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月の精霊~異世界って結構厳しいです~  作者: 鬼頭鬼灯
ガイナの神子─ 三章
82/112

影鬼

※残虐描写のみ

読み飛ばされても本筋に影響はありません。

21時に本編更新予定です。


 ──ぽたり、ぽたりと滴が落ちた。


 行燈で灯された廊下は仄かに辺りを照らし出す。庭の片隅で、蹲った塊に気付いたが、声を掛けるかどうか迷う。


 あれは人の子だ。熱い血の通う愛らしい人の子。

 無垢なる娘。


 闇に乗じて喰らってしまおうかと、指先が疼いたが、ふと視線をずらせば、すぐ近くに脂ぎった男の顔があった。


 そうそう。これを始末するのが先だった。

 口元を引き上げれば酩酊した男の目は血走り、てらてらと光る鼻の穴から臭い息が漏れる。

 なんと醜い生き物だろう。

 

 美しく整えたこの体を、汚らしい手で触る。お前の為にこの体を磨いたのではない。お前のような腐った肉をこの体が受け入れるとでも思っているのか。

 胸の内で呪詛が繰り返されたが、顔には美しい笑みを浮かべてやる。美しく生まれついた者の責任だ。

 

 ここでその喉笛を掻き切ってやろうかと指が疼いたが、まだ店の中だったと思い出す。店の床をこの男の汚らわしい体液で汚すのは憚れる。

 

 仕方ない。外へ連れ出してやろう。外へ誘うと男の鼻息はまた荒くなった。ああ臭い息だ。

 

 街へ出れば眩しさに瞳が眩んだ。

 いつ見ても美しい町だ。七色の光が街中を彩っている。

 この街に連れて来られた幼少の頃はまだここまで派手ではなかった。当時はまだそこかしこに汚濁が凝り、自分を求めるいやらしい大人たちが堂々と闊歩していた。


 すっかり隅々まで整えられ、穢れのない通りになったのはいつだっただろう。 派手で下種な看板が通りに掛かっていたこの街から、看板という看板が消え、腐臭漂う排水溝は地の中へ消えた。

 

 最近、黒い軍服に身を包んだ兵士達が増えた。鋭い眼差しが自分の上を流れていくたび、ぞくりと背筋が快感に震える。


 光に目を細め、大きく息を吐く。夢幻の中にあるようだ。


 こんなにも美しい夜の街で真実の夢を私から贈られるこの男はなんと幸運な事だろう。


 醜悪でしかないこれを喜ばしてやるのも癪だ。

 

 見つめると、男は汗ばんだ手で引っ張る。別の宿へ向かおうと言う。男が上げた宿の名はこの街の中では中規模で、決して上等な宿ではなかった。


 この私をそのような安宿で喰らおうとは、甘く見られたものだ。

 

 目を細めて闇深い路地裏へ誘ってやると、男は興奮した。闇の奥へ、奥へと体を押される。路地の突き当たり、光も差さない闇の中で男は嬌声を上げた。


 ああ、喜んでいる。

 したたり落ちる体液は不躾にも私の手を汚したが、許してやろう。

 生暖かい中を一掻きしてやると、男の体は痙攣した。


 顔がほころぶ。なんと素直な反応だ。


 褒美にこの美しい掌で、お前の中にある物を掴んでやろう。


 生暖かくぬめった塊を引き抜くと、男だったそれは路地へ落ちた。手のひらに掴んだ塊から男の体液が零れ落ちている。


 手の中で塊はまだ痙攣している。男そのもののように醜い。

 やはり触れてやるのではなかったと、男の顔へそれを投げつけた。


 もう木偶となった塊から光の粒子が零れ始めるのを確認し、闇空へ飛んだ。


 私に相応しいのは、やはりあの空に煌めく星と月だ。あの煌めきに包まれれば、どれほど幸福だろう。


 下から金色の粒子が舞いあがってくる。

 どれほど醜い者も最後には美しく昇華される。

 美しくなってよかったなあと笑う。笑いが込み上げる。腹を抱えた。


 ああ、可笑しい。愉快だなあ。


 空で光り輝く星に手が届かない。

 こんなに飛べる私でも届かない場所にある星が、ふとあの無垢な少女と重なった。


 この世からあの少女を取り上げたら、どれだけの人間が泣き崩れるだろう。


 ああ、興奮する。


 あの少女の体の中は、きっと柔らかく、滴る体液は――甘い香りに違いない。


 さあ次は、誰に夢を見せてやろう――。



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