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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第5章(前)

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17.互いに互いの

 執務室を退出したローゼはアーヴィンと共に彼の部屋へ戻ると、長椅子に座ってレオンを呼び、話を聞かせた。


「……という感じだったの」

【そうか、良かった】


 隠し事をしている時は、ローゼとアーヴィンにはどこかギクシャクとした雰囲気やよそよそしさがあったように思う。


『戻って来た時に互いに隠し事をしてたら怒る』


 と言い残したレオンの声が今、朗らかなのは、ふたりの間に流れていた隙間風がなくなったことを感じ取り、嘘ではないと分かったからに違いない。


 膝の聖剣へ微笑んだ後、ローゼは傍らのアーヴィンを見上げる。


「正直言ってあたし、アーヴィンに話す勇気なんてなかったの。ずっと誤魔化したままでなんとかしようと思ってた」

「私も、マントの件はローゼに明かすつもりがなかったよ」

「どうして?」

「……これ以上情けないところを見せたくはなかったからね」

「あたしは、そんなこと気にしないのに」

「では私も、ローゼの未来の長さを気にしたりなどしない」


 目を見開いたローゼの肩をアーヴィンは抱き寄せる。


「私たちは、互いに気にしすぎていたのかもしれないな……」

「……そうね」


 彼を見上げてローゼが呟くと、(まなじり)を柔らかくしたアーヴィンは左手でローゼの顎をくいと上げる。思わずローゼは瞼を閉じたのだが、特に何もないまま彼の手が離れた。不審に思いながら目を開くと、映ったのは反対の方を向いてため息を吐く彼の姿だった。


「アーヴィン? どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 ひとつ頭を振り「それにしても」と言いながらアーヴィンはローゼの膝にある聖剣へ視線を落とす。


「今回はレオンのおかげでまとまりました。ありがとうございます」


 彼の声を聞いた途端、自分がアーヴィンの口付けを待っていたのだと気づいたローゼの顔に血がのぼる。


(やだ! あたしったら真面目な話をしている時になに考えてたの? アーヴィンはきっと呆れちゃったんだわ!)


 慌てて彼の肩から慌てて離れ、背筋を伸ばす。


「……そ、そうね」


 真面目な声を出したつもりだが、残念ながら少し上ずってしまった。ローゼは咳払いで誤魔化し、聖剣の柄を撫でる。


「今回は全部レオンのおかげよね。ありがとう」

【本当にお前らは世話が焼けるな。まったく、俺が居なかったらどうするつもりだったんだ】

「変なこと言わないでよ。居なかったらも何も、あたしはレオンが居なかったら聖剣の主になってないんだからね」

「そうですね。レオンがおられなければ私は今、このように穏やかな気持ちで時を過ごすことができていなかったでしょう」


 アーヴィンの言葉を聞いてローゼは息をのんだ。


 昨年、ローゼとアーヴィンが王都で別れてから1年以上が経過した。本来ならばイリオスの大樹が枯れてもおかしくなかった時期にさしかかっている。もしかするとアーヴィンは今頃、暴徒と化した民によって血祭りにあげられていた可能性もあったのだ。


 ローゼは冷たくなった左手で咄嗟にアーヴィンの手を握る。同時に、聖剣から明るい声が響いた。


【確かに、お前たちが一緒にいられるのは俺のおかげだな】


 おどけたような口調は、ローゼの恐怖を和らげてくれるためのようにも思える。


【だとすれば俺の役目はきっと、お前たちに会うことだった。そう考えると人だった頃の俺の(せい)にも意味があったように思えて来たぞ】

「……馬鹿ね、レオン」


 今度は右手で、聖剣の柄を握り締めた。


「あたしたちに会わなくたって、レオンの人生に意味はあったのよ」


 ――聖剣の主としてひとり戦い続けるうちに黒く染まり、禁忌の枝を手にし、大神殿の記録から消され、エルゼとも別れた。そんな彼の人生。


 レオンは軽く笑っただけでローゼの言葉を追及することはなかった。


 言葉の絶えた部屋の中でローゼは次の言葉を探すが、うまく見つけられずに思考は空回りする。何か話題がないものかと思いながら、ローゼは目の前の机に聖剣を置いて立ち上がった。

