103.情報整理
走って、走って、走りまくった。
途中何度かモンスターや人に遭遇したが全て無視した。
そもそもスキルが働いているので、気付かれる事もなかった。
「はぁ……はぁ……げほっ、さ、流石にこの辺りまで来れば大丈夫でしょう……」
息を整え、周囲を確認する。
たどり着いたのは……市役所近くの公園か。
かなり広い。それに所々に木々や丘が有るので全体が見渡せない。
公園の端には、水が出ていない噴水と最近建てられたコンビニが見える。
(モンスターの気配は……無いな)
『索敵』に反応はないし、少なくとも目に見える範囲には誰も居ない。
隠れているのかもしれないけど……。
「……ん?」
そう言えば、ここって西野君たちとの待ち合わせ場所じゃないか。
走り回ってる内に、目的地に着いちゃったみたいだな。
よいしょっと。
二人を下す。
「うっぷ……おげぇぇぇ……」
下ろした途端、イチノセさんが吐いた。
うん、まあこれは予想通りだ。
あんな無茶な姿勢で、あのスピードに付き合わされたんだ。
イチノセさんならそうなると思っていた。
きっと必死に我慢していたのだろう。
キラキラがビチャビチャである。
「大丈夫、ナッつん?背中さすろうか?」
そしてすぐさま六花ちゃんがイチノセさんをケア。
肩に腕を回し、背中をさすってあげている。
優しい子である。
「わんっ」
そして影からモモが出てくる。
猛烈に尻尾を振りながら俺にダイブ。
「……♪(ふるふる)」
同じくアカも擬態を解いて、そのまま俺に体を絡ませてくる。
「アカ、モモ、お疲れ様」
周囲にモンスターがいないことは確認済みだし、思う存分モフモフする。
柔らかな毛並みとゼリーのような質感が、俺の心を癒してくれる。
「あ、そうだ。モモ、これ」
「わふ?」
アイテムボックスから取り出したのはゾンビの魔石(小)。
先程のデス・ナイトが落とした奴だ。
今回はモモにあげよう。
「わふ……?」
「……(ふるふる)」
モモは一瞬アカの方へ目配せする。
アカはいいよーという感じに震えた。
「わんっ」
ありがとうとモモはアカにお礼を言って、魔石を食べた。
尻尾が物凄い揺れている。
めっちゃ嬉しいのだろう。
「うぅ……まだ、ちょっとふらふらします……」
六花ちゃんに支えられて、イチノセさんはこちらの方へ。
それでも銃を手放さないのは流石というしかない。
「すいません。ただあの場ではアレが最善だと思ったので」
「あ、いや、クドウさんは悪くないですよ。その、速く走れない私が悪いんですし……」
「そんなことないですよ。むしろ私の方こそ、女性に対してあんな雑な扱いをしてしまってすいません」
「そ、そんなことないです!……その、別に嫌じゃないですし、それに私ホント重いですし、すいませんすいません」
「いえ、こっちこそ、すいません。あとイチノセさんは全然重くないですよ。むしろ軽い方です。全然イケます。問題ないです」
「いや、ホント―――」
「いやいやいや―――」
ぺこぺこと二人で頭を下げ合っていると、「うぉっほん」という咳ばらいが聞こえた。
六花ちゃんがじとーっとした目でこちらを見ていた。
「ねえ、お二人さん。私も居るんだけどー?」
「あ、すいません……」
「ご、ごめん、リッちゃん」
「……二人ともすぐ謝るよね?なにそれ癖なの?」
多分反射です。
社畜時代に培った「とりあえず謝る、頭を下げる」という日本人固有のスキルである。
六花ちゃんはまだ知らないだろうが、社会人ってのは人に頭を下げるところからコミュニケーションが始まるんだよ。
んで、上司に少しずつ調教されて一人前の社畜になるの。
イチノセさんの場合は、単にコミュ障だからだけど。
まあ、それは今は関係ないか。
「それよりも相坂さん、西野君たちの姿が見えませんね?」
「えっ?あ、そーいえば……」
言われて六花ちゃんも、ここが待ち合わせの場所だと気付いたのだろう。
キョロキョロと周囲を見回すが、西野君たちの姿はない。
隠れている可能性は……ないな。
一人や二人ならまだしも、全員が『潜伏系』のスキルを持っているなんてないだろうし。
俺やモモの『索敵』を掻い潜れる程レベルを上げているとも思えない。
「……何かあったんでしょうか?」
「リッちゃん、メールは?何か来てない?」
「あ、ちょっと待って。今確認してみる……」
六花ちゃんはステータス画面を操作し、メールを確認する。
「なにも……来てない」
「……」
何かあったのだろうか?
