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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第3章(後)

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23.小さな部屋

 ローゼは正妃たちが去って行った方向をもう一度見る。

 ずっと遠くまで行ってしまった姿を確認して、ようやく安堵の息を吐いた。


 その様子を横から見ていたらしいリュシーが申し訳なさそうに声をかけてくる。


「ローゼ、ごめんなさい。傷が痛むでしょう?」

「平気です。そもそも血だって出てないくらいですから」


 気にしないで欲しいという意を込めてローゼは笑って見せた。


「でも、若い女の子ですもの。顔に傷なんて、やっぱり嫌よね。私の部屋に行ったら、薬を用意させるわ」

「あ、必要ありません。この傷は普通の薬では治らないんです」

「どうして?」

「実は魔物からの攻撃で――」


 魔物と聞いて、周囲の女性騎士が色めき立ち、侍女が身をすくませる。

 リュシーが目を見開いて何か言おうとするのをローゼは慌ててさえぎった。


「魔物はもういません。大丈夫です」


 ローゼの言葉を聞いてリュシーは「そう」とほっとしたように呟き、しかしすぐ不思議そうに首をかしげた。


「でもなぜ、魔物に傷をつけられてしまったの?」

「えーと、魔物を倒そうかなーと思いまして」

「まさか戦ったの?」


 おどけたように言ったローゼがうなずくと、周囲がまたざわめいた。


 その様子は他の地域の「若い娘がひとりで危険な真似をおかすなんて」というものとは違い、どちらかといえば「なんと物好きな」という雰囲気に近い気がする。

 確かにこの地には神殿が少ない。それに精霊が戦うのなら、人が手を出す必要はないのかもしれない。


(でも、精霊に任せきりにしておいていいのかな。レオンは精霊もある程度攻撃を受けたら消滅するって言ってたし、銀狼がそうだったみたいに、瘴気に染まってしまうことだってあるのに……)


 どことなく釈然としないものを感じるが、ローゼは精霊のことを詳しく知るわけではない。ひとまずこの場では黙っておくことにした。


 黙り込むローゼと、恐ろしげな表情を浮かべる侍女や騎士と。少しばかり妙な空気になったのを払うかのように、さあ、とリュシーが明るい声を出す。


「城の中へ案内するわ。他の人に見られないよう、少し急ぎ足になるけど許してね」


 はい、と返事をして、ローゼはリュシーに案内されるまま大きな玄関をくぐった。


 石造りの城はとても立派で、ローゼは思わず周囲を見回す。確かに昔の建物という感じはしたが、しかし古いというよりは、むしろ歴史の重みを感じさせる。廊下や壁などもよく手入れされており、すみまで掃除は行き届いていた。


 あちこちに配置されている彫刻のある柱や、美しいタペストリー、立派な美術品などは、どれもため息が出るような見事さだ。じっくり眺めたくなるものもあったが、先を急ぐためにぐっと我慢をした。


 やがて彼女の部屋がある2階部分に案内される。


 1階の廊下は石の床そのままだったが、2階の廊下には敷物が敷かれている。

 見事な敷物ではあるのだが、ローゼは自宅で部屋にしか敷物のない生活をしていた身だ。なんとも贅沢な、という感想しか出てこない。そんな廊下を通り、豪華な彫刻がほどこされた扉のひとつで立ち止まったリュシーが言う。


