23.籠の鳥
光も差さない、薄暗い地下牢の中、彼は格子の入った窓を見上げた。
格子から覗く月明かりは、どんな時も彼の心を正常に戻そうと懸命に力を注いでいるようだった。
月光を浴びた少年の瞳は、一度輝きを取り戻したが、背後から聞こえた声にすぐ淀んだ。
「康。気分はどうだ」
しわがれた低い声は、聴きなれた主の声だった。かつてはその声を聞くだけで、胸が踊った。けれど、どうしたことだろう。今は――胸が、沈む。
康は、かちゃりと手首から垂れ下がる鎖を鳴らし、振り返った。月光のみを浴び続けた彼の肌は白く、透き通るようだ。淀んだ瞳に映った男は、立派な髭を蓄え、がっしりとした体格をしている。出会った頃と変わらない姿だ。優しい眼差しも、変わりない。だがその表情は、まがい物だ。
康は項垂れた。彼は自分に、失望している。
「どうした。お前の好きな月明かりが、今日は一段と明るいじゃないか。元気になるだろう?」
気遣わしげな声音に、康は目を上げた。彼は両手を胸の前に掲げる。両手首にかまされ鎖が、耳障りな金属音を立てた。
「……いつまで、このようなことを続けられるのですか……」
少年らしからぬ、覇気のない声が石の廊下に響く。
男は鉄格子の向こうから、悲しげに康を見つめた。頑丈な扉には錠前がかかっていて、内側からは開けられない。冷たい石の壁に囲われた牢の中、精気を失った少年に、男は柔和な笑みを作った。
「私だって、こんなことはしたくなかったさ。けれどお前を失うわけにはいかないだろう? これでも私は、お前を一等大切にしているんだよ……康」
康は幼い瞳を、涙で濡らす。
「僕は……僕は、決してあなたの元から逃げ出しません……」
男は視線を逸らした。わざとらしく咳払いをして、康の背後にある小さな格子窓を見上げる。
「安心なさい。もうすぐ、お前を救う女神を連れてきてあげようとも」
康はびくりと顔を上げた。白い顔がますます白くなり、血色を失う。
「僕は――僕は何も、望んでなどおりません……!」
男は強い眼差しで、康のこけた頬を、そして細い腕を眺めた。
「……大丈夫だよ、康。きっと私が、お前を治してやろう。可愛いお前の為なら、なんだってしてやろう。可愛い私の、精霊よ……」
「バサト様……!」
少年の声は震え、頬を伝った涙の滴が、石の床にぽたりと落ちた。
泣き濡れた顔を覆った手首から、また重い金属音が上がる。彼の手首は、部屋の隅にあるベッドに繋がれていた。
少年は声を殺し、泣く。
涙が床に落ちる音が木霊して、地下牢にはいつまでも、水音が鳴り響いていた――。




