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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第6章

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17.天の力、地の力

 気が付くと、ローゼは白い空間にいた。


 この場所には覚えがあった。夢の中でアーヴィンの両親や妹に会った時、そしてもっと前に、レオンとエルゼが話す姿を見た時と同じだったからだ。


(あたし、なんでこんなところにいるんだろ? ええと……確か、山の精霊に会って、大精霊を返せって言われて……嫌だって言ったら、空から……)


 途端に遠くなる青い空を見ながら感じた切なさと悲しさ、悔しさが押し寄せてくる。身を震わせてうつむくと、そこには見慣れた手足があった。どうやらローゼの姿は人のままであり、丸い光ではないようだ。


(……嘘……)


 肉体は失われているはずなのに人の姿をしているのだから、導き出される答えはひとつ。


(……あたしの魂は、精霊になれなかったんだ……)


 上も、下も、横も、遥か遠くまでも。

 すべてが白い空間は、自分がどこに立っているのかさえも判然としない。

 だというのにぐらりと地が揺れたように思えて、ローゼはその場に崩れ落ちる。


(……必ず帰るっていう約束、守れなかった。……アーヴィン、ごめん……ごめんなさい……)


 涙が出ないのは衝撃が強すぎるためか、あるいは、そういうモノになってしまったからか。

 座り込んだままのローゼが白い空間をただ見つめていると、聞き覚えのある声が横から密やかに名を呼ぶ。


【ローゼ】


 のろのろと顔を向けると、いつの間にか左側に大柄な男性が立っていた。


 彼のややつり気味の目はきつい印象を相手に与えるが、内面は優しいのだとローゼはよく分かっている。姿を見たことはわずかに2回しかなくとも、彼はずっとローゼと一緒にいてくれたのだから。


 だが、ここしばらくの彼がローゼに対してどのような態度を取っていたのかも、もちろん覚えている。


 ここにいる彼は、果たしてどちらの彼なのか。


 ぼんやりと見つめながら思うローゼの心はレオンにも伝わったのだろう、彼の眉尻は徐々に下がる。

 そこから読み取れるものは、悪いことをした相手に対する罪悪感と、許してもらえるのだろうかと怯える気持ちだった。


【その……すまなかった】


 弱い声で言い、レオンは片膝をついてローゼと目線を合わせてくる。


【シャルトスの城にいた時のことも、フィデルへの道中のことも。ランドビックへ着いてからも、山裾の森でも。……お前ひとりに、全部背負わせてしまった】


 彼の態度や表情に加え、口調と話す内容とでローゼは今のレオンがどちらなのかを理解した。

 精霊になれなかった衝撃で(こご)った心が、ほんの少し緩む。


「……今までのこと、覚えてるの?」

【ああ、全部覚えてる。謝って済むことじゃないが……本当にごめん、ローゼ】


 ローゼは首を横に振る。


「……レオンのせいじゃないわ」


 レオンはローゼの味方だ。抵抗できるものなら間違いなくしてくれた。そんな彼ですらどうにもできなかったのだから、山の精霊の意思は本当に強かったのだ。


「あれはね、とにかくあたしが駄目だったせいなの。だから……」


 言葉を重ねようとした時、様々なことが思い出されて鼻の奥がツンとしてくる。「なんだ、泣けるんじゃないの」と心の中で呟き、ローゼは歪みそうになる顔をなんとか笑みの形に作ろうと努めた。


