16.見つける
部屋の中でローゼはフェリシアの声をずっと聞いていた。
やがて泣くのを止めたフェリシアが立ち上がる気配がする。彼女の靴音はそのまま出入口へ向かったので、ローゼもまた深く息を吐き、扉から背を離した。
この部屋の中央には大きな机がある。
近寄って見たところ、載っているのは蔓で編まれた平らな籠だ。上に摘まれた花が載せられているのは、乾燥させるためかもしれない。
「……種はないね」
廊下の話を聞いている間にローゼの目は薄暗い室内にも慣れていたのだが、残念ながら机の上に種らしきものは無い。
「だとすれば棚の中にあるのかな。早く見つけないと誰か来ちゃうわ」
廊下側の壁には扉と棚があり、反対の壁には窓と棚、そして右手側の壁には棚と別の部屋へ続く扉があった。
左手側の壁には天井と同じく束になった薬草が吊るされているだけで棚はない。
「さて、この棚のどれに種が保管してあるんだろう。……ねえ、レオンには見当つく?」
【……お前は】
レオンの声は囁くように小さい。
【お前は、どう思ったんだ】
「分かんないから聞いてるんでしょ? ……たぶん大きな引き出しには乾燥した薬草を入れてるだろうから、きっと小さめの――」
【そうじゃない】
手近な棚に近づいて調べ始めたローゼに向かってレオンは言う。
【そうじゃない。誤魔化すな】
「ん? なに?」
【……分かってるだろうが】
詰るような語調を無言で受け流し、ローゼは種を探し続ける。
何も言う気のないことが伝わったか、レオンもそれ以上は尋ねてこなかった。
室内に引き出しを開く音だけが響く中、ひとつめの棚を探し終わり、次の棚の引き出しを開けたローゼは小さく息をのむ。
並べてしまわれた袋には『1』『2』と書いてあった。
「これ、かな?」
しかし、ローゼの呟いた言葉は独り言になった。
どうやらレオンはローゼがきちんと答えなかったために機嫌を悪くしたようで、問いかけを無視することに決めたらしい。
(……何よもう、面倒ね。こんな時に拗ねないで欲しいわ)
ため息をついたローゼはレオンから答えをもらうことを諦め、自分だけで動くことを決める。例え機嫌を損ねていても、ローゼへ危険が迫ればレオンは必ず何か言うはずだった。
まず、ローゼは数字の書いてある袋を棚から取り出してみる。
袋の大きさは片手に乗る程度、試しに軽く振ってみるとザカザカ音がした。
覗き込むと、入っているのはやはり種のようだ。しかし薄暗い部屋の中、覗き込んだ袋はさらに暗くて中が良く見えない。
そこでローゼは机に移動して袋を置き、まずは『1』の種を取り出す。
出した小指の先ほどの種は茶色く、細長い形をしていた。
木でできた机に置いてしまえば色が同化して見えなくなりそうだったので、ローゼは左手で種を持ったまま右手で腰の物入れを探り、白い小さな布を2枚出すと、『1』の種を丁寧に布の上へ置いた。
次にローゼは『2』の袋を手に持つ。
しかし朝に『2』の薬草を持った時の不快感が思い出され、手を入れるのが躊躇われた。
(またあの感覚を味わうのは嫌だなあ……。それに薬草1本であの状態だったのに、種は小さいから何個かいっぺんに触っちゃいそう。……あたし、大丈夫なのかな)
無意味に袋の口の手前で右手を握ったり開いたりして時間だけが過ぎていく。
袋を逆さにして直接種を出すことも考えたが、うっかり力加減を失敗したときのことを考えると良い案ではないような気がした。
(こういう時こそ、レオンから助言が欲しいのに……)
恨めしい気持ちで聖剣を睨め付けるが、やはりレオンは何も言わない。
だがレオンが何も言わないということは、大きな危険がないということでもあるはずだと考え、ローゼは思い切って袋に手を入れる。
指先に種が触れた。
しかし感覚は『1』と比べて何も変わらない。
肩透かしを食らい、ローゼはしばらく瞬いた。
(……あれ?)
さらに奥まで手を入れてゆるく袋の中をかき混ぜてみるが、やはり手から伝わるものは種の感触のみだった。
(もしかしてこの種は、全然関係ない薬草の種?)
