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199/220

No.199:課長からの連絡


 休職を決意したオレは、最初の4-5日はひたすら寝ていた。

 会社に行かなくてもいい。

 ノルマのことを考えなくてもいい。

 その事実だけで、オレは深く長く眠ることができた。

 逆に言うと、いままでいかに身体が疲れていたのかを実感することになった。


 綾音はほとんど毎日自宅に来てくれた。

 平日は会社が終わってから来てくれて、夜は一緒に食事をした。

 あいかわらずお粥だったが、「よく噛まなきゃだめよ」と小言を言われた。

 向かい側に座っていた両親は笑っていた。


 週末には大学の時の仲間も遊びに来てくれた。

 瑛太と明日菜ちゃん、それから弥生ちゃんが3人で遊びに来てくれたときには、今の自分たちの仕事について語ってくれた。

 3人とも大変なときもあるけど、やりがいがあって楽しそうだった。


 海斗とエリちゃんも二人で遊びに来てくれた。

 海斗は就職先のテレビ局で雑務に追われ、毎日忙殺されているらしい。

「明日は我が身ッスよ」とボヤいていた。

 エリちゃんはデジタルマーケティングの会社で、クライアントからのリクエストや協力関係にあるSNSインフルエンサーとの調整に苦慮しているという。


 皆しっかりと、社会人生活を送っていた。

 なんだかオレだけ……取り残されているような気がした。


「誠治、大丈夫だから。焦ることはないよ。とにかく身体を治すのが先」


 オレが不安に感じるタイミングが分かるのだろうか。

 そんな時綾音はいつだって、そう優しく声をかけてくれる。

 その言葉が、どれだけオレの心の支えになっただろう。


 オレの体重は入社前と比べて10キロ近く落ちていたが、少しづつ体調は回復していった。

 休日には綾音と一緒に近所を散歩した。

 近所のコンビニへプリンやヨーグルトを一緒に買いに行ったりするだけだったが、オレにはとてもいいリハビリだった。


 休職4週目には、食事はお粥から白米に昇格した。

 隣で「最低30回は噛むのよ」と、綾音からずっと監視されていた。


 まだ不安はある。

 だが4週間前よりは、気持ちはずっと落ち着いた。

 いよいよ来週から出社だが、頑張れるかもしれない。

 そんなふうに思っていた金曜日のことだった。


 オレのスマホが振動した。

 表示を見ると、課長からだ。

 月曜日からのことを心配してくれているのかもしれない。


 オレは電話に出て、挨拶をした。

 課長はオレの健康状態のこと気にしてくれた。

 オレも「来週からよろしくお願いします」と言った矢先……。


「いや実はね……今日異動があったんだ。新藤君、君には転勤してもらうことになった」


「? えっと……私が転勤……ですか?」


「ああ……人事部職務開発課だ。もし月曜日に出社できるようであれば、八重洲の本社に行ってもらいたい」


「……職務……開発課……」


 オレはその部署の名前を聞いて、その後の言葉が出てこなかった。

 人事部職務開発課。

 2年前に新設された、うちの会社の誰もが知る部署。


 主に従業員のリストラを目的とした、通称『追い出し部屋』である。

 

「新藤君、すまない。私も所長も、人事部とはいろいろと掛け合ったんだ。だが最終的に力及ばずでね。こういう結果になってしまった」


「……そうですか……」


「新藤くんの体調のこともある。一度自分の身体と向き合う意味でも、この異動は無駄じゃないとも思うよ」


「……そうですね……」


 オレは話を最後まで聞いちゃいなかった。

 ただただショックだった。

 

 たった1度。

 たった4週間。

 会社のストレスで身体を壊し、休職しただけだ。

 なんとか努力して、少しずつ回復してきていた。

 また来週から頑張ってみよう。

 そのそう思っていた矢先にこの仕打ちは、あまりにも酷いんじゃないのか?


 気がつくと課長からの電話は切れていた。

 最後まで、どうやって会話をしたのか覚えていなかった。

 それぐらいオレは気持ちが動転していた。


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