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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第5章(後)

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27.訪う

 外部から力を加えると光る『輝石』は大きいほど光の強さと持続時間が長くなり、値が張る。庶民に手が出せる金額ではないので、ローゼが今まで大きな輝石を見たのは大神殿と王宮の限られた場所くらいだ。


 しかしこの大きな輝石を、公爵家ではあちこちで見ることができる。

 中でも今日は、いつもに増して数が多い。おそらく結婚式が関係しているのだろう。


 城に滞在している客人に対して公爵家の力を見せつけたいのかもしれないし、暗がりを少なくして様々な危険から排除しようという心配りなのかもしれない。


 あるいは、誰かが誰かの部屋へ行く際に、足元を見やすくしている可能性もあった。


「思ったより遅くなっちゃったけど、会ってくれるかな……」

【さてな。もしかすると追い返されるかもしれん。まあ、その時はおとなしく引いてやれよ】

「当り前でしょ。あたしだってそこまで無遠慮じゃないわ」


 今は、大人が眠るにはまだ少し早いと思えるくらいの時間。だが、ローゼがこれから訪問しようとしている相手は、今日結婚式を挙げたばかりの人物だ。

 式の後には宴で人々をもてなしていたふたりが、夜になると自分たちのための時間を過ごすということくらい、ローゼも十分に承知している。


「でも、この時間になっちゃったんだから、しょうがないじゃない……」


 ドレスの裾を持ち、廊下を早足で進みながら、ローゼはぽつりと呟いた。



   *   *   *



 ジャック・ダリュースに会った後も、アーヴィンは頑強に「書庫へ行こう」と主張した。彼はどうやら、ダリュースと会ったという事実をなかったことにして、普段通りに過ごしたかったようだ。


 しかし、あれだけのことをなかったことになどできない。


 まずはどうしても大神殿からの文書を見てみたいローゼはなんとかアーヴィンを説得して部屋へ戻り、更なる説得を重ねた上にレオンの口添えまでもらってようやく、ダリュースが持っていた文書をアーヴィンから渡してもらえた。


 滑らかな紙を広げてみると、真っ先に目に飛び込んできたのは上部に箔押しされた黄金の翼だ。これは大神殿の正式な書であることを示している。

 その下では墨の香りがしそうなほどに黒々としたインクが、聖剣の主ローゼ・ファラーに向けて「アストラン大神殿の使者としてフィデル国へ向かうように」と指示していた。


「うーん……ほんとに大神殿からだわ。しかも要請者が……」


 書面へ二度目を通した後にローゼは、下にある要請者『大神官モーリス・アレン』の署名を睨みつけて指で弾く。パシッという小気味良い音が辺りに響いた。


 だが、一番最後にある堂々とした筆致の署名は、大神殿長『ラッセル・デュラン』のものだ。

 彼の署名がある以上、これはアレン大神官が勝手に出してきたものではない。大神殿の要職にある者たちが審議をした上で決められ、大神殿長が許可をしたもの。つまりアストラン大神殿からの正式な要請だった。


 聖剣の主は手にした聖剣で魔物を倒すのが役目だが、好き勝手にそれだけをしていれば良いというわけではない。


 聖剣は、神官や神殿騎士を何人も集めて対処するような魔物でも易々と切り裂くことができる。その力が求められている場所があるのなら向かって魔物と対峙することは言うに及ばず、他にも神殿内での高い地位を生かして他国からの賓客をもてなしたりすることもあった。


 これらの指示を下すのはもちろん大神殿だ。

 緊急の場合は旅の途にある聖剣の主へ鳥文で指令を出すこともあるが、段取りを踏めるようなこと――異変が起きた時の南方のように、長期にわたって一地方へ向かったり、あるいは他国も絡む話の場合は、こういった正式な書類が作成されるのだった。


