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モンスターがあふれる世界になったので、好きに生きたいと思います  作者: よっしゃあっ!


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100.六花の決断


 西野君から返信が来た。

 メールには待ち合わせ場所や時刻が記されていた。

 本来なら真っ直ぐそこへ向かうべきなのだが―――。


「ここで一旦休憩にしましょう」


 そう言って、俺は近くにある雑居ビルを指差す。

 世界が変わる前からテナントが入ってない雑居ビルだ。

 モンスターの気配も無いし、ここで一旦休んでおこう。

 俺としてはまだまだ余力はあるのだが―――


「ぜぇー……ぜぇー……おっふ……はぁーはぁー……うっぷ……」


 死にそうな声を上げてるのは、イチノセさんである。

 顔は真っ青で、今にも吐きそうな気配だ。

 うん、分かっていた。

 俺が背負わずに移動すれば、こんな事になることくらい。

 『肉体強化』のスキルがあるとはいえ、イチノセさんのステータスは俺や六花ちゃんよりも遥かに低い。

 俺たちのペースに合わせて移動すれば、こうなる事は分かり切っていた。

 なのだが―――


『お、おんぶだなんて、そんな恥ずか……情けない姿をリッちゃんには見せられませんっ』


 そう言ってイチノセさんは俺のおんぶを断固拒否。

 普通に歩いて移動することになった。

 その結果がこれだ。


「だ、大丈夫、ナッつん?吐きそう?背中さすろうか?」


「だ、大丈ふ……ひゅーひゅー……問題、ないよ……」


 意地を通して、逆に情けない結果を見せておられる。

 これがイチノセさんクオリティー。非常に残念な子だ。

 ……これ、普通に俺が背負った方が良かったんじゃないかなぁ?

 でもイチノセさん、六花ちゃんの前じゃ妙に見栄を張りたがるしなぁ……。

 そう思ってたら、イチノセさんは俺の傍へ寄ってきた。


(……すいません、次からは普通におんぶでおねがいします……うっぷ)

(……はいはい、了解です)


 意地を張るのは、止めたらしい。

 うん、素直でよろしい。




 雑居ビルに入る。

 適当な部屋を見つけ、休憩スペースを確保する。


「ここなら大丈夫でしょう。イチノセさん、ゆっくり休んで下さい」


「はい……すいません……」


 ぜぇーぜぇーと肩で息をしながら、イチノセさんは備え付けの椅子に座る。

 先程に比べてだいぶ楽になったようだ。

 室内に入った途端である。

 これはやはり職業『引き籠り』の影響だろうか?

 外での移動の時は常に俺がおぶっているか、バイクだったから気付かなかったが、『引き籠り』は外での活動、もしくは移動にペナルティが課せられるのではないだろうか?

 なにせ『引き籠り』だし。

 イチノセさんはスキル『肉体強化』を持っているから、普通に移動する分には特に問題なさそうだが、走ったり長距離を移動すればすぐにボロが出る。

 俺は『影』を軽く踏む。


「モモ、出てきてくれ」

「わんっ」


 影から出てきて、モモは返事をする。

 ついでにモフモフ。ふふっ。


「俺はこのビルの中を探索してくる。その間、二人の傍に居てくれ」

「わんっ」


 『認識阻害』がある以上、建物の中ならほぼ安全だろうが念のためだ。

 何かあれば、モモが知らせてくれる。


「探索……?でも、クドウさんの『索敵』には何も―――」

「念のためですよ。念のため。それと―――」


 俺はイチノセさんに近づき、そっと耳打ちする。


(屋上辺りなら俺のスキルの範囲外です。もし彼女と話したいことがあるなら丁度いい機会だと思いますよ?)

(ッ……!)


 その言葉に、イチノセさんはびくりと肩を震わせる。


「ナッつん、どーしたの?」

「な、何でもないよ」


 わちゃわちゃするイチノセさんをニヤニヤ見つめる俺。

 多分、いま俺、最高に気持ち悪い顔をしてると思う。


「それじゃあ、ゆっくり休んでいて下さい」

(積もる話もあるでしょうし、この辺りでゆっくり話でもして下さい)


「っ……あ、ありがとう、ござい……ま、す……」


 俺の副音声をイチノセさんはきちんと理解したようだ。

 ひらひらと手を振りながら、俺は部屋を出る。

 

「さて、どうなるかね……」


 そう呟いて、俺は屋上へ向かった。

 