 伸びをしながら室内を見回すと、隅の机に積んである数冊の本が目に入る。確かアーヴィンはレオンと共に城の書庫へ行って、神降ろしに関する本を持ってきたと言っていたはずだ。


「そうだ。まだ寝るには早いし、アーヴィンたちが探してきてくれた本を読もうかな!」


 時間は夜だが、さすがは公爵家の城と言うべきか。壁にいくつも配置された輝石は、昼間と言っても遜色ないほどの明るさで室内を照らしている。本を読むのにまったく支障はない。


「あの机に置いてある本がそうよね?」


 言いながら長椅子を振り返ると、アーヴィンは目を細めてローゼを見ている。


 ローゼが巫子長の話を終えた後から、彼は何度かか同じ瞳でローゼを見つめてくることがあった。眩しいものを見る眼差しに感じられるものの、心ここにあらずといったようにも見える。


「アーヴィン、どうしたの?」


 怪訝に思いながら呼ぶと、はっとした表情を見せた後に彼は微笑んで「何でもない」と首を横に振る。その様子もこれまでの何回かと同じだ。

 今までは流していたが、マントに関わる件のように、自分がうまく彼の心を推し量れていないのではないかとローゼは不安になってくる。


(もしかしたら、何か昔のことを思い出したのかな。つらいのかな)


 これからはもう、遠慮しない。

 そう心に決めたローゼは長椅子に戻るとアーヴィンの手を取り、瞳を覗き込んだ。


「あたしはもう、隠し事をしない。だからアーヴィンも、ちゃんと言って。――何があったの?」


 ローゼとしては真剣に言ったつもりだが、アーヴィンはしばらく瞬いた後に眉尻を下げて笑った。その笑顔はまるで照れているようにも見え、ローゼは内心で首をかしげる。

 それでも黙って言葉を待っていると、ひとつ息を吐いたアーヴィンは意を決したように口を開いた。


「……実は」

「うん!」

「ローゼが綺麗だと思っていた」

「…………は?」


 どんな真剣な悩みを打ち明けられるのだろう、と思っていたローゼはぽかんとする。


(……あたしが、綺麗だと思ってた……)


 言われた言葉を何度か反芻するうち、心の底からゆっくりと湧いてきたものは、怒りだ。


(そんな適当なことを言って流すつもり!?)


 だが、ローゼの目の前で視線を逸らすアーヴィンの頬はわずかに赤い。彼が見せる珍しい様子からは、その場しのぎの言葉を口にしたという感じをまったく受けなかった。


「え……えと、本当に?」


 戸惑いながら問い返すと、アーヴィンはローゼに視線を戻す。


「本当に」


 頬を赤らめながらも、灰青の瞳に浮かぶのは真摯な想いだけ。ようやくローゼは彼が嘘を言っているのではないと気が付く。

 心の中にあった怒りはすべて消え、代わりに喜びと恥ずかしさで満たされた。


「……本当? あたしちゃんと、綺麗……かな?」

「綺麗だ。とても良く似合っている。きっとこのドレスも装飾品も、ローゼを彩るため世に生み出されたのだろうね」

「なんでそんな恥ずかしいことをさらっと言えちゃうの!」

「心からそう思っているからだよ。緑のマントを纏った姿も、どれほど美しかったことか」


 横から「お」と声を上げたのはレオンだ。


【あれをローゼが着たのか】

「はい、先ほど」

【なんだ、見たかったぞ。今でも綺麗な俺の娘があのマントを着たら、どれだけ綺麗なんだろうなあ】

「何よもう、ふたりして! 褒めたって何にもないんだからね!」


 悪態をつきながらも湧き上がる喜びを抑えることができないローゼは、感動のあまりだろうか、ぼんやりとして気が遠くなってくる。


(私は不安だったのです)