「嫌だなあ。……アレン大神官からの要請ってだけで嫌なのに、今回は更に気が乗らないわ」

【だったら、この要請を無視すればいい】

「昔のレオンみたいに?」


 400年ほど前に人だった頃のレオンは、聖剣の主としての権利をすべて放棄する代わりに、大神殿からの要請を一切受けなかった。

 ローゼが軽い口調で応じると、机に置く聖剣は苦笑する調子になる。


【まあ、あれは正直褒められたものじゃなかったな。だが、今回俺は同じことをしろとお前に言う。……ローゼ、この要請は無視しろ。フィデルには行くな】

「……難しいこと言うのね」

【何があるか分からないんだぞ。俺はお前を危険に晒したくない】

「でも――」


 ローゼが言いかけた時、先を遮るように横から明るい声が聞こえた。


「私もレオンと同じ意見だ」


 ローゼが書面から顔を上げると、長椅子で隣に座るアーヴィンはいつもの穏やかな笑みを浮かべている。


「ダリュースとアレン大神官とが関わっている今回の件は、どう考えても受けるべき話ではない。この文書は処分してしまおう」


 言いながらアーヴィンが手を伸ばしてくるので、ローゼは慌てて反対側へ身を捻り、文書を遠ざける。顔だけをアーヴィンの方へ戻すと、彼は不思議そうに首を傾げていた。


「どうした、ローゼ。それは必要の無いものだ。ほら、渡しなさい」

「や、やだ、アーヴィン。やめて」


 せめぎ合いの末にローゼが長椅子へ置いた文書の上へ覆いかぶさると、手をつくアーヴィンはローゼを組み敷くような形を取って言う。


「おかしなことをする。まさかフィデルへ行くわけでは、ないだろうに」


 逆光のせいで、アーヴィンの微笑みは影が濃い。


「……もしもあたしがフィデルへ行くって言ったら?」

「考える必要もない。ローゼは行かないのだからね」

「どうして言い切れるの? あたしは行くかもしれない」

「行かない。ローゼはフィデルに行かない。行かないんだ」


 繰り返して言い、アーヴィンはローゼに顔を寄せる。流れ落ちる褐色の髪でも光が遮られ、彼の笑みはますます影が濃くなった。


「明後日にはこの城から出発して、ローゼは大神殿へ行く。私は大神殿に寄ってからグラス村へ戻る。だろう?」

「最初の予定は、そうだったけど……」

「今もだ。何も変わらない」

「でもね、アーヴィン。あたしはアストランの大神殿に所属している、聖剣の主なの」

「――駄目だ」


 唸るような低い声で言い、アーヴィンは笑みを深くする。


「駄目だ、ローゼ。駄目だ」

「アーヴィン」

「フィデルへ行ってはいけない」


 更に笑みを深くしたアーヴィンの表情は歪んで、今にも泣きだしそうだ。


「よく聞くんだ、ローゼ。ダリュースは、自分を信頼してくれていた人物を殺した。あの男を信頼してフィデルへ行くと、ローゼも殺されてしまうよ。――だから今回の要請は無視をするんだ。私と一緒に王都へ向かおう、ローゼ」



   *   *   *



 目的の部屋の扉前には予想通り護衛の騎士が立っているが、人数はさほど多くない。

 ひとつめの懸念が解消されたことが分かり、安堵しながら訪問の許可を求めて待つことしばし。姿を見せた侍女がローゼを室内へ招いてくれた。


【お、なるほど。やっぱり『まだ』だったわけか】


 余計なことが聞こえる聖剣の柄を軽く殴り、ローゼは護衛として来てくれた女騎士と共に部屋へ足を踏み入れる。中は、ほっとするような優しい甘さの香りで満ちていた。

 促されて椅子に腰かけた時、隣室の扉が開き、侍女と共に現れた部屋の主が声をかけてくる。


「義姉上、来て下さって嬉しいわ!」


 輝くばかりの笑みを見せるシグリはガウン姿。長い金の髪に手を加えることもなく流していることから鑑みると、湯を使った後なのだろう。つまり彼女は眠る準備を済ませている。きっとガウンの下は寝間着のはずだ。