怪訝に思いながら袋を机に置き、棚へと戻って他の引き出しを開けてみる。しかし袋に数字が書かれている種は机の上に置いてあるものだけだった。
腕を組んで小さく唸ったローゼは考えた末、机の上に置いた『2』の袋からも種を取り出す。
ふたつの袋から2粒ずつ、合計4粒の種をそれぞれの布に包み、『1』の種を包んだ布はを物入れの左端に、そして問題の『2』の種は右端にしまって、種の袋を元通り引き出しに戻す。
出る前に振り返って部屋が荒れていないことを確かめた後、扉を開けて廊下へと出た。
外は明るく、薄暗い部屋にいたローゼは眩しさに思わず目を細める。
幸いなことに神殿の中には人の気配がなく、出入り口から覗いた前庭にも誰もいなかったので、ローゼはそのまま神殿の敷地を後にした。
家に到着して玄関の扉を開くが、中は物音がせず、人の気配もない。
「フェリシア?」
念のために呼ばわってみるが、返事もなかった。もしかするとフェリシアは、泣きはらした顔をローゼに見せないようどこか外にいるのかもしれない。
彼女の姿を思って小さく息を吐いたローゼは、続いて厨房へ向かう。
昼食用にと残しておいた昨夜の鍋を覗き込み、少し考えて野菜の入った籠を持ってくる。中からいくつかの野菜を取り出し、仕度を始めたところで、ようやくレオンの声がした。
【……どうするんだ】
「どうって、昼食よ昼食。さすがにお腹空いたわ。でもふたり分にしてはちょっと量が少ない気がするから、もう少し野菜を足そうと思って」
パウラが届けてくれる食材はほとんどが野菜だった。
肉や、時々は魚も届けてくれるのだが、いずれも塩漬けや干物といった保存用のもので量もあまり多くない。
「ごめんなさい。うちの村の産業は農業中心だから野菜や穀物はたくさんあるんですけど、畜産関係は弱くて……」
そう言っておずおずと渡してくれるのが、逆に申し訳ないくらいだった。
(この肉や魚だって貴重なんだろうなあ……なのに結局あたしはあんまり働けてないし……)
別の鍋に入れた継ぎ足し用の野菜を茹でながらぼんやりしていると、レオンが再度声をかけてくる。
【ふたり分ということは、あの娘のもあるのか】
「当たり前でしょ。なに? あたしが独り占めして全部食べるとでも思ってたわけ?」
鍋を見ながら言うが、レオンから戻る答えはない。
ため息をついたローゼは腰の聖剣を見下ろした。
「どうしてそういう持って回った言い方をするのよ。聞きたいことがあるならハッキリ言えば?」
【いや……】
しかしレオンから戻ってくるのは、もごもごとした言葉にならないようなことばかりだ。彼の煮え切らない様子にローゼは舌打ちをしたくなる。
「あのねぇ」
一方で追加の野菜には程よく火が通った。
羹の鍋へと入れながら、ローゼは険のある声を出す。
「この場合はあたしがどうするかじゃないのよ。フェリシアがどうするかなの」
【それはそうだが……】
「あたしの行動はしばらく変わらないわ。エンフェス村の近くで瘴穴が出たら消す。薬草の謎を調べる。このふたつを主体に動くつもりよ」
【あの娘がいなくなってもか】
「当たり前でしょ」
レオンの問いかけにローゼはきっぱりと言い切る。
「あたしが南方へ来たのは『フェリシアと一緒にいるため』じゃないわ。フェリシアが『あたしと一緒にいるため』に南方へ来たの」
先ほど野菜を茹でた汁も加えて味を見る。少し考え、ローゼは棚から辛みの強い香辛料を取り出した。
「だからフェリシアがここで別れるって言うなら、あたしは見送るだけよ……あっ!」
香辛料のふたを開けながら漫然と歩いていたことが災いし、下に注意を払わなかったローゼは先ほど自分で置いた野菜の籠につまづいてしまった。手から飛んだ容器が、軽い水音を立てた後に鍋の中へ沈んでいく。
「……嘘でしょ」
あまりのことにしばし唖然とした後にローゼは急いで容器をすくい上げるが、汁は素晴らしい赤に染まっており、混ざった香辛料がどれほどになったのかは想像すらしたくない状態になっていた。
鍋を眺めたローゼが唸ったところで、腰からはくつくつと笑う声が聞こえる。
同時に玄関の扉が開く音がし「遅くなってごめんなさい。今、戻りましたわ」というフェリシアの声が響いた。