「あ、あたしが、死んで、ここにいるのも、む、無理もなくって……」


 ローゼが死ぬと、聖剣は神の(もと)へ戻る。

 巫子たちはそれを託宣として夢に見て、大神殿長に告げる。


 あれから何日経ったのか。大神殿はもう、ローゼの訃報を各地の神殿へ知らせただろうか。――最西の村にある神殿の神官は、鳥文を読んでどのような表情を見せたのだろうか。


 仕方ない、と苦笑したかもしれない。ひっそりと涙を流したかもしれない。あるいは「必ず戻ると約束をしたくせに」と怒りを覚えたかもしれなかった。


「あのね、レオン。あたし、すぐに行かなきゃ駄目なのかな」

【行く? どこへだ?】

「神々の下にある、死後の世界……」


 途端に眉を顰めたレオンの表情は幾通りかに解釈できそうだったが、ローゼは不機嫌だと受け取った。両手を振り、慌てて付け加える。


「あ、やっぱりすぐ行かなきゃ駄目なのね。でも、ちょっとだけ。ほんのちょっとでいいから時間をもらえないかな」

【ローゼ】

「分かってる。世の中の迷惑になるって言いたいんでしょ? 確かに魂だけが彷徨ってたら、誰かの体に入っちゃうかもしれないもんね」

【ローゼ、あのな】

「でも、お願い。アーヴィンの夢の中に入る、少しの間だけでいいの。あたしの魂があたしじゃなくなる前に、せめてお別れくらい言いたいの。……や、約束、守れなくてごめんねって、伝えたいの……」


 しゃくりあげそうになるのを堪えながら言い終えると、対するレオンはしばらく難しい顔をしていた。

 怒られるのだろうかと不安になる頃、小さく息を吐いたレオンはもう一度「あのな」と言ってから、言葉を続ける。


【お前は死んでない】



   *   *   *



 ()は己の失敗を悟って愕然としていた。


 人間たちが何か企んでいるであろうことは、とうに見抜いていた。そのため、好きに現れては勝手なことばかり言う人間たちをさっさと領域の外へ排除し、必要な人間――大事な『仲間』を身の内に宿らせた人間――だけを残した。


 この人間は他の連中と共謀して、仲間を体の外へ出さないようにするつもりだったのだろう。そう予想していたし、実際に人間は仲間の引き渡しを拒んだ。もちろん、昔から人間に肩入れする仲間が彼の下へ戻ることを拒むのも予想通りだった。


 だが、何の問題もない。

 宿主の体が無くなってしまえば、仲間は彼の下へ戻らざるを得ない。

 殺生を好むわけではないが、謀や抵抗をするのだから仕方がない、と彼はそう思っていた。


 ひとり残した人間の命はその場で奪っても良かった。だが、わざわざ上空から落としてみせたのは、彼の考えを広く知らしめるためだ。

 良いように精霊を使ってきた人間たちには、黙って従うばかりだと思ったら大きな間違いだということに加え、今後の関わりの消滅を。


 さらに、人間の体の中にいる仲間に対し、人間と関わったが故の絶望を味わわせるという意味合いもあった。


 途中まで、すべては予想通りに進んでいた。


 あとは地に落ちた人間が命の終わりを迎え、仲間が彼の下へと戻ってくるのを待つばかり。

 今後は二度と人間の入ることの無い閉ざされた領域の中で、永きに渡る平穏な日々を仲間たちと共に過ごすのだ。


 ――そのはずだったのに。


 落ちてきた人間の体は元の形のまま、建物の中に横たわって淡く輝いている。

 雛をくるむ親鳥の翼にも見えるこの光は神の力だ。強力な神の力がこの人間を守っている。


 確かにこの地上で『彼』に敵う者など存在しない。

 しかし彼の力が及ぶのは地のものだけ。天のものである神の力に彼は干渉できない。


 そもそも彼は、ひとり対峙していた人間をずっと守っている小さな精霊の力に気付いていた。気づいていたが完全に抑えきることができなかったのは、そこに神の力が含まれていたせいだ。