 カズトが出て行き、部屋には一之瀬と六花の二人が残される。

 モモは窓の近くに座り、二人の様子をじっと見つめて動かない。


「なぁーんか凄い人だねー、あのおにーさん」


 先に口を開いたのは六花だった。

 オフィスチェアに座ってクルクル回転しながら、一之瀬の方を見る。


「凄いって……何が?」


「いや、色々と。レベルやスキルもそうだし、私が苦戦しそーなモンスターもあっさり倒しちゃうし。あ、でもそれはナッつんも一緒かー」


「え?」


「だって、モンスターと戦ってる時のナッつんって、別人みたいなんだもん。なんかこー目の光がすぅーと消えた感じになって、『私は一発の銃弾キリッ』みたいな感じのセリフ言いそうな雰囲気になってさー」


「ごめん、例えがよく分からないんだけど……?」


「あれー?ナッつんはラノベとか読まなかったっけ?」


「小説はあんまり……漫画なら読むけど」


「そっかー」


「うん」


「…………」

「…………」


 そこで会話が途切れる。

 話が続かない。

 一之瀬は内心焦る。

 おかしい。

 本当ならもっと色々話したいことがあるのに、言葉が出てこない。

 一年ぶりに再会した親友。

 それも互いにすれ違ったまま―――実は一之瀬は『とある事情』で六花やいじめの原因に関することを事前に知っていたのだが――なのだったし、再会してからもモンスターとの戦闘や移動でゆっくり話す機会も無いままだった。


(うぅ、どうしよ……せっかくカズトさんがお膳立てしてくれたのに……)


 いや、そもそもコミュ障の自分にはこのシチュエーションは元々ハードルが高かったのでは?だって面と向かって話すんだぜ?緊張するに決まってるじゃんか。胃がキリキリと痛み、吐き気が込み上げてくる。いや、耐えるんだ自分。カズトさんだけでなく、親友の前でも醜態をさらす気か?いや、でもじゃあどうするんよ?あ、そうか『メール』。『メール』で会話すれば良いじゃんか。そうすれば言葉もスラスラと……いや、目の前に居るのにそれは無い。馬鹿か私は。『会話コミュニケーション』……『会話コミュニケーション』のスキルは無いのか?

 みたいな感じで、彼女の脳内で小さい一之瀬が涙目になってオロオロしていると、


「……ねえ、ナッつん、一つだけ聞きたいことがあるんだけどさ」


 見れば、六花が真剣な表情で自分を見ていた。


「……なに?」


 その雰囲気にただならぬものを感じ、一之瀬は姿勢を正す。


「ナッつんはさ、この後……その、ニッシー達と合流した後ってさ、どうするの?」


「どうって……?」


「一緒に行動するの?」


「……」


 その問いかけに、一之瀬は先ほどとは別の意味で黙ってしまう。

 それは彼女もずっと考えてた事だった。

 

 今、六花が一之瀬達と一緒に居るのは、彼女の仲間を探し、合流するという名目があるからだ。

 では、それが果たされた後は?

 そのまま一緒に行動するのか?

 

(多分……ないよね)


 一之瀬は心の中で首を振る。

 カズトや自分の戦闘スタイルは、集団戦ではなくソロに特化したものだ。

 お互いパーティーを組むまでは、そうやって行動してきたのだから仕方ないと言えば仕方ない。

 それに何より、二人には他人に隠しておきたい秘密がありすぎる。

 アイテムボックス、スキルを使う犬、擬態するスライム。

 アイテムボックスの食料は他人が知ったら喉から手が出る程欲しがるだろうし、モモやアカに至っては『モンスターと変わらない、危険だ』という理由で受け入れられない人も大勢いるだろう。

 そして何より、自分もカズトも『その他大勢』の中に居るのが苦手なのだ。

 人が嫌い、という訳ではないが、集団の中にあるあの独特な空気が苦手なのだ。


 数が多くなると、それだけで人は強気になる。


 自分達に望まぬ行動を強いる輩も出て来るだろう。

 スキルを持っているのだから、強いんだから。

 なら、『みんな』の役に立てと、『集団』はそれを強要する。

 自分達の方が弱い立場の筈なのにだ。

 それはかつてカズトも懸念していた事だ。


「……そっか。やっぱり、一緒には行動しないんだね」


 そして、その沈黙を是ととらえたのか、六花は悲しそうな表情になる。


「え、いや、リッちゃん……その……」


「いいよいいよ、分かってるもん。というか、ナッつんのコミュ障っぷりじゃ、ニッシー達と合流しても、絶対浮くしねー」


 にししと笑う六花に、一之瀬は少しむっとする。


「そ、そんなことないもんっ!私だって―――」


「私だって?」


「その……………頑張れば人と……普通に、はなせ……ますと思います……はぃ」


「その割には、随分と言葉が尻すぼみになってますなぁーお嬢さん?」


「むーっ」


 ぷくーと膨れる一之瀬に、六花はますます声を上げて笑った。

 

