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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第6章

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24.ここにいるから

 ()は黙って相手の動向を見守る。

 どうやらこの人間たちは、彼が本当に「友になる」と返すとは思っていなかったようだ。その戸惑いが如実に伝わってきて、なんだか可笑しい。


 ただ、それも無理もない話だろう。何しろ彼自身ですら、自分が人間と友になるとは想像もしなかったのだから。


 しかし実を言えば、彼は確かに人間を嫌悪していたが、あの時までは完全な拒絶をするつもりが無かった。


 あの時。

 彼が仲間の彼女を呼び戻したくて、人間たちに頼み事をした時。


 彼はそれまで、無茶な要求をしてくる人間たちの願いを叶えてきた。

 もちろん願いそのものを叶えたわけではなかったが、希望に添うようにはしたつもりだ。


 しかしおそらく、人間たちは己の願いそのもの――つまり、彼が自身の力を以て、大樹に変化した『彼女』と同じことをしないのであれば、願いが叶ったことにはならないと思っていたのだろう。だから人間たちは、彼の初めての頼みごとを聞いて「好機だ」と考えた。

 これでようやく、自分たちの真の願いを叶えてもらえるはずだ、と。


 だがそれは、彼の気持ちと反するものだった。

 彼は人間たちに「今までの礼として見返りを求めずに動く」と言ってほしかったのだ。


 どこまで行っても、彼や、彼の仲間たちのために動こうとはしない人間たち。

 それが分かって彼は失望し、そして決めた。

 自分たちが利用されるばかりであるのなら。人間たちが一方的にを利を得るばかりであるのなら。人間たちとの関係など、一切断ち切ってしまおうと。


 ――そのつもりだったのだが。


 友達になろう、と誘う人間に初めて会った。

 興味は湧いたが、どうせ自分たちを利用するつもりなのだろうという気持ちも消えなかった。


 どうしようかと己の心を計った彼は、少し時をおいてみようと決めた。


 彼自身は悠久を生きる存在ではある。しかし、時を疎かに扱うべきものだと思ったことはない。

 彼は今まで、数えきれないほどの命を見てきた。数多のものたちが、限られた時の中でどれだけ必死に生きていたのかを知っている。


 そんな『時』というものが、どうして大切でないはずがあろうか。


 それは人間たちにとっても同様のはずだ。ならば時間をかけて少し焦らせれば、その焦りが視野を狭めて本音を引き出しやすくするのではないかと彼は思ったのだ。


 風変わりな人間と話すのが楽しかったのは否定しない。だが、すぐに答えを出さなかったのは、その密かな計画のためでもあった。


 彼の予想は当たった。

 一方で、外れもした。


 彼の問いに対して人間は


「友達にならなかったら」


 と、切り出し、


「――悪いこと。なんて、起きないわ」


 と、答えた。


 ――彼はこのとき、人間が迷ったことに気付いていた。


 迷ったということは、やはり小狡い気持ちがあったのだろう。

 それでも誘惑を退けて「精霊に悪いことは起きない」と言える強さに好感を持った。「友達になれなくても、今までと同じように精霊を浄化する」と言える気持ちに感謝をしたいと思った。


 人間と友誼を結ぶ決意をしたのはこの時だった。


 しかし。


【……本当に、娘には危害を加えないのか】


 もうひとつの声が、低く問いかけてくる。


【あなたもだろうな?】

『無論。何故、友に対して危害を加えねばならん』

【ならば誓ってほしい。俺の娘に対して絶対に危害を加えたりしないと】

「レオン」


 窘めるような声は友のものだ。


「そこまでする必要はないでしょ。せっかく友達になるって言ってくれたのに」

【いいや、駄目だ。誓ってもらわないと俺は信用できない】


 低い声は敵意がむき出しだった。その愛情の深さが微笑ましく思えて彼は言う。


(まこと)に、我らの仲間のようだな』


 返る言葉が一度途絶えた。しばらくの後、おずおずとした声が聞こえる。


「あの……真に仲間のよう、ってどういうこと? それじゃまるで、レオンが本当は精霊じゃないみたいに聞こえるわ」

『その通りであろう?』


 再び、返る声が止まった。



   *   *   *



 ローゼはしばし呆然とした後に横のレオンを窺い見る。目を見開いたまま動きを止めた彼は、未だ心ここにあらずと言った様子だ。


「だ、だって、レオンは今まで、小さい精霊や銀狼からも精霊だって言われて……そうよ、あなたの影響も受けて、妙な性格にもなったのに!」

『無論、我らの仲間でないとは言わぬ。ただ、半端な気配だ。――その者はどのような姿をしている?』

「え? ええと……」


 レオンは死の直前まで黒く染まっていたが、今はもう、その面影はない。

 ひとつに結んだ癖のある茶色の髪と、水色の瞳。着ているものは薄茶色をした厚手のシャツとズボン、その上から防寒に適した濃茶のマントを羽織っている。前腕部から手の甲までは革の籠手も着用して戦闘に臨める態勢も整っているが、剣帯には何もない。彼が持っていた剣は、今はローゼのものとなっているからだ。


