくする。

 それを見てイチノセさんは満足そうに頷いた。

 ……まあ、彼女が満足ならそれでいいか。


 あ、ちなみにこのスキルを使ってエロい事とかは別にしないよ?

 普通にイチノセさんに失礼だし。


「モモ、イチノセさんを頼んだぞ」


「わんっ!」


 モモは元気よく返事をする。

 一時的とはいえ、モモと分かれるのは辛いが……本当に辛いがここは我慢だ。

 彼女に何かあった時、守ってくれる存在が必要なのだから。


 俺は別れを惜しむ様にモモを撫でる。

 それから十五分ほどイチノセさんと一緒にモモを撫でたところで、六花ちゃんから「おにーさん、いい加減に行こうか?」と平坦な声で言われ、泣く泣くその場を後にした。



 そして現在、俺と六花ちゃんは市役所に絶賛潜入中という訳だ。

 それじゃあ情報収集と行くか。


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書籍7巻3月15日発売です
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