 ほんのわずかな神の力にすら関与できなかったというのに、ここまで強力な神の力に包まれている人間へ手を出すことなど絶対にできない。


 しかも、と彼は苦い思いで黄金の光を見る。


 彼は「森へ戻りたくない」と懇願する仲間に、『その人間の生が終わる時まで、人と共に居るが良い』と言ってしまった。

 おかげで目的の相手は、未だ人間の中にいる。彼がどうすることもできない、この人間の体の中に。


 つまり彼は今、あれほどまでに取り戻したかった仲間を目の前にしながら、なすすべもなく見ていることしかできないのだ。



   *   *   *



「……死んでない……?」


 言われたことが飲み込めず、ローゼはさかんに瞬きをする。


【死んでない】


 もう一度繰り返したレオンは、小さい子どもに言い聞かせるようにゆっくりと話し出した。


【聖剣は主に対しての加護がある。お前の持つ銀の腕飾りにもだ。――このふたつの守りの力を合わせたおかげで守ることができた。だからお前は、死んでない】

「……死んでない……の? 本当に?」


 レオンは大きくうなずく。

 ローゼの目には熱いものが滲んできた。


 置かれていた状況は絶望的だった。

 あれほどまでの高さから落ちて助かることなど万に一つもないことが分かっていたから、ローゼは自分が死ぬことを微塵も疑っていなかったのだ。


「レオンが助けてくれたのね?」


 問いかけた途端、レオンはすいと顔を横に向ける。


【ちゃんと聞け。助かったのは、聖剣と腕飾りに籠められた守りの力のおかげだ】


 体を持った状態の彼に関してローゼが知ることは少ない。表情や態度からは考えていることが読み取りにくいが、レオンが助けてくれたことだけは間違いない。


「ありがとう、レオン」


 ローゼが言うと、レオンはそっぽを向いたままぽつりと呟いた。


【……そもそも、礼を言うのは早い】

「なんで?」


 聞き返してからローゼははたと気が付く。

 生きているのなら、なぜ自分はこのような場所にいるのだろうか。


「ねえ、ここはどこ? あたしはどうなってるの?」

【……ここは、聖剣の中にある世界。神の領域のひとつみたいなもんだ。お前の体は地にあって、魂だけがここにいる】

「うん……?」


 曖昧にうなずいて、ローゼは次の言葉を待つ。


【お前の魂は、俺が聖剣の中に引きこんで守ってる。お前の体は、聖剣の神の力を受けて腕飾りが守ってる】


 レオンは嘆息する。


【アーヴィンが神官で良かった。もしもあいつが単なる術士だったら、腕飾りは役に立たなかった】

「……役に立つなんて、そんな言い方」

【事実だ】


 非難がましいローゼの言葉を気にすることもなく、あっさりとレオンは言い切る。


【腕飾りに籠められてるのは精霊の力だが、あれを作ったアーヴィン自身は日ごろから神の力を受けてる。そのせいで、神の力の残滓が腕飾りを作る時にも含まれたんだ。おかげで腕飾りは聖剣の放つ神の力にも共鳴できた。今は、魂を守る聖剣の力を受けて体を守ってくれている。――魂と体がひとつであるように、聖剣と腕飾りがひとつになったんだ】


 話すレオンはとても感慨深そうだ。どうやら本当に素晴らしいことなのだろう。

 そう思って一応は「すごいね、ありがたいな」と言ってはみたものの、ローゼには神の世界の神秘などさっぱり分からない。感激よりも疑問が湧き上がってくるのは抑えようもなかった。


「で? この場合、あたしの魂が体に戻ったらどうなるの?」


 頃合いを見計らって尋ねてみると、レオンはローゼに向き直る。その顔はつい今しがたと違い、わざとではないかと思うほどに何の表情もない。


【魂が神の領域から去って地上へ戻ると、体を守る神の力も消えて元通りだ。山の(かた)はまた、お前に向けて力を振るうことができる】

「……つまりあたしはもう一度、地面への旅をすることになるのね」

【どうかな。確実性を考えて、今度はすぐ叩き潰すかもしれん】

「嫌なこと言わないでよ」

【俺だってこんな嫌なことを考えたくなんかない】


 レオンはきっぱりと言いきる。


【だから俺は決めたんだ。――お前の魂は、体に戻さない】

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― 新着の感想 ―
[一言] 神の力と精霊の力、両方によってローゼさんの体は守られた……! あの絶望的な状況から、まずは一歩抜け出せたわけですが……。 レオンの意志は固く、ローゼさんは聖剣の中で守られ続けるという膠着状態…
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