12.譲られたもの
部屋に入って来た青年を見てローゼは落胆する。
淡い金の髪ということは、会いたかった人物ではない。
しかしローゼの正面に立った青年は、顔立ちにローゼが知る人の面影があった。彼よりは5歳くらい若いだろうか。さらに身なりの良さや、周囲の護衛から判断するに、跡継ぎと目されていた人物……彼の弟だろう。
「やあ。王都から来たんだって?」
青年はにっこり笑って口を開く。
あまりにもに気さくに話しかけられて面食らうが、ローゼはなんとか笑みを浮かべると、フェリシアから習ったお辞儀をしてみた。
「はい。ローゼ・ファラーと申します」
「遠いところからようこそ! 私はフロラン・シャルトス。エリオットの弟なんだ」
フロランは椅子に腰かけ、立ったままだったローゼを眺める。
すると次の瞬間、彼は口元を抑えて横を向くと、肩を震わせた。どうやら笑いを堪えているらしい。
何がおかしいのかわからずローゼはむっとするが、相手は公爵家の人物だ。下手に何か言って機嫌を損ねてはたまらない。しかしどうしたら良いのか分からず、とにかく黙って立っていると、やがて笑いがおさまったらしい彼が身振りで座るよう示した。
「……ごめんごめん。えーと、兄に会いに来たんだよね? この場に現れたのが私で、さぞがっかりしただろうねぇ、ごめんよ。エリオットは爵位の継承をすることになったからさ、そう簡単に出歩くことはできないんだ」
先ほどの笑いの余波なのか、フロランの口調はとても楽しそうだ。
逆にローゼは背筋がひやりとした。――意図がばれている。
それでも何食わぬ風を装って、フロランに問いかけてみた。
「どうして私がお兄さんに会いに来たと思うんですか?」
「当り前じゃないか」
フロランはわずかに目を見開く。
「兄が北方へ戻ってきた。そこへ時期を置かず、王都から来たという娘がイリオスに現れる。これが兄に会いに来たのでなければ一体何かな? ――王都からイリオスへ来る人物というのはものすごく少ないんだよ。きっと君が思ってるよりも、ずっとね」
おまけに、とフロランは言葉をついだ。
「やってきた娘は赤い髪だっていうじゃないか。赤い髪の娘はねぇ、マリエラがものすごく気にしてるんだよ。エリオットと仲が良かったらしいから、領地に来たら追い出してくれってさ、公爵閣下にも私にも直談判したくらいだよ」
ローゼの様子を窺いながら、フロランは続ける。
「そういえば、赤い髪の娘は、ウォルス教の宝とも言うべき剣を携えているんだってね。聖剣っていうんだろう? もしかしてこの剣?」
フロランは興味深そうに机の上にある聖剣を見つめた。
彼の話を聞き、ローゼは歯噛みする。計画は失敗だ。
こちらの素性は完全にばれている。おまけに目的も悟られてしまっているようだ。
おそらくフロランはローゼを都市イリオスから……もしかすると領地から追い出すため来たに違いない。
ここまで来て、とローゼは悔しさで胸が苦しくなる。さらに、今までの道程のことを思い出して目の前が暗くなった。
追い返されてしまえば、もう一度イリオスまで来ることはほぼ不可能になるだろう。しかも来月にはエリオットが公爵位につく。そうなれば彼を連れ戻すことは諦めるしかない。
とにかくここから追い出されないよう交渉する必要がある。何か良い案がないかと考えを巡らせるローゼの前で、フロランは手を広げて見せた。
「さて。君たちの目論見通り、公爵家の人間を引っ張り出せたよ。ほら、この後は何がしたいのかな?」
意外な行動にローゼは思わず瞬く。
フロランはローゼたちの思惑を知って、それでも話を聞こうというのか。
彼は人の良さそうな笑みを浮かべているだけ、それ以上は何を考えているのか分からない。ローゼは疑念を表に出さないよう、注意深く問いかけた。
「……申し上げてもよろしいのですか」
「もちろん。精霊が宿った剣と共に、こんなところまで来たんじゃないか。遠慮なんていらないよ。さあ、言ってごらん」
優しげに言うが、どうも腹は黒そうな気がしてならない。何を言うべきかとローゼはフロランの緑の瞳をみつめながら思案する。
目的は公爵家の人物と会って、多少なりとも公爵家の事情を聞きだすこと。そして元の木を見せてもらうことだ。
同情心に訴えて取りすがるのは、とても危険な予感がした。
悩んだ末、目的のひとつを伝えてみる。
「お願いを聞いていただきたいのです」
「お願い? 何かな?」
「この神殿にある木を見せていただけませんか?」
まずは北方神殿に来た最大の意味でもある、木の様子を見ることから始めようと決める。今までの北方神殿の様子から、元の木を見せてもらうのは難しいだろうとローゼは覚悟していたのだが。
「なんだ、そんなことか。いいよ」
あっさりとうなずかれ、逆にローゼの方が唖然とする。
「……いいんですか?」
「どうして?」
「今まで会った方々は、木を見せたくないみたいでしたから」
