議会
問題となった事件の詳細を吟味し直し、官吏達は採決を求められたが、議会は紛糾した。
神子が目覚めた二日後という、性急な招集議会だった。
王の強い意向を受け、アラン王子から神子の剥奪もしくは宰相への移譲が優勢な意見だったが、王子が断固として移譲を拒否した為、所有権の剥奪における弊害の可能性に明確な意見を述べる者はなかった。
更に奇妙なことに、神子の出迎えに配された官吏達が揃って今回の議案に明確な反対を示した。
議会に参加しているのは各州官長十名と、宰相、王の十二名である。この内、王子を含む五名の反対を受け、ほぼ半数の対立となった議論は平行線を辿っていた。
王は迎えに使った高官達を見据えて皮肉気に笑う。
「どうした。私の息子に気兼ねする必要はない。それとも、懐柔されたか」
四名の官吏達は非難めいた王の声に、怯みながらも意見は変えなかった。
「何故だ。反対する理由を述べよ」
王は今回の採決を何がなんでも通したいらしかった。意地悪くも反対する官吏たち一人一人に理由を求めた。
一人は言う。
「今回の件は神子様の奔放な振る舞いを、主として管理できなかった殿下の力量不足がためと判じ、所有権の剥奪が議題にかけられた。そうですね?」
「そうだ」
「ですが実際の問題は、罪を犯した者にあり、論点がずれているように思われます。あの日、あの時、犯罪者が同じ子供に手を掛けたとして、神子様がいらっしゃらなかった場合、我々は子供の命一つを失っておりました」
王は首を傾げる。
「だが神子の命を二度も危険にさらしたのは事実だ」
別の官吏が言う。
「確かに、神子様のお命は二度、危険にさらされました。共に月の力が非常に強い、通常の人間には対応しきれぬ力を持った者による蛮行でございます。この双方が、別の主だった場合、同じ結果とならなかったかと考えますと、恐らく結果は逆ではないでしょうか。殿下が第三部隊を動かす場合、宰相の採択は必要となりますが、主体的な指揮権は殿下にあり、速やかな采配を下されております。これが宰相であれば、軍の主体的な指揮権を持たぬ以上、王の意向を窺う必要があり、機動力に置いて弱いのではと考えます。更に、ルトの街での奇襲では第三部隊隊長であるからこその素早い動きと、類まれなる殿下の強い月のお力により、神子様をお救いになれたのではございませぬか」
机仕事の多い宰相では、王子程の結果は出せなかったと暗に示され、宰相は苦笑した。
王は目を細める。
「だがあの神子は王子の言うことを聞かぬようだ。政で手いっぱいの王子には過ぎた宝だろう?」
三人目の官吏は、配布された書類を確認しながら首を傾げた。
「神子様が街を散策されていたのは、この国を知りたいがためだったと聞き及んでおります。実際、高等学院へも通われ、熱心に勉学に取り組んでいらっしゃったとか。こちらの世を知らぬ神子様の知識欲の為に、殿下は神子様に強く外に出ないようにとは言っていらっしゃらなかったようでございます。一概に殿下の言うことを聞かないとは言い切れません」
「その判断力に問題があると言っている」
官吏は眉を上げた。
「将来この国の王となるであろう殿下の隣に座る方が、書物から得た知識のみで良いのでしょうか。そういった方が真実、民を理解し、公平な判断をし、この国を良く導かれるものでしょうか」
王は片眉を下げる。
「だがなあ……」
四人目の官吏は簡潔に言った。
「神子様は殿下の元を離れたくないと泣いておられました。王のなさっていることは、神子様のお心を曇らせるだけかと」
王は眉を八の字に落とした。
「なんだ、理路整然と応えおってからに。全く……優秀な官吏が揃うと口では上手く勝てん」
官吏達は苦笑する。四人の官吏の答えによって、他州の官吏達の醸し出す空気が変わっていた。王の強い意向に思考を固定されていたが、神子を奪う必要はないのではないか、と言いだす者は直ぐに現れ始めた。
全会の弛んだ気配を察した王は、忌々しげに王子を睨んだ。
「お前がいつまでも情けなく結果を導かんから、皆の手を煩わせるようなことになったのだ」
王子は意志のある眼差しを向ける。
「此度の不始末、心よりお詫び申し上げます。早々の決着を付けるべく、全身全霊でもって対処いたします」
王は深く溜息を漏らし、憂いの見える眼差しを東の――ジ州の方へ向けた。
「私は、これ以上民を失いたくはない」
王子は深く頭を下げた。
「――申し訳もございません」
初めから民を憂えたための議論だったのかと、高官達は顔を上げる。
「民を失っては、私がここにある意味がない。そして私は民の為に、第一王子も月の神子も失うわけにはいかぬ」
「浅慮をいたしました」
王は頭を下げる王子を溜息と共に見下ろす。
「だが此度の一件、軽く見るわけにはいかぬ。しばらく神子は王城に置く。今回の犯人は神子に執着を見せている」
「――……」
不満げな表情の王子に王は鼻を鳴らした。
「ちょっとくらい我慢しろ。一緒に暮らしたければ、さっさと犯人を捕まえる事だな、馬鹿息子。護衛は好きに采配しろ」
「畏まりました……」
父親の色をにじませられ、王子は不承不承頷いた。
王は官吏達を見渡して言った。
「神子の所有権は第一王子のものとし、今回の咎として神子は件の犯人を取り押さえるまで城に留めおくとする。以上の采配は機密事項とする」
王は立ち上がり、議会の解散を告げた。
唯一、宰相が物言いたげに王子を見ていた。




