14.使者
結局ローゼは昼まで馬に乗り、エンフェス村の周囲をぐるりと見まわったのだが、瘴穴は見当たらず、魔物に出くわすこともなかった。
昼食にするため一度村に戻りながら、ローゼは周囲を警戒しているフェリシアの横顔を窺う。
朝からパウラの薬草について考えているローゼはずっと言葉少なだった。ときおり口を開くこともあったが、大抵はレオンへの問いかけだ。
そんな様子から何かあったと気付いてくれているのだろう。フェリシアは積極的に話しかけてくることも、しつこく問うことも、蔑ろにされたと怒ることもなく、ただ近くに馬を並べて魔物の警戒をしてくれている。
考えてみれば、ローゼはフェリシアの気遣いや優しさにずいぶん助けられているのだ。
「フェリシア、いつもありがとう」
「あら。急にどうしましたの?」
村の門をくぐって後、石畳を進みながらローゼが声をかけると、フェリシアはにこりと微笑む。
彼女に笑みを返しながら、ローゼは答えた。
「うん。あたしはフェリシアに助けてもらってることが多いから、お礼を言っておこうかなって。……それにね」
井戸でヘルムートから聞いた話を思い浮かべながらローゼは続けた。
「聖剣の主としてはまだ全然頼りないけど、あたしも魔物に遭ったらちゃんと戦う。頑張るから!」
言いながら拳を突き上げると、何故かフェリシアは目を見開いてローゼから視線を外す。
フェリシアが取った予想外の行動に、ローゼは焦った。
「……あたしなんか変なこと言った?」
問いかけても彼女から戻る答えはない。
しばらくは周囲に蹄の音だけが響いていたが、やがて村の広場にさしかかったあたりでようやくフェリシアから返事があった。
「……きっとローゼは勘違いをしていますのね」
「ん? どういうこと?」
「……わたくし、わたくしは……」
口ごもったフェリシアは、ゲイルの手綱をぐっと握り締める。
「……わたくしは、魔物の討伐に行きたかったのです……」
「うん。だからごめんね。あたしがちゃんとしてないせいで――」
「いいえ、いいえ、ローゼ。そうではありませんの。わたくしは……」
ローゼに顔を向けることなく首を横に振ったフェリシアは、伝えようかどうしようかを迷っているように見えた。
彼女の横顔がなんだか泣きそうに思えたので、ローゼは黙って言葉を待つ。
しかし結局フェリシアは何も言うことがなかった。
(どうしたんだろう……)
困惑したまま神殿の馬屋へ行くと、近くに神官補佐はいない。10日以上も滞在すれば、ローゼもそんな時には何度も遭遇していたので、勝手知ったる馬屋へ入り、黙ったままのフェリシアと共にいつもの場所へ馬を入れる。
セラータを撫でながらフェリシアの言動について考えていると、神殿の方から声が聞こえてきた。
馬屋の中にいるので詳細は分からないが、どうやら男性ふたりで何かを言っているらしい。
片方の男性はルシオで、声の調子からすると彼は焦っているようだ。
「何かあったのかな?」
フェリシアに囁いたローゼが馬屋から出ると、神殿の入り口に3つの人影が見えた。
ひとりはやはりルシオ、もうひとりはエンフェスの正神官だ。そしてもうひとり、ルシオと話しているのは帯剣した男性だった。知らない人物だが、ローゼは彼と似たような装束を北方のシャルトス家で見かけていた。
(フロランが連れてた騎士たちの格好に似てる。ってことはあの人も騎士? でも南方を巡ってる間は騎士なんて見たことなかったのに、こんなところへ何の用だろう)
ローゼが首をかしげた時、馬屋から出てきたフェリシアが息をのむ。
と同時にルシオが大声をあげた。
「ほら、王女殿下はご無事でしょう? 何の心配もございません!」
ルシオの声を背に受けながら、帯剣した男性は急ぎ足で馬屋の側までくる。
フェリシアの前に膝をついた彼は、南方の大領主トレリオ侯爵に仕えている騎士だと名乗り、
「王女殿下、ご無事で何よりです」
