10.馬上にて 2
それにしても、とローゼは遠くの空を見ながら思う。
他の地域でおとぎ話となっている精霊がこの地では現実であるばかりか、ずいぶんと身近な存在であることはなんだか不思議な気がした。
「北の人たちの独自の信仰って、精霊だったんだね」
【そうだな】
木となった大精霊、そしてその木に銀の花を咲かせる精霊たち。
北方の人々は自分たちを守ってくれている精霊に感謝し、崇めているのに違いない。
「で? 結局のところ、レオンは精霊なの?」
【そうだとも違うとも言えるな。今の俺は、人の魂と、神の奇跡と、精霊の力が合わさった良く分からないもの、というのが正解だと思うぞ。前に神殿であいつがそんなことを言ってただろ?】
あいつ、とローゼは口の中で繰り返す。
確かに以前、レオンの過去話をしたときグラス村の神官に「レオンは何だと思う」と聞いたことがあった。
――思えば最後、彼はなにか言いかけていた気がする。
【つまり俺は精霊でもあるから、術士たちに声は届くってことだ。ただし精霊だけというわけじゃないから、使役はされない。そもそも俺は小さい連中とは格が違うしな】
さらりと付け加える傲慢な言葉に、ローゼは思わず聖剣の柄を指で弾く。
「なによ、偉そうに」
【信じてないのか? 本当なんだぞ。だからもっと俺のことは敬うべきなのに、お前ときたら……】
文句を言いながらもレオンの口調はどことなく軽い。ローゼの態度が先ほどとは違っていつも通りになっていることに安心した様子だ。そのことを感じたローゼは気恥ずかしさを覚えるが、知らぬふりで話を続ける。
「……そもそも、最初っから精霊でもあるって分かってたんでしょ? もったいぶらずに教えてくれれば良かったじゃない」
【別に分かってたわけじゃないぞ。なんとなくそうかなと思ってはいたが、確証が持てなかった。だから俺自身が納得するまでは、お前に言うつもりがなかったんだ】
「なんでよ」
【そりゃ……間違ってたら格好悪いじゃないか】
小さな声で答えが戻って来て、ローゼは思わず吹き出す。
最近のレオンは、ローゼに対して頼られたがったり、親のような目線で接してきたりすることが多い。そんな先輩風を吹かせたいレオンだ。間違ったことを言ってローゼに馬鹿にされる、という事態は避けたかったのだろう。
正直に言えばローゼは、精霊に関する一連の流れを隠していたレオンに腹をたてていた。しかし言い訳が可愛く思えたので、今回は許すことにしようと決め、話題を変える。
「じゃあ、北方神殿に入る前、誰だかに何かを頼んだって言ってたのはなんだったの?」
【あれか。そうだな、最初に通りかかったとき、術士が俺たちのことを見てただろ? あの時、こいつ俺のことが分かってるって思ったんだよな】
ローゼが一度村へ行く前のことだ。確かに暇そうな門番の奥で、ジュストはローゼのことを見ていた。ではあれはローゼではなく、レオンを見ていたということか。
【村へ行って無駄足だった後に思い出してな。あいつなら話を聞かせてくれるんじゃないかと思ったんだ。だから町へ戻ってその辺にいた精霊に頼んで呼び出させた。――正解だったな】
レオンの声はどこか自慢げだ。
「正解って?」
【おかげで色々と情報が手に入っただろ?】
「まあ、そうだけど……」
ローゼは懐疑的な目で聖剣を見る。
「精霊たちと話せるなら、別に頑張って北方神殿に行かなくても、聞けば良かっただけじゃない?」
【何が言いたい? 北方神殿に行かないと、お前が見られないだろうが。それに俺だって、実際見ないと分からないこともある】
「……本当にそれだけ?」
声色で疑惑が晴れていないことに気づいたのだろう。しばらく黙ったレオンは、ぼそぼそと答える。
【……俺は精霊に接したことがなかったから、精霊の言葉がまだ良く分からない】
ローゼは首をかしげる。
「四阿で話してたじゃない」
【北方に来てこれだけ時間が経ってるんだぞ。さすがに少しは理解できる……それにあの術士は俺が精霊の言葉を苦手としてることに気が付いて、途中からは簡単な言葉でゆっくり話してくれたし……】
「そっか、いい人ね。……でも精霊の言葉をどうやって学んだの?」
ローゼが問いかけると、レオンはしばらく黙り、本当に嫌そうな声で小さく答えた。
