101.死の騎士
屋上のフェンスを乗り越え、そのまま地上へ降りる。
『影』でクッションを作らずとも、普通に着地出来た。
全く痛くない。
「なんか、順調に人間離れしてる気がする……」
このビル、五階建てだよな……?
『力』や『耐久』が100を超えた辺りから、肉体の強さが眼に見えて変わってきた気がする。
考えてみれば、あのダーク・ウルフと戦ってた時なんて、俺空中を移動してたんだよな。
アイテムボックスで足場作ってたとはいえ、人間業じゃないわ。
「ま、そのおかげでこうして生き延びてるわけだけど―――」
「わんっ」
「モモ」
俺の思考を遮るように、モモの声が聞こえる。
見れば、窓からイチノセさんとモモ、少し遅れて六花ちゃんが出てくるところだった。
「ん?」
何やら六花ちゃんの表情が暗い。
一体何を話していたのだろうか?
「モンスターですか?」
イチノセさんが聞いてくる。
彼女は……特に変わった様子は無いな。
六花ちゃんだけが一方的に落ち込んでいるように見える。
「ええ、数は一体、初めて見る相手です。剣と盾を持ったアンデッド。多分ゾンビの上位種でしょう。大通りの直線上、八十メートルほど先に居ます」
端的に相手の情報を伝えると、イチノセさんの表情が変わる。
戦闘の時のイチノセさんだ。
「分かりました。じゃあ、私はここから援護を」
「ええ。俺とモモは死角を移動して、奇襲を仕掛けます」
「えっと……私は?」
「相坂さんは遊撃です。ここでイチノセさんと一緒に居て下さい。何かあったら、すぐに動けるように」
「わ、分かったっ」
まあ、実際にはその前に片付くかもしれないけど、それは言わないでおこう。
「それじゃあ、行動を開始しましょう」
イチノセさん達と分かれ、行動を開始する。
素早く壁伝いに移動し、相手から見えない様に接近する。
(よし、この辺りか……)
良いポジションを確保。
壁の隅から、改めて様子を窺う。
すぐに相手の姿が視認出来た。
「ァァァアアア……」
不気味な声をあげながら、デス・ナイトはキョロキョロと周囲を見ながら、徘徊している。
大きさは普通のゾンビとそう変わらない。人間と同じ位だ。
ただ、その手に持った大剣には、血がべっとりと付いていた。
威圧感も、普通のゾンビとは比べ物にならない。
(俺たちには気付いている様子は無いな……)
ここ最近、ずっと『隠密』が効かない敵とばかり戦ってたから、きちんとスキルが通じていると、何か安心する。
目を向けると、デス・ナイトを挟んで反対側にモモの姿も確認できた。
モモとは一緒に行動はしていない。
左右から挟撃できるように移動してきた。
つまり構図的には、中央にデス・ナイト、左右の死角に俺とモモ。
正面の離れた場所にイチノセさんと六花ちゃんが居る感じになる。
(……モモ)
(……わん)
俺は右手を挙げ、モモに合図する。
左右から同時に『影』を展開。
デス・ナイトへと放つ。
「ァァアア……?」
『影』がデス・ナイトへと接触した瞬間、奴は驚きの声を上げる。
そして、即座に手に持った大剣で地面を斬った。
ガリガリと地面が削れる音と共に、『影』が分断される。
ちっ、気付かれたか。
あの距離で『影』に反応できるなんて、かなりの反応速度だ。
(事前に察知した感じじゃないな……)
スキルならば、もっと早く反応できたはず。
つまり今の影に対し、ヤツは素の反応速度で対応したって事だ。
ならば次の手だ。
俺はデス・ナイトの頭上に狙いを定め、重機を放つ。
だが―――
「な―――ッ!?嘘だろ?」
今度こそ、俺は声を上げて驚いた。
あろうことか、デスナイトはこれにも反応。
頭上に出現した重機に対し、盾で受け止めたのだ。
「アァァァアアッ!」
そして、盾を斜めにズラし重機を受け流した。
ズズン、と重機が地面に沈む。
マジか……初見であれを防ぐのか?
