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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第6章

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12.それぞれの事情

 部屋を退出したローゼは、足元だけを見ながらトボトボと歩く。建物を通り抜け、庭へ出ても、目は灰色の石畳ばかりを映していた。周囲に咲く色とりどりの花を見る気になどとてもなれない。


 結局、ローゼの望みは叶わなかった。ローゼが得たものはレオンを元に戻す方法だけ、しかもかなり困難を伴う方法だ。


(あたしが自分で、山の精霊に交渉するなんて……)


 山の精霊が人に対してどのような態度を取っているのかは、レオンの状態を見れば大体の予想がつく。今のレオンがローゼの希望を叶えてくれる姿など想像ができないように、山の精霊がローゼの希望を叶えてくれる姿などまったく想像ができない。


 それでもローゼは一縷の望みに賭けて「山へ行く」と返事をするしかなかった。


 暗い気持ちのまま、ローゼは漫然と足を動かす。目的地があるわけではないが、立ち止まることすら億劫だった。やがて視界の端に地の神殿の門が姿を見せる辺りで、後ろから男性の声が聞こえた。


「ローゼ様!」


 ああ、とローゼは小さく息を吐く。自分の事ばかりに気を取られて、彼らのことを忘れていた。足を止めて振り返り、岩を載せられたかのように重い頭を上げると、ダリュースとその一行が小走りに来ているところだった。


 カーリナは山を背にして座っていた。あの部屋にいると否応なしに山が目に入ってしまうため、必要な話が終わった途端にローゼは早々と退出してしまったが、ダリュースたちが想定していた時間はもっと長かったに違いない。だから彼らは待機部屋から出るのが遅れてしまったのだ。


(……あたしはいつも、自分の事ばっかり……)


 速い息の人々が目の前に立ったところで「すみません」と謝ると、ダリュースは「こちらこそ」と応じる。


「我々が先に外へ出てローゼ様をお待ちしている必要がありましたのに、申し訳ありません」

「いいえ。あたしが勝手な行動をしてしまったから。ご挨拶する必要があったのに……」


 言ってローゼは頭を下げる。


「今まで、ありがとうございました」

「……すみません、ローゼ様。私は何に関してのお礼をいただいたのでしょうか?」


 問いかける調子の声を怪訝に思って顔を上げると、ダリュースもまた怪訝そうにローゼを見ている。


 ダリュースがカーリナと結んだ仮初の主従契約は、ローゼをフィデルへ連れて来てカーリナと会わせた段階で終わる。

 ならばカーリナとローゼが会った今、彼は役目から解放されて自由になれるはずだ。


 そう言うと、ダリュースは手で顔を覆って天を仰いだ。


「なんということ! 1か月近く一緒に旅をして参りましたのに、ランドビックへ到着した途端に私は用済みということですか!」

「え? いえ、そういう話ではなくて」

「下手な嘘など仰いますな! ああ、しょせん私は使い捨て。不要になったらポイっと捨てられてしまう運命なのですね!」

「違いますってば。――あ、すみません、何でもないんです、何でもないんです」

「ああー、ああああー、私の存在はローゼ様にとって、ここまで軽いものだったのですかー!」


 ダリュースの叫び声を聞いて、周囲の人々がちらちらと顔を向けて来る。

 彼らの目を気にしておたおたとするうち、ふとローゼは気が付いた。


(……あれ?)


 ダリュースの配下たちはニヤニヤとしながらローゼを見ている。違和感を覚えたローゼが当のダリュースへ視線を移すと、大仰に嘆く彼は指の隙間からローゼのことを窺っていた。

 目が合うと同時にダリュースは口に弧を描いたので、今までの焦りも忘れてローゼは思わず吹き出してしまった。


「これは残念、気付かれてしまいました」


 朗らかな声で言って、ダリュースは手を下ろす。


「カーリナ様との契約に関しては、確かにローゼ様の仰る通りかもしれません。ですがここで終わりというのはあまりに半端ですからね。せめて辺境伯の屋敷に案内するまではご一緒させてください。――ただ、その前に」


 ダリュースが示したのは地の神殿の壁向こうだ。


「せっかくランドビックまでいらしたのです。散策なさるのも一興ですよ。私はしばらくこの都市に滞在していましたから、行きたい場所がありましたらご案内もできます」

「……行きたい場所?」

「ええ。素晴らしい染色の工房も知っていますし、女性に人気の小物屋にも心当たりがあります。劇場の場所も分かりますし、人々が美味しいと口をそろえて言う店や、馬が好む果実を取り揃えた店も、ちゃーんと記憶しておりますよ。ささ、どんなところでもお申しつけください」


 言って胸を張るダリュースを見て、ローゼは察する。彼は元気づけようとしてくれているのだ。先程のローゼの様子を見て、きっと思うところがあったに違いない。


 ただ、心配りはありがたいが、威容を誇るあの山は、外にいるのならふとした瞬間に目に入ってしまう。今のローゼは山を見たくない。さっさと辺境伯の屋敷に行き、建物の中に入りっぱなしになって山を見ずに過ごしたかった。


