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月の精霊~異世界って結構厳しいです~  作者: 鬼頭鬼灯
ゾルテの精霊― 三章
27/112

27.王の采配


 このところ体調の良い王妃の部屋は、王から贈られた花が溢れ、彼女の趣味の一つであるチェス盤が卓上に広がっていた。チェス盤の脇に並んでいた駒は無様に転がっている。先程王妃の指先が触れて、整然と並んでいた駒が倒れたのだ。

 趣味のよい乳白色のソファに腰かけている彼女は、どこか呑気に見えるその顔に、驚きの色を浮かべた。手のひらを頬に当て、「まあ」と呟く。

「だから言ったではないの、早く婚約式をあげなさいって」

「……いえ、今回はそのような問題ではありません」

 彼女の傍らに直立し、事態の報告を入れたアランは、眉間に皺を刻んだ。苛々と報告を入れた相手である、国王を睨む。国王は王妃の肩に腕を回し、のんびりとソファに腰かけていた。

「陛下、私には一刻の猶予もないのですが」

「しかし報告の義務はあるよ、アラン」

 ガイナ国王──ワルターは鷹揚に口の端を上げて、息子を見上げた。空気を読まない王妃──シンシアは言葉を続ける。

「だって、盗られちゃったんでしょう? ねえ、ワルター。もっと大々的に婚約式をしていたら、盗賊なんて来なかったわよねえ?」

「……」

 盗られるには盗られたが、王妃の表現と現実が今一つ合致していないと感じるのは、気のせいだろうか。アランは赤い瞳に苛立ちを募らせる。

「既に宰相の許可は取っております。軍の指揮権は私の物のはず。何故私をお引き止めなさるのか」

 王立軍第三部隊のみを動かし、王の軍隊である第一、第二部隊には触れていないというのに、王は待ったをかけた。

 既に信頼の厚い部下に神子の行方を追うように命じているため、部隊そのものの動きを止められている状態ではないながら、アランは自らが動けない状況に置かれていた。

 すでに夜は明け、太陽は地平線と南中の間にある。王の執務時間まで後一時間といったところだった。

 ワルターは甘く王妃を見つめ返す。

「どうだろうね、シンシア。彼女はみんなが欲しい精霊だから、いずれは盗賊が来たと思うよ。私が思うよりもずっと早く、盗賊が現れてしまったけれどね」

「そう……」

 ワルターは鼻先で笑い、アランを見上げた。

「まったく、警護に兵を割いていた割には、無様なものだな、アラン」

「……私を咎められるのは、神子を連れ戻してからにしていただけないでしょうか。時間が惜しいのです」

 アランは父の言葉を受け入れ、頭を下げる。

 どんな言葉も、甘んじて受け入れる所存だ。今の自分は、王太子の価値がない男だった。厳重な警備を配したにもかかわらず、あっさりと神子を奪われ、神子の命だけでなく、己の命運までも棒にしようとしている。

 ワルターは小馬鹿にした眼差しのまま、ソファの肘掛けに肘を置き、頬杖を付いた。

「そうしろと言いたいところだが、此度の事案、なかなかに面倒だ」

「――は?」

 ワルターは指先を中空へ持ち上げ、月の力を溢れさせる。光の粒子は、ガイナ王国と周辺国家の地図を作り上げた。そして、地図の中の一点が点灯した。

 ガイナ王国の南西に位置する、テトラ州だ。

「……昨夜、州城の門が開いた。深夜二時頃だ」

 アランは眉根を寄せる。神子と州城の関連を考えられなかった。

 ワルターはふう、と溜息を吐き、続ける。

「真夜中に州城の門を開けられるのは、州官長だけだ。州城の門は九時には閉ざされる決まりだから」

「紗江を奪ったのは、遊民で……」

 アランは、視覚の飛翔能力からして、遊民の討伐を考えていた。遊民を重用する月の宮が、多少なりとも関わっている可能性もあると。

「誰だって、金を積めば遊民を雇えるだろう、アラン」

「それは……そうですが」

 まさか国官が自分の精霊を奪うなどと信じきれず、アランは困惑する。しかもテトラ州は――。

「テトラ州には、既に月の精霊がおります」

 月の精霊を手中に収めた州官長が、新たな精霊を欲しがるのは奇妙だ。テトラ州の州官長の、精霊への献身ぶりは、あちこちに広まっている。

 しかしワルターは笑った。

「精霊がいるから、何だ。国官は王子に反旗を翻すはずがないとでも言うのか?」

「いえ……」

 じり、と額に汗が滲んだ。アランは父親が時折見せる、独特の眼差しが苦手だった。

 己を試し、真実、次代の王に相応しいかどうか、見定めようとする目だ。

 そういう眼差しが己に向けられる時は、絶対に失望させてはならない。答えを誤れば、父は躊躇いなくアランの王位継承権を奪う。

 アランは必死に、考えを巡らせた。

 ――州城の門が開いた。州官長の命によって、何者かが出入りしたのだ。

 テトラ州の鉱石採掘量には異常があり、月の精霊がいながらおかしな結果だと、調査を始めたところだ。

 これがもしも、月の精霊の異常を示しているのなら。己の精霊が使えなくなったからと、月の神子を所望するだろうか――?

 一国の王子に反旗を翻してまで、神子を盗もうなどと、常識ある者は考えない。テトラ州の州官長の真面目な務めぶりは、これまでの業績からも見て取れた。真面目な人間だ。

 しかし、真面目な人間だからこそ、精霊に何らかの問題が生じたら、混乱するのではないか――?

 アランは首を振り、犯人像の想像をやめた。

 いずれにせよ、神子は浚われたのだ。アランは今、まず神子を取り返さなければならなかった。

 神子を浚った人間は、その後、どう動くだろう。

 アランは口元を引き結んだ。

 ワルターは、主要な国家機関に、私的な配下を置いていた。今回の報告も、州城においた配下からの報告だろう。

「……領地外門の出入りについては……報せを受けていらっしゃいますか」

 ワルターはその質問に、にや、と笑ったものの、首を振った。

「いいや。昨夜は、何人も出入りはなかったと報せを受けた」

 ガイナ王国の官吏は優秀だ。不正が無いよう法で厳重に管理され、王への信頼と信仰の厚い人間が採用される。

 虚偽の報告をするなど、あってはならぬ事だ。

 だが先だって、テトラ州は奇妙な報告を上げた。鉱石採掘量について、調査の矛先を向けるや否や、報告内容の修正が入ったのだ。

 もしもこれが虚偽であれば、官吏の動きが、どこかで狂っている可能性がある。

 アランの胸は、重苦しい靄で覆われた。

 ――紗江はもう、国内にはいないかもしれない。

 自分が犯人なら、即座に軍隊を動かせる王子の元から、一刻も早く距離を置きたいだろう。

 国内にいては、血眼になって探し回る軍隊にいつ捕まるか分からない。捕まる可能性が高い国内より、外のほうが安全だ。

 考えたくもない可能性だったが、アランは顔を歪め、口を開いた。

「……領地外門を、再度調べます……」

 ワルターは満足げに笑んだ。

 王とは対照的に、アランの顔色は悪くなる。

 王妃はチェス盤に視線を落とし、艶やかな指先で、駒を一つ拾い上げた。


 他国が絡めば、事態は混迷を極める──。



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