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No.124:ハァ……まいったなぁ


「ハァ……まいったなぁ、おい……」


 昭和純喫茶の店内。

 エリちゃんが出ていってしまったあと、ウチの横で立ちすくんでいた誠治は頭をガリガリとかきながらため息を吐く。

 そして自分のテーブルから飲み物とサンドイッチを持って、ウチの向かい側へ移動してきた。


「最初から聞いてたのか?」


 誠治の問いに、ウチはうなずく。


「そうか……聞かなかったことには……できねーよなぁ……」


 誠治は両肘をテーブルの上に乗せて、頭を抱えてしまった。


「そもそもなんで綾音がこんなところにいるんだよ?」


「ごめん……親戚の家に行ってその帰りに二人を見かけたから、後をつけて驚かせてやろうと思って……」


「だとしたら大成功だったけど……さすがに驚かされ過ぎだ」


 誠治はシートの背もたれに身体を預けた。


「あのさ……その……いつからそうだったのか、訊いてもいい?」


「いつからって? いつから……好きかってことか?」


「も、もう……はっきりと言わないでよ……」


「訊いてんのは、そっちだろ? そんなもん……最初からだ」


「え?」


「一目惚れだった」


「……ううっ……い、言ってて恥ずかしくないの?」


「だから言わせてんのは、そっちだろーが」


「そうだけど……」


 正面に座る誠治をチラ見する。

 顔を真っ赤にして、目を泳がせている誠治がいる。

 こんな誠治の姿を見るのは、初めてだ。


「で、でもそんなこと言いながら、他の女の子と遊びまくってたじゃない!」


「失礼だな……オレは綾音と出会ってから、他の子と、その……そういう仲になったことは一度もないぞ」


「ウソ!」


「ウソじゃねぇ。合コンだって他のダチに頼まれて、どうしても断れずに2回アレンジしただけだぞ。その内の1回が、瑛太を美桜ちゃんに引き合わせたわけだけどな。よく思い出してみろ。オレたち3人ツルむようになって、オレに女の影があったか?」


「わ、わかんないよ」


「……まあそうか。たしかに綾音と会う前は、オレ結構遊んでたからな。良くない噂も多いだろうから……それは自業自得か」


 誠治は小さく嘆息して、アイスコーヒーを飲む。


「なあ綾音。とにかく今は、綾音は自分の気持を大事にしてくれ」


「そんなこと言ったって……」


「このままだと、瑛太とられちまうぞ。明日菜ちゃんか、美桜ちゃんか。今のところ、明日菜ちゃんが優勢っぽいけどな」


「で、でもさ……さっきのエリちゃんじゃないけど、やっぱりうまくいかなかったとき、やりづらくなるのが怖いよ。居場所がなくなっちゃうかもしれないじゃない」


「大丈夫だ、綾音」


 ウチは顔を上げると、誠治がウチの目を正面から見据えて言った。


「心配するな。綾音がどんな結果になっても、オレが綾音の居場所を作る。うまくいけばそれでいいし、うまくいかなくてもオレが綾音の居場所を絶対に作る。だから何も心配しなくていい」


 誠治はウチから目を逸らさず、少し硬い笑顔をつくった。

 一瞬、ウチの心臓が変な鼓動をたてた。


「でも……ごめんね。ウチ、本当に何も気がつかなかった。誠治のこと」


「最後まで気がついてもらわない予定だったんだけどな。でもそれを言ったらオレの方もだ。オレ、エリちゃんのこと全然気づいてなかった。完全なノーマークだったわ」


「エリちゃん、ちょっと男慣れしてるように見えるからね」


「ああ、そうだ。オレ、そういうのには聡いつもりだったんだが……まったくやられたよ」


「勇気あるよね、エリちゃん」


「そうだな」


「エリちゃんの居場所も、作らないとね」


「ああ、そうだ。それも考えないとな」


 エリちゃんだって、ウチらの大切な仲間の一人なんだ。

 なんとかしないと。


「綾音、とりあえず今までと変わらずにやってもらえると、オレとしても助かる。ちゃんと自分の気持を大切にな」


「……誠治はそれでいいの?」

 

 ウチは思わず訊いてしまった。

 訊いても仕方のないことなのに。


「いいのって……今オレが綾音に告ったって、速攻で振られるだろ?」


「そうだけど……」


「即答かよ……とにかくオレのことはいい。綾音、今は自分に向き合えよ」


 誠治はそう言うと、目の前のミックスサンドを掴んで口の中に乱暴に放り入れた。


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