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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第6章

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余話:肖像画 【挿絵あり】

 その日。

 いつものようにフロランが執務室でペンを走らせていると、部屋を離れていたゴーチエ・トルイユが戻ってきた。


「公爵閣下、リュシー様の肖像画が仕上がりました」


 書類から顔を上げると、ゴーチエの動きはいつもと比べてぎくしゃくとしている。

 何かあったのかと怪訝には思うが、報告がない以上は特に問題がないと判断し、フロランは彼の持つ荷にちらりと視線を移してから尋ねた。


「出来栄えはどうだった?」


 途端にゴーチエは目元を和ませる。あまり表情を変えないこの男がこんな顔をするというだけで、答えはもらったようなものだった。


「そうだな。ずいぶんと素晴らしいようだから、まずは見せてもらおうか」


 はい、と返事をしたゴーチエは、用意してあった画架の上に絵を設え始めた。その微かな音を聞きながら再び視線を落とし、フロランはまたペンを動かし始める。


 側近であるゴーチエは厳つい大男だ。しかしその威圧感のある見た目に反し、性格は優しく慎重で、細かなところまでよく気が利く。

 彼に任せさえすれば後は何も心配はないのだと、乳兄弟であるフロランは熟知していたし、実際にゴーチエもこれまで、フロランの期待を裏切ることのない働きぶりを見せていた。


 書類を1枚仕上げ、次の紙に手を伸ばす。そこで、


「閣下。できました」


 という声が聞こえ、フロランは顔を上げる。


「へえ……」


 口からは皮肉のまじらない、素直な感嘆だけが漏れた。


「なるほど、お前が満足そうにしてた理由が分かったよ」


 椅子から立ち上がったフロランは、執務室の中央に置かれた肖像画まで歩み寄る。遠くで見て素晴らしいと思った絵は、近くで見ると一層素晴らしい。



挿絵(By みてみん)



 柔らかな色合いの金の髪、優しい光を宿す灰青の瞳。薄紅の唇も、穏やかな笑みも、まるでリュシー本人を映し取ったかのようだ。

 画材も良いものを使用したのだろう。美しい青のドレスはもちろん、装飾や宝飾の金もとても発色が良かった。


 リュシーの美しさも、公爵家の財力も、十分に示されている。これ以上を望むべくもない肖像画だった。リュシーの相手も、きっと気に入るに違いない。


「――うん、いいな」


 矯めつ眇めつ眺めた後、フロランはうなずく。


「さすがはゴーチエだ。画家の選定もお前に任せて良かった」

「恐れ入ります」

「で、一番重要な件はどうなった。姉上の婚約者候補は?」

「探しておりません」


 ゴーチエの声があまりにも普段通りだったので、フロランは初め、さらりと聞き流した。続く声がないことから怪訝に思ってやりとりを反芻し、そこでようやく頭に言葉が届いた。


「……まさかお前は今、『探してない』と言ったんじゃないだろうな?」

「申し上げました」

「どういうことだ?」


 横を見ると、ゴーチエはフロランに向けて頭を下げている。先ほどの緊張はこのためか、と思いながらフロランは腕を組んだ。


「私はお前に、姉上の結婚相手を見つけろと命じたな? そのための肖像画も用意しろとも」

「はい。承りました」

「そうだ。お前はそう答えた。なのに肖像画ができて、相手は見つかっていないだと?」


 リュシーはもう、29歳になった。

 こんなにも長く姉が独り身のままでいたのは、元をただせば祖父ラディエイルのせいだ。


 古の大精霊が消滅し、エリオットを公爵にした後のラディエイルは、フロラン、リュシーを連れて王都の屋敷で暮らそうと考えていた。

 その際に他家との結びつきを強めるべく、リュシーをアストラン内でも力のある貴族に嫁がせようと考えていたのだ。


 しかし諸々の計画はうまくいかず、結局リュシーはどこへも嫁ぐことができないまま歳を重ねてしまった。彼女自身はもう結婚のことなど考えていないようだが、フロランはできれば姉に良い相手と添い遂げて欲しいと思っている。

 年明けに息子が誕生して以降、特に強くそう思うようになったフロランは、ゴーチエにリュシーの結婚相手を見つけるよう命じた。――そのはずだった。


「さて、理由を聞こうか。私を納得させられるだけの理由をな。――お前が私の期待を裏切ったのは何故だ? この2か月、一体何をしていた?」


 ゴーチエの頭頂部に向かって言うと、床へ顔を向ける彼は訥々と答えを返す。


「探そうとはしておりました。ですが探そうとすると、何も考えることができなくなってしまうのです。仕方なく先に肖像画を依頼いたしました。画家が肖像画を描き始めてしまえば、さすがに自分の中でも踏ん切りがつくと思ったのです」