「レオンは人の姿をしてるわ。普通の人間と同じよ」

『普通の人間と変わりない姿であるのなら、やはり完全な仲間とは呼べぬ』

「なんで? だって小さい精霊ならともかく、(ぬし)の姿はみんな違ってても……」


 言いかけて思い出し、ローゼは口をつぐむ。


(……そうだ。レオンは人間と同じ姿なんだ。でも、今までに見た精霊たちは……色が……)


 丸い光の形をした小さな精霊は、ローゼの腕飾りとよく似た銀の色をしていた。


 もちろん、主も。


 銀の森の主であり、今は大樹の守りについた銀狼の体は、その名の通り銀色の毛で覆われていた。

 そして、彼の前に大樹に宿っていた古の大精霊の元の姿もローゼは夢の中で見ている。彼女は人間の姿をしていた。長い髪も、肌も、瞳も、すべてが銀色の。


 ローゼはもう一度傍らの人物を見た。

 体のどこにも銀色が無い、その姿。


 レオンも気が付いたのだろう。

 自分を見下ろして、ぽつりと呟いた。


【……だったら、俺は……何なんだ?】

『その問いの答えを私は持たぬ。――そなたに仲間の気配はある。ただ同時に、人の気配も、神の気配もある。この私が初めて見る存在だ』


 再び言葉を失うレオンを見ながら、ローゼはふと、彼の最期を思い出した。瘴気で黒く染まったレオンは、魔物となる少し手前にまでなっていたはずだ。――それを。


「……浄化」


 茫洋とした顔を向けて来るレオンを見つめ、ローゼは言う。


「本当なら聖剣は人に対して使うことはできないでしょ。でもレオンはその制約が働かない状態で自分に聖剣を使った。その時、魔物だった部分は滅ぼされた。……ってわけじゃなくて実は、浄化されたんじゃないかな。今まで浄化してきた、精霊みたいに」


 ローゼの言葉を噛みしめるように聞いていたレオンは、最期の記憶と、今までの行動とを照らし合わせていたようだ。

 やがて色を失った顔を歪め、レオンは唇をわななかせる。


【だったら……だったら。もし、あのとき、小刀を使わなかったら……小刀で肉体を滅ぼさなかったら、俺は、俺の魂は、人間となった肉体に残ることができたのか? 正気に戻って自分の罪に気付いたか? ……そうしたら、例え何年かかろうとも贖って……村へ戻って……そうしたら……】


 呟いたレオンはその場で膝を折る。


【……そうしたら……そうしたら……!】


 両手を地について叫び、レオンは顔を伏せた。直後に、エルゼ、という言葉が聞こえたような気がする。その声のあまりの悲痛さに、ローゼは胸を抉られたような気分になった。


 聖剣が人に対してどのような効果を持つのかは分からない。神々の制約によって、聖剣は人に刃を向けることができなくなっているためだ。もしかすると、神々がわざわざ禁止している以上は、聖剣も人の体を傷つけることができるのかもしれない。

 それでもあの時、レオンが自身を傷つける場所をうまく選んでいれば。


 あるいは。

 聖剣が本当に浄化するだけの効果しか持たなかったのだとしたら。


 エルゼはレオンのことが好きだった。もしもレオンが生きていたと知ったら、エルゼは間違いなく王都へ向かった。そしてレオンが償いを終えた後は共に村へ戻り、ずっと一緒に過ごしただろう。