 しかしただ眠るわけではないことは、彼女がうっすらと化粧をしていることから察せられる。


 何しろ彼女は、結婚式を挙げて初めての夜を迎えているのだから。


 立ち上がり、ローゼはシグリに向けて頭を下げる。


「こんな時間に来て、ごめんなさい」

「大丈夫ですわ。でも、もう少し遅かったら、色々と不都合があったかもしれませんわね」


 口元を押さえて笑うシグリに、ローゼは曖昧な笑みを向けた。


 実を言えば、アーヴィンはシグリの部屋にすら「行く必要は無い」と言い張った。


「フィデルの件はこれ以上考える必要がない。ローゼは行かないのだからね」


 そう言って微笑むアーヴィンは頑なで、ローゼの話に聞く耳を持ってくれない。

 どんなに諭しても無駄だったので、ローゼは仕方なくレオンに懇願し、彼が渋々ながらも「ローゼにも考えがあるようだから、せめてシグリの部屋に行くくらいはいいじゃないか」と説得してくれたおかげで、ようやくアーヴィンは「短時間だけなら」という条件つきで引き下がってくれたが、その分だけ訪問する時間が遅くなってしまったのだった。


(とにかく、あんまり時間を取らないようにしないと……下手すると「女性の部屋」とか「今は夜」とか関係なく、アーヴィンは迎えに来ちゃうかも)


 そう考えるローゼが口を開こうとしたとき、シグリが口元を押さえた手を下ろしながら尋ねてくる。


「義姉上のご様子から考えると、ダリュースに会ったのでしょう? ……当たりですね」


 ローゼを見ながら、シグリはくすくすと笑う。

 どうやら表情に出てしまっていたらしい、と思いながらローゼは返した。


「あの人の事、知ってたの」

「もちろんです。ダリュースは私と一緒にここまで来たのですもの」

「だったら教えて。ダリュースは……ううん。シグリのお母さまは、あたしに何の用があるの?」

「あらあら、義姉上。それはいけません」


 年上の義妹はローゼに向け、ゆっくり首を左右に振る。


「私はシグリ。カーリナではないのです。知りたいことがカーリナの用事に関わることなのでしたら、それは本人に直接尋ねて下さいませ」


 ゆったりとしたシグリ動きには余裕が感じられる。

 どうやらダリュースと同様に、シグリもカーリナの用は知っているらしい。そしてローゼがカーリナの用を尋ねるために部屋を訪れたことも分かっているようだ。


(でも、内容は教えてくれるつもりがない……)


「……つまり、カーリナ様の用が知りたければ、あたしは絶対フィデルに行かなきゃならないのね……」


 シグリは微笑んだまま何も言わないが、ローゼの言葉を肯定していることだけは十分に伝わってくる。


 シグリがカーリナの呼び出しについて話をしてくれるのなら、ダリュースとアレン大神官の要請について対処ができるかもしれない、と期待して部屋を訪れたローゼだったが、どうやら当ては外れたらしい。


「……危険を、覚悟の上で……」


 アーヴィンの「フィデルへ行けば殺される」という言葉を思い出しながら、ため息まじりに呟くと、正面からは驚いたような「まあ!」という声が上がる。


「誰か義姉上を害する者がいるのですか? そのような不埒者はこの私が――いいえ、ジェーバー辺境伯家が絶対に許しませんわ!」


 力強いシグリの言葉を聞いて顔を上げると、言葉通りの強い意思を秘めた瞳がローゼを見ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何だろう……何が何でもフィデルへ行かなければいけないような状況を作り上げていくのは……フィデル側の彼らが策士であることを表してる気がしてならないんですが! 本当にローゼの安全は保証されるん…
[一言] アーヴィンさんの怯え、恐怖感が……。つらい。 公爵の代理だったダリュースが関わっているという時点で、彼にはイコール殺されるかもしれない、になってしまうんですね。 アレン大神官はろくなことして…
[良い点] アーヴィンが壊れかけのレディオみたいに… いったいフィデルに何があるんだ、気になる。
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