 そう言おうとした時、ローゼは、ダリュースの背後ですがるような視線を向けて来る神官オッドに気が付いた。

 確か彼は「ランドビックでフィデル国の聖剣の主に会ってほしい」と言っていた。


 カーリナと話して疲れているので難しい話をしたくないが、ローゼは聖剣の主の素性を知っている。彼はランドビック在住ではないし、おいそれと時間が取れる人物でもない。それもあってオッドは早く会わせたいと考えているのだろう。


 回らない頭でローゼはどうするべきかを悩む。いつもなら聖剣の柄を叩いてレオンの意見をもらうところだが、残念ながら今の彼は何も言ってくれない。

 しばらく逡巡した後、ローゼはため息を吐いてダリュースに尋ねた。


「……神殿は、どこにありますか?」



   *   *   *



 地の神殿があったのは都市の西側だ。周囲は大きな住居が並んでいた。


 対して神殿は東側にあった。公的な建物が並ぶ中で、一際白く大きく、良く目立つ。

 その一番奥、精緻な浮彫が施された扉の向こうで、彼はローゼを待っていた。


「ようこそ、若き聖剣の主よ」


 40歳前後と思しき男性が顔に笑顔を載せる。


「私がこのフィデル国聖剣の主のひとり、ヴァルグ・ブレガだ」


 ブレガ、と彼の姓を心の中で繰り返す。

 ローゼに会いに来たのは、やはり()()()の人物だった


「お初にお目にかかります。ローゼ・ファラーです」


 鷹揚にうなずくヴァルグの腰には剣があった。ローゼが佩くものと比べて一回り大きいそれは、アストランで見たマティアスやスティーブのものとよく似ていた。であれば彼の剣は間違いなく――。


「ふむ。聖剣だな」


 顎に手を当てたヴァルグもまた、ローゼの腰の辺りを見ていた。


「ローゼ・ファラーよ。そなたは聖剣を判別する方法を知っているか?」

「判別? ……ええと、意匠でしょうか」

「違う。見るべき場所はここだ」


 ヴァルグが示したのは柄頭にある石だ。


「この石は何色に見える?」

「透明です。でも、中には金色の光が瞬いています」

「ならばそなたは間違いなく聖剣の主だ。――只人(ただびと)ならばこの石は透明に見えるだけで終わる。中に光が見えるのは聖剣の主だけであり、また、この石のはまった剣こそが聖剣だ。妙なるこの石は、神々にしか作り得ない貴重なもの」


 だから、と彼は続ける。


「透明なだけの石をありがたがって身につける奴らが(まつりごと)の中心にいるのは、神に選ばれし者から見ると口惜しく、滑稽だ。そう思わんかね?」

「透明なだけの石?」


 何を言っているのだろう、と思いながら首を傾げ、次の瞬間にローゼは思い当る。


 カーリナの指輪にはまっていた石は、透明な中に銀の輝きがちらちらとしていた。あれはもしかすると、精霊の力の瞬きだったのかもしれない。ならば精霊の力を持たない人には透明なだけの石に見える可能性がある。


「もしかして、山の一部だという石ですか?」


 試しに問いかけてみると、ヴァルグは黙って口の端を上げる。


「他国に対しては精霊の後ろ盾など意味をなさない。むしろ『精霊は存在しない』と思われているのだから隠すべきものですらある。通用するのは国王の力、そして神殿の力だ。故にそなたと話ができたというのに、大きな顔をするあの連中はそれが分かっておらん」

「……今回、フィデル大神殿がスカーゲン神官をアストラン大神殿に遣わしたのは、カーリナ様からの要請ですよね。神殿側と精霊側は協力関係にあるのでしょう?」

「必要なこととあらば両者は協力する。だが、諸手を挙げてというわけではない」

「ではあなたは、私に山へ行って欲しくないのですか?」


 ヴァルグは首を横に振る。


「行って欲しいとも。でなくば神殿が力を貸すことはなかった。ただ、山の……いや、精霊の力を笠に着て大きな顔をする奴らは、借りを借りとも思っておらぬようだがな」


 彼の答えは想像の範疇だ。分かっていたが、しかしローゼはそうであって欲しくなかった。


 初めてフィデルの話を聞いた時、ローゼは何と素晴らしい国なのだろうと思った。

 人と、神々と、精霊とが調和した理想の国だと。


 だが、フィデルの実態を知るたびに、ローゼは理想が崩れ去る音を聞く。


 ――結局、ここもシャルトス領と同じ。神殿側と精霊側は仲良くなどできないのか。


 暗くなるローゼには気づかないのか、頓着しないのか。聖剣の柄をコツコツと叩き、ヴァルグは質問を投げかけてくる。


「ところで、ローゼ・ファラー。カーリナはなぜ、そなたを呼び寄せたと?」

「ご存知ではないのですか?」

「一応は知っている。ただ、念のために確認したい」


 言っても良いことなのだろうかとは思ったが、迷うことすら面倒だった。


「術士の中で『新たな聖剣の主と聖剣を、山の精霊に会わせみてはどうか』という話が持ち上がったそうです。意向を伺ってみたところ山の精霊も興味を持ったので、カーリナ様たちは計画を実行に移したそうですが」