「ここが私の部屋よ」


 その割に、リュシーはなぜか戸を叩く。自室なのにどういうことだろうと思ったのだが、ローゼは中に入って納得する。


 護衛の騎士を従え、長椅子にフロランが座っていた。


 彼の姿を見てローゼは思わず顔をしかめるが、もちろんフロランはそんなローゼの様子など想定済みなのだろう。まったく気にも留めない様子で声をかけてくる。


「やあ、おかえり。で? 北方神殿ではなく城へ直接訪ねて来たということは、君たちに何か勝ち目が見えたいうことでいいのかなー?」


 問われたローゼは、黙って聖剣を掲げる。

 次の瞬間、フロランは驚愕の表情で腰を浮かせた。


「それはっ……!」

「フロラン?」


 訝しげなリュシーの問いかけはまったく聞こえない様子で、フロランはローゼの側まで来ると聖剣に手を伸ばす。

 しかし彼の手が届く前に、ローゼは無表情のまま聖剣を背後に隠した。


 自分が無遠慮に聖剣を取ろうとしたことに気付いたのだろう。わずかに照れた表情を浮かべたフロランは、改めてローゼを見る。


「触らせてもらえないかな?」

「だって。どうする、レオン?」

【断る。俺の時と反応が違いすぎて嫌な気分だ】

「――だそうです」


 そんな、とやや情けない顔を浮かべるフロランを見て、少しだけ溜飲(りゅういん)が下がったローゼはレオンに文句を言われながらも聖剣を差し出す。


 受け取ったフロランは目を輝かせ、聖剣に結び付けてある銀狼の毛をそっと撫でた。


「すごい……本当にいたのか……」


 心底嬉しそうな声で言って何度も感嘆のため息をつく姿は、先日北方神殿で会った嫌な人物と同じだとは思えない。


 こんな表情もできるのか、とローゼが妙なところに感心していると、フロランが何をしているのか興味を持ったらしいリュシーが彼の横に立つ。


「どうしたの? 何をそんなに喜んでいるのかしら?」

「精霊が見えない姉上には分からないものだよ」


 至福の時を邪魔されたと言いたげな冷たい口調で、フロランはリュシーを見ることもなく早口で言い切る。

 弟の言葉を聞いた姉は身を震わせると視線を落とし、小さな声で呟いた。


「あ……そう……そうよね。ごめんなさい、私なんかが聞いてしまって」


 彼女の悲しげな様子は、まるで叱られた小さい子どものようだったので、ローゼは思わずリュシーの手を取る。


 少し潤んでいる『彼』と同じ灰青の瞳を見ながら、偉い人に失礼だったかなと思いつつローゼは声をかけた。


「フロラン様が触れているものは、私の剣に結んだ銀狼の毛です」


 銀狼と聞いてリュシーのみならず、護衛の女性騎士、そして部屋の隅に控えた侍女も声を上げ、そしてフロランの近くにいた騎士たちも身じろぎをした。


 ローゼはそのときまで、フロランの騎士たちの存在を気に留めていなかった。

 つまり銀狼という言葉は、それまでひっそりと気配すら殺していた彼らにも衝撃を与えるほどのものだったらしい。


「銀狼? あの、昔話の? 本当に? ローゼは銀狼に会ったの?」


 現にリュシーは、頬を紅潮させてローゼへ問いかけてくる。

 ローゼがうなずいてみせると、リュシーは「まあ」と声を上げ、キラキラとした瞳で聖剣を見つめた。

 きっと彼女に銀狼の毛は見えていない。しかし、そこに銀狼の毛があるのだという事実が嬉しいようだった。


 ちらりと(うかが)えば、侍女や女性騎士たちもリュシーと同じような表情で聖剣を見つめている。フロランの騎士たちはさすがにもういつも通りだったが、少しばかり頬に赤みがさしているのは気のせいではないだろう。


(あたしは精霊のことをおとぎ話だと思ってたから、精霊を見られたときは嬉しかったけど……この人たちにとって精霊は現実で、でも銀狼はおとぎ話みたいなものなんだ)


 おとぎ話の存在がいると言われた今の彼女たちの気持ちが、ローゼにはとても良く分かる。あのときの弾むような気持ちは、今も忘れられないのだから。


「さて」


 十分に銀狼の毛を堪能したらしいフロランが顔を上げ、わくわくした表情でローゼと聖剣を交互に見る。


「次はぜひ銀狼の話を聞きたいところだね。彼は今までどうしていたんだって?」



   *   *   *



 銀狼の話が終わるころには、昼の時間を過ぎていた。

 

 部屋に帰るというフロランに、リュシーがおそるおそる正妃に会った話をすると、彼は思い切り顔をしかめる。


「何をやってるのさ、姉上」

「ごめんなさい……」


 腕組みをしたフロランは、天井を見上げてしばらく考えた後、大きくため息をつく。


「母上とおば上に関しては私の方でも対処を考えておくよ。とにかくこれ以上、あのふたりを刺激しないことだね」


 そう言ってローゼに視線を送る。


「まあでも、方法が見つかった以上、約束通り協力はする。代わりに公爵閣下が城に戻るまではおとなしくしてて欲しいな」


 ローゼがうなずくと、フロランはひらひらと手を振って立ち去って行く。


 弟から失望の目で見られたリュシーは気落ちした様子を見せていたが、それでも彼が立ち去るとローゼに向き直った。


「じゃあ、ローゼのお部屋へ案内するわね。でも……周囲から不審がられないようにするためには、客間などは用意できなくて……」


 申し訳なさそうなリュシーにローゼは首を振る。


「いえ、そんな。部屋を用意していただいただけで、ありがたいです」


 それでもリュシーは不安そうな表情のまま、荷物を持った侍女と共に部屋を出る。


 階段を下りて1階へ行くと奥まで歩き、リュシーはひとつの扉を示した。通ってくるときいくつもの豪華な扉を見たが、この扉はあきらかに格が違う、質素な扉だった。


 おそらくここは空き部屋だったか、あるいは使用人のための部屋なのかもしれない。廊下の先は行き止まりとなっているので、どうやら1階部分の隅にあるようだ。


「ここ……なの」


 不安そうなリュシーにローゼはにっこりと微笑む。本来なら軒下で寝ろと言われても文句が言えない立場だ。


 リュシーはローゼの様子を見て、ようやくほっとしたような笑みを浮かべた。


「食事は、私が侍女と一緒に持ってくるわね。用事があるときは、私かフロランが声をかけるわ。それ以外では絶対扉を開けては駄目よ」


「分かりました、ありがとうございます」


 リュシーに促され、彼女たちの姿を見送ることなくローゼはきしむ戸を開けて部屋へ入る。


 室内は扉と同じく質素だった。家具は寝台と机、箪笥(たんす)が置かれている程度、あとはわずかな空間があるくらいだ。

 しかし、特に不自由を感じるような部屋ではない。確認したところ、ローゼが使うためにだろうか、室内はきちんと清掃されており、嫌がらせに虫などが放たれている様子もなかった。


「うん。これなら特に問題もないわね」

【十分だろう。そういや以前泊まった宿には、ひどいのがあったな】

「あったあった。セラータと一緒に馬屋で寝た方がいいんじゃない? ってのもあったよねぇ」


 レオンと一緒に笑いながら寝台の横にある小さな窓を開けてみると、心地よい風とともに甘い香りが漂ってきた。窓の外を覗き込むと、花が咲いた小さな庭が見える。


 門から玄関の間にあった広大な庭園に比べればあまりにも狭い庭で、頻繁に手入れをされているわけではないのだろう、自然に任せた草も生えており、一部は雑然としている。しかし村育ちのローゼにとっては、素朴な感じがするこの庭の方が刈り込まれた庭園よりも好ましく思えた。


「さて、この部屋でしばらくの間はひっそり暮らすわけね」

【そうだな。ちゃんと大人しくしろよ?】

「するに決まってるでしょ。じゃないと計画が台無しなんだから」


 レオンの言葉に眉根を寄せると、ローゼは窓を閉めた。

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