「酷いよリッちゃんっ」


「あっはっは、ごめんごめん。だってナッつんのリアクションがあんまりにも面白くってさー」


 ひとしきり笑い、そして、


「でも、うん、成程、成程。つまりナッつんは、あのおにーさんと一緒が良いというわけですなー」


「っ……な、なんで、そういう話になるわけ?」


 一之瀬の顔がほのかに赤くなる。


「だって、ナッつんの顔にそう書いてあるしー」


「え?」


 反射的に一之瀬は自分の顔をごしごしと擦る。


「なはは、ナッつん分かりやす過ぎー」


「なっ……!?」


 ようやく一之瀬はからかわれたのだと気付いた。


「あはは……そっか、そっか。あのナッつんがねー。……あーあ、あのおにーさんが羨ましいなぁ。たった数日でこうもナッつんをメロメロにしちゃうなんてさー」


「いや、メロメロにって……別に違うし。そういうんじゃなくて―――」


「だったら、さ」


 一之瀬の言葉を遮るように、六花は言葉を被せる。

 先程までの笑顔が嘘のように真剣な表情となる。

 そして真っ直ぐに一之瀬を見て、次にその手をぎゅっと握り、


「―――私もこのまま……ずっとナッつん達の仲間にしてもらうってのは有りかな?」


「え……?」


 目を丸くし、一之瀬は六花の顔を見る。

 それが冗談ではなく本気で言っているのだと、彼女はすぐに気づいた。




「―――さて、二人は今頃何を話しているのかな……」


 屋上のフェンスに背中を預けながら、俺は呟く。

 二人の会話は聞こえない。

 でも、実を言えばこの距離でも二人の会話を聞く事は出来るのだ。

 固有スキル『職業強化』。

 これを使いスキルを強化すれば、この距離であっても階下に居る二人の会話を聞き取る事は出来るのである。


 でも、俺はあえてそれをしなかった。

 だってそれは、イチノセさんへの明確な裏切り行為だからだ。

 パーティーを組んでるとはいえ……いや、パーティーを組んでいるからこそ、そういうルールは大事にしなきゃいけない。

 お互い話したくない事も聞かれたくない事もあるだろう。

 それを踏み越えてしまえば、誰も信用できなくなるし、誰からも信用されなくなる。

 それはモモやアカにだって同じことだ。

 無秩序な世界なのにルールが大事っていうのは皮肉だよな。


(予想としては多分、今後について話してると思うけど……)


 西野君たちと合流した後、一緒に行動するのか、それとも別れるのか?

 多分だが、六花ちゃんはそれを危惧している。

 ここに来る途中も、何度もイチノセさんの方を見てたし。


「もしかしたら、自分のグループに来てくれないかって言ってるかもな……」


 そして、もしイチノセさんがそれを受け入れたら―――。


「そん時は……そん時かな」


 イチノセさんがどんな結論を出したとしても、俺はそれを尊重しよう。

 その結果、パーティーを解散することになっても、だ。

 少し……いや、結構寂しいけど、仕方ないといえば仕方ないし。


「……ん?」


 ふと、フェンス越しに周囲を見ていると一体のモンスターが見えた。

 

「初めて見るモンスターだな」


 それはローマの戦士を思わせる様な装備に身を包んだ一体のゾンビだ。

 顔はフルフェイスの兜に隠れ、露出した肌は赤黒く爛れ、手には巨大な盾と剣を持っている。

 ゾンビ・ナイト……いや、デス・ナイトと言うべきか?

 ゾンビの上位種だろうか。

 デス・ナイトは真っ直ぐにこちらへ向かって来る。


「……狩るか」


 『危機感知』の反応を見るに、おそらくアイツの強さはシャドウ・ウルフやオークと同程度。他に仲間も連れてなさそうだし、狙い目だな。

 話し合いの機会を設けて、まだそれ程時間が立っていないが仕方ない。

 俺はすぐさま、下の階に居るイチノセさんたちに合図を送った。


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書籍7巻3月15日発売です
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― 新着の感想 ―
[気になる点] イチノセさん……親友(??)と合流して心の余裕が結構できたのは分かるけど…… 分かるけどさ……(´・ω・`) あ、りっちゃんさんはまだ戦闘シーン無いので評価は出来ないです。 ただ……
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