「……そなたが聞いた理由は、それだけか?」

「はい」


 ヴァルグはしばらく探るような目つきでローゼを眺めていた。嘘をついていないのに猜疑の目で見られるのは良い気分がしない。居心地の悪さを感じたローゼがいい加減に眉を寄せたくなる頃にようやく真実だと理解できたのだろう、どこか釈然としない面持ちで「ふむ」と呟いた後、ヴァルグは気分を変えるかのように晴れやかな声を出した。


「そなたを信じるとしよう。――さて、本題だ。私は良い誘いをしたい。ローゼ・ファラーよ、カーリナの用が終わった暁には、王都ホフへ来ないか」


 ランドビックの次はホフへの誘いだ。

 今回のカーリナの用件と同様に、ヴァルグの誘いもどうせ(ろく)なものではないのだろうとローゼは思う。


 ただ、そんな覚悟をしていたローゼですら、彼の次の言葉は意外なものだった。


「そなたには、我が国3人目の聖剣の主となってもらいたい」

「……は?」


 頓狂な声は上がったものの、続く言葉は出てこない。微笑むヴァルグに見つめられながら静かな部屋の中でぐるぐると思いを巡らせた後、ようやくローゼは唇を動かした。


「で、ですが」


 口中が渇いているのは、呆然としていた間ずっと開いていたせいだ。自分が間抜けな顔を晒していたことに気付き、少しばかり顔を赤らめながらローゼは続ける。


「私はアストランの聖剣の主です」

「11振目の聖剣の主が捉われるのは血ではなく魂だ。今回はたまたまアストランに生まれた者の魂が神に選ばれた、それだけのこと。国を移っても問題はない」


 何と返すべきか悩んでローゼは口ごもった。対してヴァルグは饒舌に述べる。


「我が国には精霊がいるため魔物の出現が少ない。聖剣の主はアストランのように国中を巡ってあくせくする必要はないのだ。――もちろんただで移れとは言わぬ。十分な財産も補償しよう。そなたは地位も名誉を手にした上、戦うことなく王都でのんびりと暮らすことができる。どうだ? 良い話だろう?」

「聖剣の主が……戦うことなく?」


 あまりにも似合わないふたつの言葉を並べられて、ローゼはぽかんとする。

 ローゼの知っている聖剣の主は「魔物から人を守り、安寧をもたらすのが我々の務め」と誇らしげに言うふたりの男性だ。彼らの日々は魔物との戦いのためにあった。


「……教えてください。でしたらこの国の聖剣の主は、なんのためにいるのですか?」

「なんのため?」


 尋ねられたフィデル国聖剣の主は、青紫の瞳を細めた。


「聖剣の主はそこにいるだけで存在する理由となる。何故なら、神によって選ばれた聖剣の主は、神の威光を顕すための者だからだ」


 言って腕を組む彼からは自尊心が垣間見える。


「国中を巡って魔物を倒すなど、神の威光を捨て、民に良いように使われる愚かな行為。聖剣の主として選ばれた者が行うことではない。そうは思わんかね?」

「思いません。聖剣は、魔物に困る人々へ神が与えてくださった強力な武器です。強すぎる力のために持てる血筋は限られますが、驕るためものではないはずです。少なくとも私はそう思います」


 両手を握り締めるローゼは、自分の頬が再び赤くなっているだろうと思う。だが今度は羞恥からではない。怒りからだ。


「違う考えの聖剣の主がこうして同時に存在している以上、神の考えは多岐にわたっておられるのかもしれませんね。だから神に選ばれる理由も、聖剣を手にした後の行動も、それぞれの国がそれぞれの事情で考えて良いんだと思います。――ですが、覚えておいてください」


 どうやらカーリナとヴァルグは仲が良くないというのに、両者にとってローゼは意味のある存在のようだ。ヴァルグがローゼを必要とする理由を探り、うまく立ち回れば、有益な情報を手に入れることができるかもしれない。

 ただ、分かっていても口は止まってくれない。


「他国の聖剣の主や、その一族の行動に対して愚かだなんて言う国を、私は選んだりしません! 絶対に!」


 部屋にローゼの叫びが反響する。しばらくの時間を置いて静かになった頃、ヴァルグは深くため息を吐いた。


「やれやれ。せっかくランドビックまで赴いたのに無駄であったか。だがな、ローゼ・ファラーよ。そのように浅慮な行動をとっていては他人に良いように使われるぞ。――特に、カーリナ。あれは人を意のままに動かすのが上手い」

「お姉様のことをずいぶん分かっておられるのですね、国王陛下」

「……そうか。そなたはシャルトス家の者と親しいのであったな」


 ローゼの皮肉に動じることなく、フィデルの国主はカーリナを思わせる顔つきで小さく笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] それぞれの国は魔物の出現頻度もちがうから、聖剣の出番のあるなしは全然違うのでしょう。 けれど、その差異と、それにともなう責任や矜持に思いを巡らせないことは侮辱にもなるわけで。 ローゼさんの怒…
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