22.目的
どうやらローゼの考えにマティアスは賛同してくれるようだ。否定をされなかったことにローゼはほっとする。
「瘴気。魔物。確かに未知のことはたくさんあります。種や瘴穴のことも可能性としては考えられるかもしれませんね」
顔を上げたマティアスはローゼを見つめてうなずいた。
「さて、ローゼ嬢。改めて問います。あなたは私に質問するだけでなく、させたいこともあるのですよね。どういったことでしょうか」
頼みごとを一蹴されてしまわぬように祈りながら、ローゼは口を開いた。
「薬草が咲いている場所を浄化していただきたいのです」
「それはあなたが言った『8年前の瘴穴跡』という場所ですか」
「はい」
マティアスの声にほんのわずか訝しげな響きが交ざる。
「あなたは瘴穴を消すことができると言っていましたね」
「……はい」
「それは浄化とはまた違うのですか?」
「同じ、です」
ローゼの返事を聞き、マティアスは端正な顔をわずかに傾ける。
「では今回はなぜ、自身で行わないのです?」
汗ばむ手を握りながら、ローゼは答えた。
「私は、この花が、咲いている場所に、近寄れないんです」
「近寄れない?」
「……はい。えーと、私は、この薬草の、香りが、苦手な、ものですから」
聖剣から大きなため息が聞こえる。
演技ではない。ただ隠していることがあるだけだ。
なのになぜ棒読みになるのだろうか。
不思議に思いながらも冷や汗をかくローゼを、マティアスはじっと見つめた。
(ここで断られちゃったらまた面倒な事になるのよね。……どうか、お願い……)
祈るような気持ちでマティアスの答えを待っていると、やがて彼は口を開いた。
「……浄化とはどのようにするのです?」
マティアスの言葉が拒否ではなかったので、ローゼはほんの少し胸をなでおろす。
「瘴穴跡に聖剣を突き立てるだけです」
「あなたが行っているという方法ですね。それは我々の聖剣でも可能なのですか?」
「はい」
もちろんこのことは事前にレオンへ尋ねている。ローゼの問いに彼は大丈夫だと請け合った。
【他のどの聖剣でもできるぞ。あれは別に俺が何かしてるわけじゃない】
確かにレオンの最期を夢で見たとき、彼は聖剣を使って瘴穴を消していた。
当時のレオンはまだ人で、聖剣はただの聖剣だったのだ。
【聖剣を使えるなら、本来は誰でも瘴穴を消すことができる。ただ、人には瘴気や瘴穴が見えない。場所が分からないからどうすることもできないだけだ】
しかし今回は薬草という目印がある。マティアスでも浄化することが可能だった。
「分かりました」
しばらく悩んでいたマティアスはうなずく。
「あなたの言う通りにしましょう、ローゼ嬢」
「――ありがとうございます!」
マティアスの返事を聞いたローゼは嬉しさのあまり立ち上がり、勢いよく頭を下げる。
その様子を見たマティアスもまた小さく笑って立ち上がった。
「案内していただけますね?」
「もちろんです」
ローゼは先に立って部屋を出る。
最低限の明かりが照らす廊下から外を見れば、日の姿はほぼ山に隠れ、空には星が瞬いていた。ローゼが神殿へ呼ばれたときには既に夕刻だったのだから当然かもしれない。
もしかすると、薬草の畑へ行くのは明日の方が良いだろうか、と思いながらローゼはマティアスを振り返ったのだが、彼は気にする様子もなく神殿の出入口へ向かう。手には携帯用の明かりを持っていた。
「早く終わった方が良いですからね」
「はい」
彼の準備の良さに舌を巻くが、暗くなってから出かける想定をしていなかったローゼは、聖剣と腰の物入れ以外には何も持って来ていない。
自分がマティアスの境地に達するのはまだ先のようだ、と反省の念がよぎったところで、開いた扉の向こう、前庭にいる人物に気が付いた。
ひとりは先ほど「外を見てくる」と言って出て行ったラザレスだ。
もうひとりはラザレスと楽しげに話す、白金の髪をした娘だった。
「フェリシア?」
思わず声を上げると、フェリシアはラザレスに何かを言ってローゼの方へと小走りにやってきた。
「どうしたの?」
「外が暗くなりましたでしょう? もしかしたら必要になるかと思って持ってきましたの」
言ってフェリシアが差し出すのはマントと携帯用の明かりだ。
「ありがとう、助かる。実は取りに行こうと思ってたの」
「お役に立てて良かったですわ」
ローゼの感謝を聞いてフェリシアは嬉しげに微笑んだ。
一方でラザレスは、マティアスの元へ近寄る。
「父上、どっか行くの?」
「ローゼ嬢から今回の異変に関わるかもしれない話を聞きました。原因と思しき場所へ排除に行きます」
「ん、分かった」
いつもの人好きのする笑顔は浮かべたままだが、マティアスと話したラザレスは雰囲気がすっと変わった気がする。
さすがは聖剣の主とその随伴者たる息子だ、とローゼが感心していると、フェリシアは家の方へと足を踏み出した。
「ええと、ではわたくし……」
「フェリシア様、どちらへ?」
携帯用の明かりをつけるラザレスの横で、マティアスがフェリシアへ顔を向ける。どうやら彼もフェリシアのことは知っているようだ。
