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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
最終章

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250/260

1.通してみるもの 【挿絵あり】

 大きな音を立てて執務室の扉を閉めたモーリスは、その勢いのまま廊下を歩きだす。「じゃあね、アレン大神官!」という嫌みな声が脳裏に何度も巡るせいで怒りがおさまらない。


「どこまで思い通りにならないんだ、あの田舎娘は!」


 思わずついた悪態は想像以上に大きかった。

 反響する自身の声に驚きながら、誰もいなかっただろうかと辺りを見回すモーリスの目に外の様子が飛び込んでくる。それがあまりにも意外な光景だったので、モーリスはつい怒りを忘れて見つめてしまった。


 窓の向こうにあるのは白い石でできた四阿を備える中庭だ。この辺りは高い位の者が使用を許されている区域なので人影を見ることは少ないが、今日はふたりの人物がいた。話が終わったところなのだろう、立ち上がって別れの挨拶を交わしているように見える。


 ひとりは白い衣を纏った女性。巫子長のイメルダ・リヴェリだ。

 巫子が専用の区域から出てくるのは珍しい。しかも今回イメルダが相対している人物との組み合わせは、モーリスにとってあまりに意外なものだった。


(あれは、チェスター・カーライルか?)


 イメルダに向かって丁寧に頭を下げる青年は、カーライル侯爵家嫡男のチェスターだ。


 彼は大神殿によく姿を見せる。それは大叔母にあたる大神官、セルマ・ブロウズのところへ訪ねてくるためだ。セルマがカーライル家の情報源になっていることは、莫大な寄付と引き換えに大神殿の公然の秘密となっている。


 つまりチェスターが大神殿に来るときはセルマと会うときも同然なのだが、まさか他の者、しかも滅多に人と交流しない巫子と会っているなど思いもしなかった。何しろ40年以上大神殿にいるモーリスですら、巫子と言葉を交わしたことなど片手で足りる程度しかないのだ。


(一体何の話をしていたんだ?)


 やがてイメルダは四阿から去って行く。残ったチェスターは彼女の背にもう一度頭を下げた後、ふと廊下の方を向き――。


 しまった、とモーリスが思った時にはもう遅かった。目が合ったチェスターは唇の端を上げ、四阿の段差を一足飛びに降りる。大きく息を吐いたモーリスが覚悟を決めると同時に廊下の扉が開いたので、そちらへ向かって恭しく頭を下げた。


「これはこれは、カーライル子爵閣下。ご機嫌麗しゅう」


 チェスターは子爵の位を持っている。大神官も子爵位相当の扱いがなされるために立場は同等だが、何しろチェスターはただの子爵ではない。未来の侯爵位が約束されている人物だ。自身が先に頭を下げることに、モーリスは何の躊躇もなかった。


「珍しいところでお会いしたな」


 かけられた静かな声に「さようで」と答えながらモーリスが頭を上げると、チェスターはほんのりと笑みを浮かべている。相も変わらず、何を考えているかを窺わせない笑みだ。


 実を言えばモーリスは、この青年のことが苦手だった。


 銀色という、ほかで見ることの無い珍しい色の髪に加え、瞳はほとんど感情を映さない薄い緑色。それらが、驚くほどに整った顔と合わさるせいで、人ではないものかのような印象を受けるのだ。


 今回もまた同様の感想を抱きながら、モーリスは愛想笑いを浮かべて口を開いた。


「不躾なことをしてしまい、申し訳ございません。景色が美しくてつい立ち止まったところ、ちょうどお二方があの四阿におられるところが目に入りましてな。いやあ、このところは天気も良いですから、花を愛でたくなる気持ちはよく分かりますとも」

「花……そうだな、私たちは花の話をしていた」

「ああ、やはりでしたか」


 うなずいたモーリスが言うと、チェスターの目が細められる。


「花は花だが、私たちが話していたのは赤い花のことだよ、アレン大神官。――北から訪れた、赤い花」


 北。そして、赤い花。

 その言葉を聞いた途端、モーリスはつい今しがたまで抱いていた怒りを思い出した。


 2年前のこの時期、大神殿は賓客を迎えていた。北の国フィデルの大神殿からやってきた使者だ。

 大神殿をあげて持て成した後、オッド・スカーゲンと名乗った使者は密かにモーリスへ耳打ちをした。


「アレン大神官様。名に負うあなた様に、折り入ってお願いがございます」


 その場でそっと差し出された黄金の輝きに引かれたわけではないが、そこまでするほどの『お願い』には興味があった。来訪客のない時刻を指定すると、執務室を訪れたオッドはモーリスにとってもこの上ない話をしてくれた。


「11振目の聖剣の主をフィデルへ呼びたいのです。しかし彼女は世に出たばかりの聖剣の主、アストランでもまだ国内に置いておきたい時期でございますよね。――そこでぜひ、アレン大神官様にお口添え願えないものかと思いまして」


 加えてオッドは「フィデル大神殿では彼女を自国に引き入れたいと思っている。そのための力も貸してもらえないだろうか」と語る。目障りな娘を何とかしたい思っていたモーリスにはうってつけの話だった。