いや、何かあったのだろうな。
緊急事態。
それもメールも送れないくらいの切迫した状況。
「一度西野君に『メール』を送りましょう。何かしら反応があるかもしれません」
「うん、分かった」
六花ちゃんは即座に西野君へメールを送信する。
「それと、念の為この周辺を探してみましょう。隠れているかもしれません」
「そう……だね」
多分その可能性は低いだろうけど、とは言わなかった。
その後は三人で公園内を探した。
途中で一度、モンスターとの戦闘になったが、ゴブリンが二匹だけだったので難なく倒すことが出来た。
だが、結局西野君たちを発見することは出来なかった。
「どこに居るんだよ、ニッシー……」
見上げれば、彼女の気持ちを表現するかのように曇天の空が広がっていた。
―――時は少し遡る。
カズト達がデス・ナイトと遭遇していた頃、西野たちは蟻の大軍を撒く為に必死に走っていた。
「ハァ……ハァ……柴田、そっちには居るか?」
「いえ、こっちには見当たらないっす」
「ふぅーふぅー……こっちにも居ない様だね……」
柴田と、オッサンである五所川原が答える。
今、彼らは三人で商店街の一角に隠れていた。
一応は駅や市役所周辺の中心街なのだが、郊外の大型チェーン店の乱立に客を取られ、今やさびれて人通りが少ないシャッター街と成り果てている。
元々人通りは少なかったが、今は更に人の気配はない。
いや、モンスターの気配は所々からするのだが……。
「また皆と逸れちまったな……」
「そうっすね……」
西野はすぐさま他のメンバーへ『メール』を送った。
何名かはすぐに返事が来た。
「よし、皆も無事みたいだ……場所もすぐ近くだ。早いとこ合流しよう」
バラバラになったとしても、『メール』のおかげですぐに連絡を取り合える。
あの時、すぐに皆にこのスキルを伝えておいてよかったと西野は心から思った。
(それにメール未収得の奴らも、ちゃんとメールを取得した奴と一緒に行動しているようだな)
これも西野が全員に徹底させたことだった。
もし仮にバラバラに逃げるしかない状況に陥った場合、メールの未収得者は必ず近くに居るメール取得者と共に行動する事。
それだけでも、今までとはだいぶ違う動きが取れるからだ。
メンバーがちゃんと自分の言った通りに行動してくれている事に西野は安堵する。
ちなみに彼はまだ気づいていないが、実はこれには職業『指揮官』による補正効果が働いていた。
『指揮官』の職業を持つ者は、自分の言葉を仲間に強く印象付ける事が出来るのだ。
五十嵐十香の『魅了』程の洗脳効果はないが、それでも行動をある程度自分寄りにする事が出来る。
「それで、西野さん……どうします?」
「どうするもない。このまま、公園へ向かおう」
距離はそう離れていない。
走れば数分でたどり着ける距離だ。
(逆を言えば、その程度の距離だってことだ。十分にあの蟻達の行動範囲内だろうな)
西野の表情は優れない。
なにせ相手の数が数だ。
無事に合流したとしても、果たして生き延びることが出来るかどうか。
(ちっ……せっかく集団戦の強みを生かせるかと思った途端にこれか……)
『メール』を手に入れた事で、自分達は格段に連携が取りやすくなった。
『個』の強さで勝るモンスター相手にも優位に立ち回れる。
そう思っていた途端に、遭遇したのが今回のモンスターだ。
昨日の学校に居た時のような『ただの個の集まり』ではなく、れっきとした『群れ』を形成する社会的なモンスター。
(情報を整理するか……)
敵は蟻のモンスター。
一体一体のレベルはおそらく自分以下。
だが群れの数はおそらく数十匹、いや下手すれば百を超えるかもしれない。
外見的特徴はクロオオアリを一メートルサイズに巨大化したもので、目が赤くコンビニの床程度であれば砕ける顎を持つ。
走る速度は自分たちよりもやや遅い。
普通の蟻同様外骨格で、体表は硬く鉄パイプ程度じゃ致命傷にはならない。
スキル『命令』による拘束は有効、ただし効果は三~四匹が限界。
『命令』が有効だと言う事は、連中は『音』を聞きとる事が出来る。
また地中から現れたという点から、この辺りに奴らの『巣』がある可能性が極めて高い。
(とりあえず分かっているのはこんなところか……。とりあえず地中からの奇襲には注意しないとな)
考えれば考える程に、西野は自分達の状況の危うさを悟る。
ゲームの様な世界?とんでもない。
彼からすれば、ゲームのようなシステムやスキルも、現れるモンスターも、その全てに『悪意』しか感じられない。
これではまるで戦いや殺し合いを誘発しているようなものだ。
ふざけるなと、声を大にして叫びたかった。
(だが諦めてたまるか……)
絶対に生き延びて見せる。
こんな訳の分からない世界で、何も知らないまま死ぬなんて御免だ。
だからこそ、西野は必死に考える。
このクソッ垂れな状況を打破する為の手段を。
アリや他のモンスターの襲撃を警戒しながら、彼らは目的地を目指し商店街を歩き始めた。