「……家へ戻りますわ」
「これは異なことを」
マティアスは表情を険しくする。
「あなたはローゼ嬢の随伴者として南方へいらしてるのでしょう? この後は聖剣の主が討伐の一環として行動します。それなのに随伴者が離れるとは何事ですか」
「……マティアス様」
フェリシアは目を見開いた。
南方におけるフェリシアの状況を、マティアスがどこまで聞いているのかは不明だ。
それでも他人から「危険から遠ざかれ」と、暗に、あるいは表立って言われることばかりだったフェリシアが、「危険があるかもしれないのだから来い」と言われたのは初めてだった。
「……はい! 申し訳ありません!」
暗がりにマントで良く見えなかったが、食事を作ると言って普段着に着替えたはずのフェリシアは、神殿騎士見習いの鎧を着て腰に剣を佩いている。
しかもきちんと携帯用の明かりは2つ持って来ているのだ。
フェリシアの返事を聞いたマティアスは、ちらりと笑みを浮かべた後にローゼへ声をかける。
「では、案内願います」
「はい」
返事をして、ローゼはフェリシアから渡された明かりの紐を引く。カチリという小さな音がして、中の輝石が明るくなった。
輝石は力が加わると光を発する石だ。中に石を置き、周囲をガラスなど透明な覆いで囲んで明かりとしていることが多い。また、覆いを外さなくとも力を加えられるよう、なんらかの仕掛けがあるのが一般的だった。
ローゼの横でフェリシアもまた自身の明かりをともす。
優しい光が、彼女のわずかに潤んだ瞳を照らした。
* * *
「……でね。今回は僕がクジ引きで勝ったから、父上と一緒に南へ来たんだ」
赤い花の畑へ向かう道中、ラザレスは今回自身が南へ来た経緯をローゼへ語った。
ラザレスと、ラザレスの2人の兄、それに従兄たちは「自分こそが聖剣の主とともに南へ行く」と名乗りを上げて大変だったようだ。
そこで彼らは公平にクジ引きで随伴者を決めたらしい。
「兄上たちの悔しそうな顔ったらなかったなあ」
「そんなにみんな、南へ来たかったの?」
胸の奥に燻るものを感じながらローゼが問うと、ラザレスは大きくうなずく。
「もちろんさ。だってこんな大規模な異変、次はいつ起きるか分からないんだから」
「そう……」
「近くで見られれば状況も分かるし、今後の対応にだってきっと役立つからね」
彼の表情はいつも通り好奇心にあふれていたが、声に滲むものは真摯な響きだった。
ローゼははっとして少年を見る。
「僕はまだ15歳でしょ? 次の異変はきっと経験するはずなんだ。その時に今回学んだことを十分に生かせたらいいなって思うんだよ。なにせ次は……」
ラザレスはちらりと父親へ視線を送る。
「僕が聖剣を持ってるかもしれないし!」
息子の言葉にマティアスは余裕の笑みを見せる。
「お前はまだまだ鍛錬が足りません。そういうことは、もう少し落ち着いた行動をとれるようになってから言いなさい」
「ちぇー! 父上はいっつも僕を子ども扱いするんだから!」
少し前を歩いている父子の話を聞きながら、ローゼはこの少年が「異変は早く終わった方が良い」と言ったマティアスの息子なのだと感じ入る。
ラザレスもまた、南方へは腕試しに来ているのではない。
そしてもちろん、もう1振の聖剣の主であるセヴァリー家の人物も同じ考えで行動しているに違いなかった。
【こいつらは確かに、聖剣を持つ一族なんだな】
同じことを思ったのだろう。感慨深く呟くレオンにローゼは小さく「そうね」と答えた。
(なのにあたし、神殿騎士たちと同じく「強い魔物と戦いたい」って思ってるんじゃないか、なんてさ。失礼なこと考えちゃった。ごめんね)
心の中でラザレスに謝ったとき、斜め後方から小さな声がする。
「……わたくし」
歩きながら首だけを向けると、フェリシアは両の手でこぶしを握り、うつむいていた。
「自分が恥ずかしいですわ……わたくしは、自分のことしか考えていませんでした……」
フェリシアが南方へ来たのはもちろんローゼが要請したためだが、神殿騎士たちに自分が戦えることを証明するためでもあった。
強い魔物と遭い、皆と同じように戦えることを示し、できれば他の人々と同じように部隊へ振り分けて欲しいと考えていたのだ。
「わたくしは南の方々を助けることよりも、魔物と戦うこと自体を目的として考えておりましたもの……」
(でもそれは、神殿騎士たちがそういう考えだから。強い魔物と、より多く戦うことが良い、って考えだから)
だが、今のフェリシアはそんな言葉で納得しないだろう。
何をどう言おうか考えているうちに、ローゼは甘い香りに気が付いた。
周囲を見ればもうじき建物が切れる。この先にあるのは例の畑だ。
ローゼは腹に力を入れる。
「フェリシア」
強い調子で呼ばれたフェリシアは、はっと顔を上げた。
「考えるのは後よ。目的の場所が見えてきたから、しゃんとして。この後は何があるか分からないんだから」
ローゼの言葉にフェリシアは一瞬だけ笑みを見せる。
しかしすぐに表情を引き締め、うなずいた。
「はい、ローゼ。……聖剣の主」