 オッドからは謝礼の約束もあった。彼の提案を引き受けたモーリスは、大神殿長に進言して赤い髪の娘をフィデルへ向かわせた。

 続いて各方面に手を回し、時には強引な、時には金品を使っての懐柔もして味方を増やした後、ある程度の時が経過した頃合いを見計らって「こんなにも戻ってこないのなら、あの娘はフィデルで良くしてもらっているのだろう。もういっそ、フィデルへ引き渡してはどうか」との意見を述べた。


 ハイドルフ大神官側が反対意見を述べることは承知していた。これに対しモーリスは「戻ってこない聖剣の主をそこまで重要視するのなら、この件はすべてお前たちの責任下で行うように」との意見を了承させた。


 もちろんこれはフィデル側の意思を知っているために行えたことだ。すべてが完了だと思い、晴れやかな気持ちになったというのに。


 彼女は戻ってきてしまった。

 しかも多大な功績を残したおかげで、フィデル側は彼女を快く送り出してくれたそうだ。


「他国を排斥する傾向のあったフィデルですが、今後はアストランに便宜をはかってくれると約束してくれました。これもすべては私をフィデルへ向かわせてくださったアレン大神官様のおかげ。アレン大神官様の功績なのでございます」


 モーリスの執務室を訪れた娘は、人と話すことに慣れた堂々とした姿で語った後、まるで生粋の貴族だったかのような優雅さで礼をする。あまりの変わりように目を疑っていると、次の瞬間に娘は勢いよく頭を上げ、以前と同じ調子でニヤリと笑った。


「と、思ったけど、あたしは完全にハイドルフ大神官の管轄に移ったんだっけ。だったらあなたの『おかげ』なんてひとつも無いってことよね。うん、今の話は忘れて! じゃあね、アレン大神官!」


 そう言って手を振ると、モーリスが何かを言う前に彼女はさっさと執務室から出て行ったのだった。


(ここでも、あの小娘の話をされるのか!)


 チェスターの前だというのに、思わずこぶしを握ってしまう。

 そんなモーリスに気付いたのだろうか、チェスターは笑みとも嘆声ともしれぬものを、ふ、と小さく吐いた。


「花とは、人の例えではない」


 言われてモーリスは思い出す。執務室へ来た娘の聖剣には赤い花が添えられていた。フィデルへ発つ前にはなかったものだ。

 それはなんだと尋ねたモーリスに彼女は「フィデルでいただいた、栄誉の象徴です」といった内容のことを答えたのだったか。


「……取り立てて珍しいものには見えませんでしたがね」


 渋い声でモーリスが返すと、チェスターは珍しく感慨深い調子で「あなた方には、そうだろうね」と言って外に顔を向け、遠くを見つめる目つきをする。


「私の前には、カーライル家を継ぐという道が敷かれている。だが実はもうひとつ、大神殿に入るという道もあった」

「神官でも目指すおつもりだったのですか。それとも神殿騎士に?」

「いや。なるはずだったものは、神官でも神殿騎士でもない」

「でしたら、何に――」


 問おうとしてモーリスは口をつぐむ。彼が先ほどまで会っていた人物は。


(イメルダ・リヴェリ……)


 巫子には特徴がある。それは、外見に他の人とは違う珍しい色があるということ。

 イメルダの瞳は世にも珍しい金をしている。もちろん、他の巫子にも外見に特徴があり――。


 モーリスは息をのんだ。

 銀という珍しい色の髪を、モーリスは目の前に立つこの青年以外で見たことがなかった。


 もちろん、珍しい色の髪や瞳を持つものが全員、巫子の素質も持っているというわけではない。

 だが今回は、話の内容から考えると。


(……まさか)


 思っても、おいそれと口に出すことはできない。それは目の前にいるこの青年に「あなたは常人に見えないものを見るのか」と尋ねるも同然のためだ。


 沈黙があたりを覆う。

 音のなくなった廊下で、先に声を発したのはチェスターの方だった。


「冗談だ」


 本音の分からない調子で言って、チェスターは顔をモーリスへと戻す。


「彼女が聖剣だけでなく、あのようなものまで携えている事実は興味深い。果たして何をするつもりでいるのか。――今後の行動次第では、カーライル家も彼女への支援を惜しまないだろう」