「……ん?」

「しかし画家が絵を描き始めても同じでした。私はフロラン様のご命令を遂行できないまま、この日を迎えてしまったのです。――誠に申し訳ございません」


 フロランは眉間に深く皺を刻む。

 ゴーチエの言葉にところどころ引っかかるところはあった。しかしそれを追求する気持ちよりも、命令を無視された腹立ちの方が上回った。


「お前にしては随分と長い言い訳だったが、残念ながら私を納得させられるものではなかった。よって改めて命ずる。ゴーチエ、早々に姉の結婚相手を見つけろ」

「申し訳ございません、閣下。致しかねます」

「この私の命令だ」

「承ることができません――申し訳ございません」


 ゴーチエの頑なな態度を目の当たりにし、フロランの怒りが更に募る。組んだ腕を指で神経質に叩きながら、フロランは強い口調で告げた。


「できるできないは聞いていない。私は、やれ、と言っている」

「申し訳ございません。私には……」

「何度も言わせるな。やれ」

「……致しかねます」

「やるんだ」

「他のことでしたら何なりと。ですが、そのご命令には従うことが――」

「――いい加減にしろ、ゴーチエ・トルイユ!」


 声を荒げたフロランは側近の元へ近寄り、亜麻色の髪を鷲掴みにして無理やり頭を上げさせる。


「お前は――!」


 間近でさらに怒鳴りつけようと考えていたというのに、ゴーチエの顔を見た途端に続く言葉が出なくなった。


 しんとした部屋の中で、フロランはしばらくのあいだゴーチエを睨みつける。やがて舌打ちをし、掴んでいた髪を振り払うようにして離すと、わずかによろめくゴーチエを横目で見ながら低い声で呟いた。


「お前が未だ独りでいる理由はそれか。まったく、そんな顔は初めて見たな……」


 続けて何かを言おうと思ったが、うまく考えが纏まらない。苛立つ心を現わすかのように自身の金の髪をかき乱し、フロランは盛大にため息を吐いた。


「……姉はお前より4つ年上だ」

「何の関係がございましょうか」

「姉の答えは」

「畏れ多いことを仰る」

「ならばまずはお前の気持ちを伝えて、姉の答えを聞いてこい」

「ですが」

「今回も逆らうのか?」


 眉を寄せる公爵をしばらく見つめていた側近は、やがて意を決した様子で答える。


「――いいえ」


 フロランは二度ばかり軽く手を払った。


「行け。今すぐだ。だが姉に断られたら今度こそ私の(めい)を聞くように。分かったな?」

「仰せのままに」

「……ああ。一応言っておくが、涙は拭けよ」


 数度瞬いたゴーチエは、懐から取り出したハンカチで顔をぬぐい、頭を下げて退出する。遠ざかる足音を聞きながら、フロランは何度目かのため息を吐いて絵を見つめた。


「……絵画を飾る建物はこの城にもあることだし……まあ、絵が無駄になったりはしないか……」


 呟きながら、自身の中に期待があることをフロランは理解していた。


 ゴーチエの身分は決して高いものではない。本来ならば公女の伴侶としてはあまりにも不釣り合いだ。しかしフロランはゴーチエの能力と、何より人柄を知っている。きっと彼はリュシーの良い夫となるはずだ。


 もちろん、それだけではない。


 今やリュシーはシャルトス家にとって――フロランにとって欠くことのできない存在となっている。


 祖父のラディエイルには劣っていたにせよ、情報や人に関する取扱いはフロランよりもリュシーの方が上手だった。

 現在もフィデルの、ひいてはローゼの動向を密かに探っていたらしい。そう報告された時はフロランも驚いたし、どのような手を用いたのか興味があって聞きだそうとしたのだが、リュシーは微笑むばかりで答えようとはしなかった。


 結果、フロランにとっては甚だ不本意だが、フィデル関連の話は現在のところリュシーの管理下にある。状況に変化があったときやフロランが乞うたときには報告してもらうことが条件ではあるものの、もしリュシーがシャルトス家を離れたとしても情報網までは手放さないだろう。

 こうしたことも含め、彼女が他家へ嫁ぐことなくこの城に残ってくれるのはフロランにとってありがたいことだった。


 肖像画から離れ、フロランは机の上に置かれた2通の書を手に取る。

 1通は今日、そのリュシーに渡してもらった報告書だ。


(ローゼの動きは変わりなし、だったな。あの娘は結局、昨年もアストランへは戻らなかったのか……まあ、でも……)


 2年前、フロランの結婚式が終わってからフィデルへ行ったままの義妹だが、自身の結婚式にはさすがに戻ってくるつもりでいるようだ。


 それを裏付けるのが、手にしたもう1通。昨日届いたこの手紙は、結婚式の招待状。


 封書の中には招待状の他にも、『ウォルス教の結婚式に関する詳細と、王都の状態』という説明文が入っていた。

 流麗な文字で書かれたその文章を読みながら、フロランは兄の心遣いに感謝をする。おかげで、どんな布地でどんな服を仕立てさせれば良いのかがよく分かった。


「しかし、夏の王都、か。……暑いんだろうな……」


 小さく苦笑したフロランは、これからのことに想いを馳せながら窓の外へ顔を向けた。

 陽射しは日を追うごとに強くなっており、緑の色もどんどん濃くなってきている。


 ――すべての色が鮮やかになる季節は、もうすぐそこだ。

この余話を更新した週は、サイトごとに別視点の余話を更新致しました。


『ノベルアップ+』(視点:コーデリア)https://novelup.plus/story/909100400/254676393

『アルファポリス』(視点:グラス村の新キャラ、エーファ)https://www.alphapolis.co.jp/novel/977778344/240369787/episode/6029018


となっております。

もしよろしければ、他サイトの余話も合わせてご覧いただけますと嬉しいです。

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