ああ、とフロランは苦笑する。
「公爵家がそう仕向けたから、確かにそうかもしれないね。でも、別に構わないよ。古の大精霊の息子である私が言うんだから、このことに関してだけなら、誰も私に文句は言えない」
そう仕向けた、という言葉に引っかかりを覚えつつも、それ以上に驚いたことがあってローゼは目を丸くした。
彼は、古の大精霊の息子だと言った。ということは大精霊から力を分け与えられた人物……つまりはこの地で一番強い精霊術が使える人物ということになる。
ローゼの様子を見たフロランは、自分の言葉が与えた衝撃を理解したのだろう。ローゼが北方に関する知識を持っていることが分かったらしく、満足げに微笑んだ。
「で? 君たちは木を見て、何がしたいんだい?」
これにはレオンが答える。
【簡単なことだ。木があとどのくらいもつかを見たい】
「なるほど。あなたは人語を解する精霊ですか」
【そうだ。だから小さい連中よりもっと正確な期間が分かる】
実際には「人の言葉は良く分かっても、精霊の言葉はあまり分からない精霊」なのだが、その辺りは黙っておいた方が良いとレオンは判断したのだろう。
人語を解する精霊というのは、主になるくらい長く生きている精霊ということだ。発する言葉の重みが変わる。
事実、フロランは興味深げな視線を聖剣へと投げていた。
「そうか……」
しばらく思案するような様子を見せていたフロランは、やがてにっこりとする。
「で? 木を見たらどうする? どのくらい木がもつか分かったら、満足して王都へ帰るのかな?」
【何が言いたい】
「嫌だな。ここまできて隠すことはないだろう?」
緑の瞳を揺らめかせたフロランは足を組む。背もたれに身を預け、体の前で軽く両手を握り、尊大とも思える態度でもう一度問いかけてきた。
「君たちは、木を見て、何がしたいんだい?」
「私たちの最終的な目標は、エリオットを公爵にさせないことです」
フロランの目を見てローゼは言い切る。レオンが咎めるように名を呼ぶのが聞こえたが、これは無視した。
喉の奥で笑ったフロランは、ローゼの目を見て尋ねる。
「どうしてエリオットを公爵にさせたくないんだろうねぇ?」
「……私はあの方をお慕いしております。なのに公爵になんてなってしまわれたら、身分の隔たりがありすぎて、手が届かなくなってしまいますもの」
ローゼが言い切ると、フロランは目を丸くする。
しばらく見つめたままだったが、やがて我慢しきれなくなったらしく噴き出す。そのまま声を上げて笑い始めた。
「……そんなに笑われることだったかな」
【だからお前、棒読みをなんとかしろってあれほど】
「いや! いい! うん、いいよ! 物語ではよくあるねえ、そういうの!」
ひとしきり笑ったフロランは懐からハンカチを取り出し、涙をぬぐう。
「あーおもしろかった。……それじゃあ、笑わせてもらったご褒美に、ちょっとだけ教えてあげよう」
そう言って組んだ足を下ろし、膝の上で手を組む。前かがみになったフロランは続けた。
「私もね、本当は兄を公爵にしたくないんだ」
「どうしてですか?」
「決まってるさ。私が公爵になりたいからだよ」
笑みを含んだ表情の中、瞳がギラリと獲物を狙うかのような輝きを見せる。
公爵になりたいというのは彼の本音のようだ。
「はい、次は君たちの番。兄を公爵にさせたくない理由を聞こうかな。私好みの内容だったら、追い出さずに話を続けてあげるよ」
そう言って身を起こし、ひじ掛けに片ひじをついたフロランはもう片方の手をひらひらとさせる。
顔は微笑んでいるが、目はまったく笑っていない。
中途半端な答えは見透かされるだろう。
そう判断したローゼはこちらも本音を言うことにした。
「……幕引きをするための公爵になんて、させたくないに決まってるじゃありませんか」
「幕引き? まさか公爵家の?」
「はい」
フロランは表情を消した。
「……不敬だね。このまま手打ちにされても文句は言えない話だと思わない?」
「思いません」
「どうして?」
ローゼは挑戦的な微笑を浮かべる。
「フロラン様は公爵家の方です。きっと分かっておいでですよね」
次の瞬間、フロランは無表情のまま手で合図する。
周囲の護衛たちがローゼに対し、音を立てて武器を構えた。
「もう一度聞く。エリオットを公爵にしたくない理由は?」
「罪を捏造された最後の公爵になって欲しくないからです」
武器を向けられながらもローゼはフロランを見据えて言う。
しばらく黙ったままだったフロランがニヤリと笑ってもう一度合図をすると、護衛の騎士たちは一糸乱れぬ動きで武器をしまった。
今の行動は、ローゼの態度を確認するためだったのだろう。
フロランは楽しそうに宣言した。
「それじゃ話を続けようか」
どうやら『予想』は外れていなかったらしい。
ローゼは小さく息を吐くと、フロランに向かってうなずいた。




