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129/220

No.129:いつまでこうやって


 大学はもう、春休みに入っていた。

 俺と誠治は、しばらくヴィチーノのシフトを多めに入れてもらっていた。

 バリ島への旅行前に、できるだけ資金を確保しておきたい。

 パスポートの申請は既に済ませてある。

 あとは交付日に取りに行くだけだ。


 旅行の日程も決まった。

 2月20日のお昼に成田を出て、24日の朝に戻ってくる予定だ。


 そして今日は2月14日、バレンタインデー。

 ヴィチーノはとんでもなく忙しくなる。

 シフトには俺と誠治、綾音も入って臨戦態勢だ。


 オープンは夜の6時半。

 最初の予約客は、俺たちのよく知った仲間だった。


「いらっしゃい、美桜」

「お、美桜ちゃん、久しぶり」

「美桜ちゃん、いらっしゃい」


「こんばんは、瑛太君。誠治君と綾音ちゃんも」


 美桜は6時半に1名で予約を入れていた。

 美桜は星野と吉川も誘ったらしいが、今年は星野のアパートで二人でゆっくり過ごすそうだ。

 ケンカしたり仲が良かったり……忙しい二人である。


 俺は美桜をカウンターに案内する。

 案内した美桜の席の正面は、俺たちバイトがドリンクを作るエリアだ。

 だから俺たちの誰かがドリンクを作るとき、美桜の相手ができる。


 美桜はシーフードグラタンと、グリーンサラダを注文した。


「チョコはお会計の時に、渡せばいいかな?」


「ああ、ありがとう。そうしてくれるか?」


「うん」


 美桜からは昨年同様、またチョコレートを持って行きたいと連絡があった。

 

 俺は厨房に、オーダーを通した。

 そのあと次々にお客さんがやって来た。

 そして7時には、店は満席になった。


 俺はドリンクを作るあいだ、少しだけ美桜と話しをした。


「今年はもう少し塾のアルバイトをして、3月に長野に帰ろうと思ってる」


「そうなんだな。俺も3月のどこかで帰る予定だから、またあっちで会うか?」


「うん、是非そうしようよ。恵子と吉川くんの予定も聞いてみるね」


「ああ、そうだな」


「それからバリ島、もうすぐだよね! いいなぁ、わたしも行きたいよ」


「まあ今回は誠治のおかげだ。俺はご招待のおすそ分けをしてもらうだけ」


 美桜にはバリ島の件も話してある。

 美桜は食事中、誠治や綾音ともカウンター越しに話をしていた。

 多忙な店内で、時間はあっというまに過ぎていく。


 美桜が帰り支度をして、立ち上がった。

 俺は先に、会計に回る。


「はいこれ。毎年同じようなヤツだけど」


 そう言って美桜は、赤い包装紙で包んだ箱を俺に手渡した。


「ああ、ありがと。ありがたく頂くよ」


「それと……これを誠治君にも渡してくれる?」

 そう言って、一回り小さな箱も一緒に手渡してくれた。


「わかった。あとで渡しとくよ」


「うん、お願いね」


 俺は会計をして、お釣りとレシートを美桜に手渡した。


「いつまでこうやって、瑛太君にチョコ渡せるのかな……」


「えっ?」


「ふふっ……ごめん、何でもない。じゃあ瑛太君ありがと。おやすみなさい」

 美桜は少し淋しげに笑って、そう言った。


「ああ、ありがとう。またな」


「うん」


 美桜はそのまま店のドアから帰っていった。

 俺の耳にしばらくの間、美桜の淋しげな声が残っていた。


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