 それはきっと、レオンにとっても、エルゼにとっても、幸せな人生となったはずだ。


 レオンの横に座り、ローゼは遣る瀬無い気持ちで震える背中へ手を当てる。


 ――もしかしたら、そんな道だって、あったかもしれない。



   *   *   *



 紺碧の空に瞬いていた星が白々とした光に照らされて少しずつ姿を消す頃、レオンはようやく顔をあげた。


【ありがとな】


 ローゼは黙って首を横に振る。

 結局、何と声をかけて良いか分からなかったローゼは、肩を震わせるレオンの背を傍でさすっていただけだった。そんなローゼを見ながら、レオンは顔に薄く笑みを刷く。


【過去のことを悔いても仕方がない。もう戻れるわけじゃないんだ】


 その痛みの残る声を聞いて、ローゼは咄嗟に口を開いた。


「あ、あの……ね。レオン。考えたんだけど、レオンも聖剣の外に出――」

【それはできない】


 今にも崩れてしまいそうな態度から一転、レオンは力強く言い切る。


【この聖剣は歪んでる。俺の最期の望みを叶えるために天の制約から離れたせいで、地のものを取り込まないと存在が維持できなくなってるんだ。……いくら中途半端でも俺は精霊だ。俺がここにいるから辛うじて存在を保っていられるが、もし俺が外に出てしまったら、聖剣は均衡を崩して消滅してしまう】

「それでもいい」

【いいわけないだろう。お前は馬鹿か】


 眉を寄せ、彼はローゼの額を小突く。


【11振目のこの聖剣が地上から消えるのは(あるじ)が死んだ時だ。主が無事だってのに聖剣が消滅してみろ。お前は大勢の人間から何があったのかと責め立てられる。特に、アレン大神官は嬉々として糾弾してくるだろうな】

「でも――」

【もう気にするな。俺は、これでいいんだよ】


 言って、彼は顔を岩に向けた。


【すみません、こっちの勝手でお待たせして。ですがもう一度伺います】

『何か』


 特に怒りを含んだ様子もなく答える山の精霊に向け、レオンは再度声を張る。


【俺の娘の安全は約束してもらえますね?】

『無論だ。私と、私の仲間たちすべてにかけて誓う』

【ありがとうございます】


 答えてレオンはローゼに向き直った。


【よし。これでやっと(おまえ)は、体に戻れるな】


 途端にローゼの心には、レオンと共に聖剣の中で過ごした時がよみがえった。


 肉体には戻さないと言われた。それがレオンの心遣いだと分かった。

 白い空間の中で山の精霊にどう話をするか相談し、初めて外を見て驚き、レオンとふたり肩を並べて山の精霊と話をした、長いようで短かった日々が。


「レオン……」


 名を呼ぶとレオンは目を細め、すっかり慣れた手つきでローゼの頭を撫でる。その動きに、初めのうちのぎこちなさはもうない。


 ローゼが外へ戻ると、レオンは誰とも触れ合うことができなくなる。気が遠くなるような長い時間をたったひとりで過ごすのだ。すべてがあるというのに、すべてが幻の、この空間で。


(……本当に、あたしは戻っていいの?)


 外へ出たい。アーヴィンに会いたい。――だが、レオンの孤独を考えてしまう。

 揺れる心のせいで動けずにいると、レオンが立ち上がり、ローゼに手を差し伸べて言った。


【そうだ、ローゼ。誕生日おめでとう】

「え?」

【山の方との件が一区切りつくまではと思って言うのを待ってたんだ。お前も同じかと思ってたんだが……なんだ、気付いてなかったのか】

「日数は数えてたから今が春だってことだけは分かってたんだけど。目の前のことで手一杯で、誕生日のことなんてすっかり忘れてたわ」

【……それもお前らしいな】


 レオンはくすりと笑った。


【ついでだから言っておくか。お前が19歳になってから、ひと月は経ってる】

「うそ! ええと……うわ、本当だ」

【せっかくだから例の聖詩を歌ってやりたいところなんだが、残念ながら前回はアーヴィンが俺に聞かせてくれなかったからなあ。まったく、心の狭い奴だ。……しかし今度村へ戻ったらそうはいかんぞ。俺は絶対に聖詩を覚えてやる。そのためには――】


 な? と彼は言う。


【体へ戻れ、ローゼ。お前の行くところが俺の行くところなんだ。どうか俺にも、世界を見せてくれ】


 レオンの心遣いに後押しされたローゼは、ひとつ呼吸するだけの間を置いて、ようやく首を縦に振る。


「――うん」


 レオンの手を取り、ローゼは立ちあがる。聖剣の中でローゼが最後に見たものは、翳りのない、レオンの笑顔だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] レオンは聖剣の中に残り、ローゼさんは肉体に戻る……。 ローゼさんが体に戻ることができ、本当によかった。 でもたった1人、特異な存在であるレオンは聖剣の外に出ることができない……。できるんだろ…
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