 今までとは違う姿になった自分がどう見えるのか、大切な相手に褒めてもらえるのか。

 期待して、落胆したことを思い出す。


(でも……ああ、良かった――)


「しかし」


 手袋をした手でローゼの顎を持ち、顔を上向かせたアーヴィンは、わずかに眉を寄せて呟く。


「化粧は良くないな」


 途端に、褒められて高揚していたはずのローゼの気持ちはすとんと落ち、正気に返る。


「……良くないの?」


 確かに、見上げるアーヴィンの表情も声色も、肯定的なものではなかった。


 ローゼは村で生まれ育った娘だ。どう足掻いても貴族の女性のようなたおやかさや優雅さ、肌の美しさを得ることなどできない。

 もしかすると貴族風の化粧をしたせいで、ローゼの持つ特徴が悪い方に引き立ってしまったのかもしれなかった。


「……そ、そっか。分不相応って感じだったかな。えへへへ」

【そんなことないぞ。化粧した姿だって綺麗だ。どうした、アーヴィン、なんでそんなことを言うんだ】


 一転して泣き出しそうな気持ちを抱えながら、ローゼは無理に笑みを浮かべる。横でレオンが咎めるような声を出すと、苦笑したアーヴィンは首を横に振った。


「化粧もとても似合っています。だから良くない」

【どういうことだ?】

「思わず触れたくなるというのに、触れることができなくて困るんです」

【触れ……ああ。もしかして、さっきもだな?】


 納得したような、呆れたようなレオンの声を聞きながら、血の気が引いたはずのローゼの頬は逆に熱くなる。恥ずかしくて顔を背けたいのだが、アーヴィンに顎を持たれているため動かすことができない。


 見つめ合っているうち、アーヴィンの瞳が徐々に熱を持ってきた。


「……まあ、良いか」


 呟き、アーヴィンは唇にかすかな笑みを乗せる。

 声にはぞくりとするほどの艶が含まれていた。

 薄く開いたローゼの唇から漏れ出す呼吸は無意識に速くなる。


 アーヴィンはそれ以上は何もすることがなかった。ローゼの顎から手を離して立ち上がり、部屋の隅へ顔を向ける。


「さて。せっかく本を見つけてきたのだから、ローゼの言う通り少し調べ物をしようか」

「……うん」


 アーヴィンの手はもう離れているというのに、伝わってきた熱は引く気配を見せるどころか、温度を上げて体の隅々までも支配する。


「ローゼ?」

「な、なんでもない」


 遅れてローゼも立ち上がる。

 きっと真っ赤になっているであろう顔を隠すためにうつむき、ドレスの裾だけを見ながら声の方へ歩き出した。

この話の後には余話があります。

ですがセンシティブな内容を含むため『小説家になろう』では投稿できず、『アルファポリス』でのみ公開中です。

今後の転載予定もありません。


読まなくても今後の展開に問題はありませんが、もし興味がございましたらアルファポリス版へお越しください。

ただしR-15です。性描写があります。閲覧の際はご注意ください。


URL

『アルファポリス版・村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~』

余話:ある夏の夜 1 ★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/977778344/240369787/episode/4928665

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ひゃっほ〜!!!!! ついにアーヴィンとローゼががががが!!!!! と思っていいわけですね!ね!!!ね!!! あぁ、ここまで長かった(  ̄- ̄)トオイメ ニヤニヤが止まらないじゃない…
[一言] お互いに考えすぎていた、という二人。 隙間がなくなれば、それはもうぴったりと寄り添うことになるわけですね。 それは体も同じことで、むしろ自然な成り行き。 うふふ、深く納得しております。 余話…
[良い点] まぁ(*´∀`*)アルファポリスに伺いますわ…… うふふ
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