「は?」

「では、失礼する」


 ぽかんとするモーリスを気にすることなく、頭を下げたチェスターは後ろに控えさせていた護衛と共に歩み去って行く。

 後には、口を開いたまま動けないモーリスが残された。



   *   *   *



「お兄様!」


 呼ばれてジェラルドが振り返ると、白い鎧を着た従妹が駆け寄ってくるところだった。


「おっ、フェリシアちゃん。久しぶりだな!」

「半月ぶりですわね。無事でよかったですわ」

「ありがとよ」


 親指を立ててジェラルドは応える。


 王都付近の山に、大型の魔物が出たと連絡があったのは半月前のこと。討伐に向かったのはジェラルドの所属する部隊だった。

 念のためにしばらく滞在した後、王都へ戻ってきたのは数時間前、今は一連の雑事を済ませて自宅へ戻ろうとしているところだった。


「そうだ、フェリシアちゃん。さっきバートの奴に聞いたんだが、ローゼちゃんが帰ってきたんだって?」

「ええ、3日前に。とても元気そうでしたわよ」

「そりゃあ良かった!」


 笑顔で話すフェリシアを見て、ジェラルドの頬も緩む。


「あの遠いフィデルに、2年近くもいたんだもんなあ……」


 初めて会った3年前、彼女はとても不安そうな様子を見せていた。


 聞けば彼女は単なる村の娘で、今まで碌に剣を握ったことすらなく、村の外へ出るのも初めてだという。

 朗らかに話しながらもジェラルドは内心で「この娘に聖剣の主が務まるのだろうか」と心配したものだったが。



挿絵(By みてみん)



「変わったよなあ……」

「何か仰いまして?」

「いや、なんでもない。それでローゼちゃんはどこだ? まだ大神官のとこか?」

「もういませんわ。今朝、発ちましたもの」

「なぬ!?」


 驚いて目を見開くジェラルドに向け、フェリシアは小さく肩をすくめる。


「2年以上も故郷を離れていたんですのよ? 用事さえ終わりましたら、少しでも早く帰りたいと思うのは当たり前ですわ」

「……まあ、確かになあ……」


 半月程度王都を離れていたジェラルドでも早く王都に帰りたいと思っていたくらいだ。彼女が早く帰りたいと思うのは当然だろう。


「ローゼも残念そうでしたわ。もしもお兄様が今日お帰りだと知っていましたら、もう1日くらい大神殿に残ったかもしれませんのに」

「俺のことは気にしなくていいさ。会いたい奴の所へ早く行けた方が、ローゼちゃんも幸せだろうしな」

「さすが、結婚なさった方は仰ることも違いますわね。でしたらわたくしも早く用件を済ませて、お兄様をお家に帰して差し上げなくては。――はい、どうぞ。ローゼから預かりましたのよ。結婚式の招待状ですわ」

「おっ!?」


 受け取ったジェラルドが勢い込んで開けてみると、美しく箔押しされた招待状が姿を見せる。そこに書いてある名は、もちろん。


「ついにお前もか。……良かったなあ」


 記憶の中にある友の姿に向け、万感の思いを籠めてジェラルドは呟いた。


 彼と初めて会ったのは大神殿の神官見習い寮だった。同室になった挨拶をしたときの、暗い瞳と張り付いた笑顔を思い出す。

 ある程度仲良くなれたのは彼の事情を知ってからだったが、彼の瞳にはずっと影があるままだったし、ジェラルドも彼には別の遠慮が生まれてしまった。


(……なにせ俺は、名前を呼べなくなったからな……)


 彼には大神殿で名乗っているもののほかに本名があった。

 それを知って以降、ジェラルドはどちらの名で彼を呼ぶべきか分からなくなり、「おい」や「お前」としか言えなくなってしまったのだ。


 その裏にあったのは「こいつはあの家から逃れられず、帰ることになるだろう」という思いであり、もしかするとそれも彼の帰還を後押しするひとつになってしまったのではないかとは、彼がいなくなってから考え付いたことだった。


 しかし、と思いながらジェラルドは、招待状で『ローゼ・ファラー』と共に並んでいる名を指でなぞる。


 彼は名を選んだ。

 どちらの名で呼ぶか、ジェラルドはもう迷わなくても良いのだ。


「良かったなあ、アーヴィン……本当に、良かった……」

「お兄様ったら。招待状が濡れますわよ」

「すまねえな、フェリシアちゃん……」


 差し出されたハンカチを受け取り、ジェラルドは顔を拭う。


「ローゼちゃんたちの結婚式が終わったら、次はフェリシアちゃんの番だな。エクトル様からは早く南方へ来てくれってせっつかれてるんだろ?」

「そんなことはなさいませんわ。エクトル様は紳士な方ですもの、わたくしの気が済むまで神殿騎士を務めて良いと仰ってくださってましてよ」

「へいへい。それは失礼しました」


 すました顔で言うフェリシアだが、婚約者のエクトルからは定期的に贈り物や手紙が届いている。彼女が根負けする日も遠くはないだろう。


「さってと。じゃあ俺も家に帰るとするか。フェリシアちゃん、ハンカチありがとな」

「お返しにならなくて結構ですわよ。お兄様の(はな)が拭かれたものなんて、洗ったとしても使用を躊躇いますもの」

「よく見てんなあ」


 笑って手を上げ、ジェラルドは大神殿を後にする。


 妻が神殿関係者ではないため、ジェラルドは大神殿を出て王都の中にある家で暮らしていた。大神殿からの距離はさほどではないものの、遠方から帰ってすぐに妻の顔が見られないのは寂しい。


(だからローゼちゃんと……アーヴィンも、早いとこ会えるといいな)


 今回のふたりはずいぶん長い間離れていたようだ。会えた時の喜びはひとしおだろう。

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