余話:銀に輝く森 【挿絵あり】
目に鮮やかな緑の中、木漏れ日よりも眩しい銀の精霊たちが嬉しそうに、あるいは楽しそうに飛び回っている。
「……いいいなあ」
ぽつりとローゼが呟くと、隣の銀狼が太い声で笑った。
『良かろう?』
「はい。この森はあたしの理想です。世界中をこんな風にしたい、って思ってるんです」
結婚式を挙げるために銀の森へ向かう道中でローゼは黒く染まった精霊を見つけた。
アーヴィンに頼んで浄化の聖句を使ってもらったところ、1度ではあまり効果がなかったが、2度3度と浄化するうちに精霊は元に戻ることができた。
「さすがに、神官の力は聖剣よりも効果が薄いね」
言ってアーヴィンはいつものように微笑んだが、その頬は珍しくわずかに上気していた。彼もこの方法に新たな未来を見出してくれたのだ。
ならばなんとしても『精霊の力を持つ神官』を増やしたい。ローゼはそう、意気込んだものの。
「……前途は多難よねえ」
【そうだな。シャルトス領はずっとウォルス教を排除してきたんだ。精霊のため神官になってくれと言われても、はいそうですかと簡単にうなずいたりはしないだろうな】
右手の聖剣から聞こえる声も、ため息まじりだった。
余所者に対する厳しさは和らいできたとはいえ、今回の道中でもローゼとアーヴィンは被り物が手放せていない。人々の意識が大きく変わっていない中、「ウォルス教の神官になってほしい」と言い出すのはさすがに無理があった。
「フィデルもだったよね。今までも精霊は増えてたし、それなりに地の恵みもあったわけだから、みんな『無理に神官になる必要なんてない』って態度だったもんなあ……」
【どうする? 諦めるか?】
「まさか」
揶揄する調子の声はローゼが諦めたりしないとを知っている。そしてローゼは、それが分かってる。
「このままじゃ何も変わらないのは確実でしょ。あたしはやるわ。少しずつでいいから、皆の中に種を蒔いていく。そうしたら、いつか――」
胸を押さえたローゼは、傍らの狼を見て、精霊を見る。
「あなたたちが花を見られるもの。――後の人たちと一緒に、あたしの夢見た世界で生きてね」
肯定の返事はふたつ。
横の銀狼。そして、ローゼの奥から。
悠久の時を生きる彼らが見る未来の世界は、きっと美しい。
そうなってほしい。そうしたい。だから動くとローゼは決めていた。
【さて、ローゼ。そろそろ準備しないとあいつが待ちくたびれるぞ】
「あ、そうね」
セラータの背から持ってきた荷物はすぐそこの岩陰に置いてある。
下生えを踏み、ローゼは向かおうしたのだが。
【……おい、狼。着いてくるな】
『何故だ?』
後ろに従って歩いていた銀狼は、心底不思議そうだ。
大きな狼が首を傾げるさまは、なんだか可愛らしい。
【何故って……これから俺の娘が着替えるから見るなってことだ。お前はその辺で待ってろ】
グラス村の神殿、王都の大神殿ときて、最後の結婚式場はこの銀の森だった。
ただし式と言っても特別なことはしない。精霊たちの前でふたりが将来の誓いを立てるというだけ。それでも神の前で行った式同様に重要なものだと、ローゼもアーヴィンも考えていた。
メラニーの待つ近くの町から結婚衣装のまま移動するのはさすがに人目を引くということで、着替えは森の中でしようと話してあった。今ごろは彼も別の場所で着替えていることだろう。アーヴィンの居場所は銀狼が分かる。銀狼が、着替えたローゼをアーヴィンの所まで運んでくれる。
『どういうことだ? 儂が見ると何か問題でもあるのか?』
【大ありだ。いいか? 着替えるというのはだな】
「銀狼が近くにいても大丈夫よ、レオン。聖剣も隣に置いておくくらいなんだから……ほら、中着は着てるし、あとは上着だけを」
『媾う時には脱いだ姿を見るのだぞ?』
口を開いたまま、ローゼの言葉の先は途切れた。レオンも何も言わなくなったので辺りは静かだ。小さな精霊たちは何かを言っていたのかもしれないが、残念ながらローゼには聞くことができなかった。
【……それはどういう意味だ】
しばらくの後、ようやく耳に届いたのは、何かを抑えたような低いレオンの声だった。
『言葉通りだ』
対する声は、すっきりと朗らかだ。
『大樹でいくつも番いの儀式を見て、儂にも分かったのだよ』
【……何がだ】
『あそこで皆が媾わぬ理由がだ。――古の大精霊がおられたあの場所は人間の出入りが激しい。安心してできる場所ではないから、誰もせぬのだな』
【どうしてそうなった! 全然違うぞ!】
『だが、案ずることは無い』
銀狼はいつものようにレオンの悲鳴を無視した。
『この森でそなたらを害する者などおらぬが、念のために儂が横で見守っていてやろう。故に、番いの儀式が終わった後は――』
「レオン」
呼びかけてローゼは銀狼の前に聖剣を置く。
「あたし着替えてくる。あとはよろしく」
【努力しよう。――よし、狼。ちょっと俺の話を聞け】
『む? どうした?』
レオンの奮闘に期待して荷の方へ向かいながらローゼはふと、彼らとの認識の違いで頭を悩ませるのは実は贅沢なのかもしれない、と思う。
外の世界へ出るのと同様、精霊に会うのはローゼの夢だった。こんなやり取りができるなど、本を読んでいただけの自分に言っても絶対に信じないはずだ。
(そう考えたら、とっても幸せなことよね)
だからといって、見せたりはしないが。