【……お前と話してないときとか、お前が寝てるとき、小さい連中に、教えてもらった……】
レオンの言葉で、ローゼはやっと理解する。
――少し前からレオンは独り言が多くなった気がしていたが、そういうことか。
同時にレオンが精霊から言葉を教えてもらっている様子を想像して、もう一度吹き出した。
ローゼの笑い声を聞いて、レオンが自棄まじりに叫ぶ。
【ああああもう! くそ! 格好悪い! ばれたくなかった!】
「格好悪いなんてことないよ。むしろ努力してて格好いいって」
本当に思ったのでローゼは言うのだが、レオンは納得できないようだ。
【嘘つけ。本当はがっかりしただろうが。あーあー。どうせ俺は、自分よりも下位の連中の言葉すら分からない駄目なやつだよ!】
ふてくされたらしいレオンは、そのまま愚痴を言い続ける。
面倒くさいと思いつつ、レオンの気をそらすためにローゼは違う話を振ってみることにした。
「ねえ、アーヴィンが王都の屋敷前で歌ってたよね? あれも精霊の言葉でしょ? つまり精霊術を使おうとしてたってことでいいの?」
ローゼに聞かれたのが、自分の知る内容だったからだろう。
レオンは愚痴をやめて、問いかけに答えてくれた。
【そうだ。小さいやつらは人間の言葉がまだ理解できないからな。人間の方から精霊の言語で呼びかけて力を借りるんだ。まぁ、主になれるくらい長く生きれば、さすがに人語だって分かるんだけどな……ということらしい】
小さい声で最後に一言付け加える辺り、おそらく精霊の誰かから聞いたことなのだろう。正直に言わなければいいのにと思いつつ、また笑うと面倒なことになるので、感心したような表情と返事だけをしておく。
それを聞いたレオンが得意げな言葉を返すのを聞きながら、確かに銀狼は人の言葉を話していたな、とローゼは灰色味をおびた銀の森の主のことを思い出す。
彼にはローゼも会ってみたい気がした。
まだ生きていればの話だが……。
ローゼは小さくため息をつき、レオンに質問を続ける。
「ジュストさんがレオンのことを分かったっていうことは、アーヴィンも最初からレオンのことに気づいてたの?」
【……多分な。お前がエルゼを降ろした時がそうだ】
レオンは、ローゼが聖剣を携えて初めてグラス村へ戻った時のことを言う。
【あいつは最初、俺の声に反応してたんだ。気を失ってた時だから、お前は知らない話だけどな】
「そうなの?」
【ああ。少しばかり冷静さを欠いてたみたいだし、人間の言葉だったから思わず返事したんだろう。だがすぐに、声を発したのが聖剣の中にいる俺だと分かって、以降は無視し始めた。なんか思うところはあったんだろうが、割と不愉快だったぞ】
憮然として言うレオンがおかしい。同時に、少し残念な気がした。
「ふーん……で、あとは? 術士以外にも、レオンの声が聞こえる人っている?」
【そうだな。もしかしたら大神殿の巫子なら分かる奴がいるかもしれない。……どうした、俺の声を聞けるのが自分だけじゃないと分かって、がっかりしたか?】
「べつにー」
図星をさされたローゼがそっぽを向いて答えると、レオンは嬉しそうに笑った。
どうやら、保護者としての立場を失っていなかったことに安堵しているらしい。
【俺の声が聞こえる奴もいるし、存在が分かる奴もいる。だけど俺が何かをしてやれるのはお前だけだし、聖剣を扱えるのもお前だけだ。つまり、俺にとってお前は特別なのさ】
優しげな声で恥ずかしげもなく「特別」と言われ、ローゼは照れてどういう反応をして良いのか分からなくなる。仕方なくわざと気のない返事をしてごまかすが、そのことはレオンにもバレている気がした。
最初の町でコーデリアに言われた「素直じゃない」という言葉が頭に浮かんだので、思わず首を振って青空を見上げ、そのまま尋ねる。
「……でも人の魂と神の奇跡は分かるけどさ、精霊の力はなんで入ってるの?」
レオンは答えにしばらく迷っていたようで、沈黙は長かった。
やがて返事が戻るが、それはローゼが期待したようなものではなかった。
【悪いが、確証がないからそれには答えられない】
「えー」
不満げな声を出すローゼに、苦笑するかのようなレオンの声が被る。
【まあ、運と縁があればいずれ答えられる日があるかもしれん。それまで待っておけ】
本人に話す気がないのなら仕方がない。ローゼはしぶしぶうなずいた。




