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月の精霊~異世界って結構厳しいです~  作者: 鬼頭鬼灯
ガイナの神子─ 五章
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国家と王子


 王城に設けられた議事堂は外の陽気と相対した冷えた空気に包まれていた。定期的に開かれる議会の集まりだった。四角く囲まれた机の上座にただ一人座るのはガイナ王国王。その両脇に面した机の上座に宰相と第一王子は向かい合って座っていた。平生通り各州の報告事項があげられる中の一つの議題として、王は気軽に口を開いた。

「そうだ。神子は宰相に任せようと思うが、いかがか──」

 しん、と議会の会話が消えた。

 各州の高官らは一様に宰相の向かいに座る第一王子に視線を集中させる。彼の顔色は悪い。彼が治めるジ州の采配と、倒れ込んだまま目覚める様子のない神子の状態。全てに彼が疲弊していることは、誰もが知っていることだった。

 ガイナ国王は冷たい目の色で正面を見据えている。

「一度ならず二度までも神子を危険な状況に置いた第一王子には、ほとほと失望した。所有権をはく奪してはいかがだろうか」

 尋ねられ、答えずにいるわけにもいかないが、答えようもない空気が流れる。官吏の一人がおずおずと口を開いた。

「しかし……所有権の剥奪には月の宮の同意が必要となります。国家が月の精霊様の所有権を奪うことを月の宮は良く思いません」

 別の官吏も口を揃える。

「国家が所有権をはく奪した場合、月の宮に置いて再び競りとなります。この際に月の宮の不興を買っていると、不適格な国家として、同じ月の精霊様の競りに参加権を与えぬ場合もあると聞き及んでおりますが……」

 守護国の全てに公平に競りの機会を与える月の宮は、時として理不尽な勘気を見せる。そして他国不可侵を貫く彼らに、誰も口出しはできない。

 王は頬杖をつき、そうだなと頷いた。

「では宰相に所有権を移譲しろ。それならば月の宮への報告のみで済む。もう一度大枚を叩くのも無駄だ」

 苛烈な意見を平然と言ってのけた王を前に、宰相は平生通りの顔つきで向かいに座る王子を見やった。

 心身ともに疲弊している王子に追い打ちをかけるために、王は口を開く。

「ジ州において繰り返されている殺人犯にさえ手をこまねいているようなお前に、神子の主人は荷が重いだろう。政についてお前は未熟なようだ。どちらかに絞れば仕事もはかどるというもの。神子は手放せ」

 無表情で卓上の紙面に目を落としていた第一王子は、真っ直ぐに王を見返した。

「お断りいたします」

 王は口の端を上げた。

「……駄々をこねるな。何も一生奪おうというのではない。一時、所有権を宰相に移せ。我が国の神子は奔放に過ぎるようだ。州官長、第三部隊隊長、宰相補佐官。そのうえ奔放な神子のお守りまでとなると、さすがに応えただろう? 実際、お前は今回力を使いすぎて死に掛けていたそうじゃないか」

 第一王子の眉間に皺が寄った。

 今回の事件は細に渡って王に報告が上がっていた。王子からの報告だけではなく、王自らが人選した官吏による、関わった全ての兵への事情聴取がなされており、誰も隠し立てができない状況に置かれていた。

「私も可愛い息子を失うわけにはいかない。お前が政を問題なく取り仕切れるようになれば、神子との婚姻とて許してやろう。まあ、その時に神子が別の男を選んでいれば意味はないが……」

 冗談でもない話を、笑う。王子は強い眼差しで王に言い返した。

「お言葉ですが、月の宮に置いて神子を競り落としたのは私個人です。私から彼女を手放す意志はない」

 王の目が冷たく細められた。

「――ではお前から一切の職を奪うぞ」

 ひゅっと息を飲んだのは一人ではなかった。多くの官吏が言葉を失った。王子から職を奪うことは即ち、王家からの絶縁を意味していた。

 王子はくっと笑った。

「面白いことをおっしゃる」

「お前の代わりなどいくらでもある」

 王子の目が冷たいものに変わった。全身から怒りを漂わせる彼の答えは決まっているようだった。

「お二人とも、熱くならないでください」

 冷気漂う王と王子の間に割って入ったのは、他でもない宰相だった。この場で二人の会話に入れるのは彼以外おらず、官吏は全員胸を撫で下ろす。若くして王に目を掛けられ、宰相まで駆け上った彼ならば、平穏な答えを導いてくれるだろうと思った官吏達は、次に放たれた彼の言葉にぎょっと目を剥いた。

「許されるのならば、私は喜んで神子様の主となります」

 にこやかに言った宰相を、王は鼻を鳴らして笑う。

「そうだろうな」

 宰相は笑みを深める。

「ですが、主となった暁には、私は神子様のお心まで殿下から奪ってしまうこととなるでしょう」

 王子は忌々しげに盛大に舌打ちした。宰相は大げさに眉を下げ、首を振る。

「残念なことに、現在神子様のお心は殿下が独り占めなさっている。今、床に伏していらっしゃる彼女が目を覚ました時、突然主が変わったと言われたらいかがでしょうか。彼女は悲しみに暮れ、この世を去ってしまう可能性も無きにしも非ずではございませんか?」

 官吏達の肩から力が抜けた。王は声を上げて笑う。

「神子に国を捨てられてはかなわんな」

 宰相は得たりと王を見やる。

「そうお急ぎになる必要もございません。神子様がお目覚めになった後に、この議題は改めてはいかがでしょうか」

 王は残念そうに嘆息した。

「仕方ない。では神子が目覚めたのちに、再度議論するとしよう。眠り姫がいつ目覚めるのか、待ち遠しいな……アラン」

 小馬鹿にした口調で王に目を向けられた王子は、殺意を込めた眼差しで睨み返した。



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