その動きは、今までのモンスターとは違う洗練されたものを感じさせた。
その風貌も相まって、歴戦の戦士というフレーズが頭に浮かぶ。
「……アァ」
「ッ……!」
刹那、兜の下に隠れた赤く濁った瞳がこちらを見た。
そうか、さっきの『影』でこちらの位置を掴んだのか。
ならば―――。
「―――『分身の術』」
俺は即座に二体の分身を作り出す。
そして武器を持たせ、デス・ナイトへ突貫させる。
同時に隠れていたモモが動き出す。
「モモ!今だ!」
「わんっ」
モモは大きく息を吸い―――『叫んだ』。
「ワォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」
モモの放った『叫び』のスキルがデス・ナイトを襲う。
地面はひび割れ、周囲の窓ガラスは砕け、大気が震える。
「~~~~ッ!」
分身二体の足止めによって、デス・ナイトは動けない。
たまらず奴は体勢を崩す。
俺は再びヤツの頭上に重機を放つ。
「ガッ……ァァアア!」
それでも奴は渾身の力を振り絞って、盾を掲げようとした。
だが、少し遅い。
短い発砲音と共に、奴の肘が大きく抉れた。
イチノセさんの狙撃だ。
更に、二発、三発とヤツの肘、膝にクリーンヒット。
「ア……ガ……」
先程の攻防を見ていたのだろう。
頭や心臓部分といった急所は鎧で守られているし、かといって他の部分を撃ってもゾンビ相手ではいまいち効果が薄い。
だからこそ、この狙い、このタイミング。
流石、イチノセさんである。
ヤツの動きを阻害する形での狙撃は効果抜群だった。
肘を大きく損傷した状態では盾を扱う事が出来ず、膝を傷つけた状態では、ろくに立つ事も出来ない。
デス・ナイトはそのまま重機に押しつぶされた。
≪経験値を獲得しました≫
≪経験値が一定に達しました≫
≪クドウ カズトのLVが18から19に上がりました≫
よし、レベルが上がった。
俺は内心ガッツポーズをし、重機を回収する。
魔石を拾い、アイテムボックスに入れると『ゾンビの魔石(小)』と表示された。
(小)ってことは、モンスターの格としてはシャドウ・ウルフやホブ・ゴブリンと同じくらいだったのか。
でも、やはり強さはモンスターの種族ごとに異なるのだろう。
俺的には、デス・ナイト>シャドウ・ウルフ>ホブ・ゴブリンと言ったところか。
相性もあるだろうけど、厄介さではさっきのデス・ナイトが一番だ。
あ、ハイ・オークやダーク・ウルフは別枠だ。
アイツらは比較対象として間違ってる。
「やっぱ上位種になってくると、もう一手なにか必要になって来るか……」
『影』と『アイテムボックス』による初見殺し。
だが、それがモンスターのランクが上がると、成功率が今一つ下がってくる。
ハイ・オークは単純に腕力で。
シャドウ・ウルフは影による特殊能力で。
そして、今しがたのデス・ナイトは技術と経験で。
それぞれ俺の奇襲戦法に対応してみせた。
「防がれた時の対応や連携を、もうちょい見直さないとなぁ……」
この辺りはイチノセさん達と相談だな。
「とりあえず、さっきの空きビルに戻ってステ振りを済ませるか……ん?」
そう思い、モモの方へ向かおうとした。
その瞬間だった。
「……なんだ?」
ぞわりと、寒気がした。
歩き出そうとした足が止まる。
見れば、モモも同じように、動きを止めている。
突如として、『嫌な気配』を感じた。
なんだ?
何かがいる?
でも……どこだ?
周囲を見回すが、それらしき影はどこにもない。
気のせい?いや、そんな訳ない。
『嫌な感じ』はどんどん強くなっている。
冷や汗が止まらない。
目に見えない謎のプレッシャーに、呼吸が荒くなる。
どこだ?
どこに居る……?
「ッ……」
不意に、足元に目をやる。
地面が揺れた。
カタカタと、音を立てて。
「モモッ!後ろに下がれ!」
反射的に俺は叫ぶ。
モモも俺が叫ぶのとほぼ同時に動いた。
次の瞬間、巨大な石の柱が地面を突き破って俺たちの前に現れた。
「ッ……!」
それも一本じゃない。
二本、三本と、石の柱は次々に現れ、その数は五本に及んだ。
「なんだ……これは?」
酷く混乱する。
だが、異変はまだ終わらない。
少し離れたところからも、石の柱が出現していた。
こちらも同じく五本。
揺れはどんどん激しくなる。
現れた柱と共に地面が隆起した。
隣接したビルが次々に音を立てて崩壊する。
そして、俺は理解する。
俺が柱だと思っていた物は、柱ではなかった。
それは、さらに巨大な柱の一部分に過ぎなかったのだ。
きっと上空から見下ろせば、それがどういう現象かよく分かっただろう。
表現としては、それは人が下から這いあがってくる動作によく似ていた。
ただし、スケールが違う。
地割れが起き、建物が崩壊し、地面が抉れる。
その光景に、俺もモモも絶句していた。
揺れが収まる。
その全容があらわになる。
巨大な卵型の胴体に、短い脚と長い腕。
それはビルと見間違うほどの巨大なゴーレムだった。
「なん……だと……?」
だが、異変はまだ終わらない。
頭部の部分に亀裂が走る。
巨大な穴が空いた。あれは……口か?
その瞬間、俺は猛烈に『嫌な予感』がした。
「―――ッ!ヤバい、アカ!モモ!」
俺の合図にアカが体を膨らませる。
モモも即座に己の『影』に身を潜める。
次の瞬間だった。
「―――ルォ……ルルルルルゥゥゥゥウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
「~~~~~ッッ!!」
いつかのハイ・オークを思わせるほどの超大絶叫。
いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
既に亀裂が走っていた周囲の建物は、今の叫びがトドメとなり、次々に崩壊してゆく。
局部的な大地震でも起こったかのように、奴の周囲数十メートルが瓦礫の山となる。
「なん……だよ、これ……?」
ふらふらと立ち上がり、俺はその惨状に目をやる。
今までとはスケールの違いすぎる圧倒的な破壊力。
その光景に俺は息をのんだ。
「―――ルゥゥ……」
その破壊に満足したのか、巨大ゴーレムは叫びを止める。
「ッ……」
これは……無理だ。逃げるしかない。
本能とスキルが、はっきりと『勝てない』と告げている。
『索敵』を使い、イチノセさん達の場所を特定する。
大丈夫だ……おそらくまだ生きている。
彼女達にも小さいが、アカの分身体が付いてるんだ。
モモも『影』を伝って、既に俺の足元に移動している。
(イチノセさんと六花ちゃんを回収、それから、それから―――)
俺は即座に動き出す。
ハイ・オーク以来……いや、それ以上の命がけの逃走劇が始まった。
「―――……ん?やられたのか。それも二体も」
「ァァァ……?」
「ん?ああ、偵察に出してた奴らだよ。四体の内、二体がやられた。一体は人間の……おそらくチームだな。『影』のスキルを使う奴、叫ぶ犬、それに狙撃を使える奴かな……?バランスのいいチームだ。もう一体は……黒い狼にやられたようだ」
「ァァァ……?」
「強いのかって?ああ、『眼』を通して多少見たが、かなり強いよ。多分、どっちも今の僕達じゃ勝てない。特に黒い狼の方。アレは別格だ。どう逆立ちしたって勝てないだろう」
「……ァァァ」
「そう悲観するな。勝てない相手が居るって理解することも大事な事だ。それもまた『知識』。ああ、素晴らしい。どんどん経験していこうじゃないか。未知を既知に変えよう。知識、検証、学習、失敗、挫折、成功、その積み重ねが僕らをより強くする。それじゃあ、行こうか」
「ァァァ……?」
「ああ、動くよ。襲撃だ。場所は―――『市役所』。蟻やゴーレムといった注意すべき敵もいるが、ここは一気に経験値を稼ぐとしよう」