と言って深く頭を垂れた。
青ざめるフェリシアは騎士を見て、次にローゼを見る。
彼女の瞳はローゼに「この場から離れて欲しい」と告げていた。
* * *
「なんかちょっと嫌な雰囲気だったなぁ」
ローゼがいるのはいつもの井戸だ。
滑車を支える石の柱によりかかったローゼは呟き、腕組みをして空を見上げる。
「ルシオのやつ、フェリシアのことを王女殿下、なんて言ってさ。いつもは無視してるくせに」
ルシオはいつもローゼに会うと「外に出る必要はありませんから村に残っていてくださいよ、聖剣の主様」と揶揄するような口調で言っていた。
しかしフェリシアのことは視界にいれないようにして、まるでいない人物のように扱っていたはずだった。
「いったいなんだろうね」
【さてな。いずれにせよあの騎士が関係してるんだろう】
「まあ、そうなんだけど……」
ローゼはわずかに眉を寄せた後、小さく首を振った。
「考えてもしょうがないか。とりあえず一度家に戻ろう」
【戻ってどうするんだ?】
「どうするって……昼食の準備をするのよ。もともとその予定で村へ戻って来たんだから」
昼を知らせる鐘は村の外で聞いた。
フェリシアの話が終われば昼食にしたいところだが、今日の食事当番はフェリシアだ。しかし先ほどの様子では話が終わるまで少し時間がかかるかもしれない。
「今日の昼は当番を交代して、あたしが作るわ。その間は……」
言いながら聖剣へ視線を落とす。
「どうせレオンは暇でしょ? せめてパウラの薬草をどうするか考えてて」
【俺だけか? お前だって作りながら考えられるだろうが】
「考えながら料理を作って、うっかり焦がしたらどうするのよ」
【……それもそうか】
「ちょっと、否定してよ! あたしはそんなに料理下手じゃないわ!」
気分を変えたくて言った軽口に、どうやらレオンは付き合ってくれるらしい。
家へ向けて歩きながら他愛もないやりとりをしていたのだが、途中でふと気になったローゼは道の半ばで来た道を振り返った。
立っている場所からは神殿の門と前庭も見える。しかし先ほどまで前庭にいたはずのフェリシアたちの姿はない。
「……どこ行ったのかな」
【神殿の中だろうよ】
レオンの返事を聞いたローゼはその場で立ち止まったまま神殿と家を交互に見比べる。やがて家ではなく、神殿の方面へ足を踏み出した。
【昼飯を作るんじゃなく、野次馬に予定を変更か?】
「人聞きが悪いわね。様子を見に行くだけよ」
くぐった門の内側にはやはり誰もいない。
そのまま歩を進めたローゼは建物に入る。ひんやりとした神殿の中は、まるでエンフェス村を象徴しているかのようにがらんとしていた。
もちろん建物内とはいえ、入ってすぐの場所にいるはずがない。話をするなら応接室だろう、と思いながら記憶を頼りに進んでいると、室内から人の声が聞こえた。しかもどうやら部屋から出ようとしているようだ。
(まずい!)
廊下を歩いていたローゼはとっさに手近な扉を開ける。幸いにも鍵はかかっていなかったため、内側へと滑り込むことができた。
ほぼ同時に扉から廊下へ複数の人が出てきたらしい。彼らはローゼが息を殺している扉の前を通り過ぎ、そのまま遠ざかっていく。足音が聞こえなくなったところで、ローゼはようやく体の力を抜いた。
「危ないところだった……」
呟いたところで、レオンが固い声を出す。
【……おい、ローゼ。この部屋は……】
彼の不快感をにじませた声を耳にした途端、ローゼは部屋に漂う香りに気が付いた。
カーテンは閉められているものの、昼の日差しは室内にぼんやりとした光を与えてくれている。そのわずかな明かりを頼りに周囲を確認してみると、壁や天井からは数種の薬草が吊るされていた。中にはパウラが持っていた薬草もある。
わずかに眉を寄せながら部屋の中央にある机を見ると、いくつかの袋があるのが確認できた。
「もしかして、ここにパウラの種があるかな」
【かもしれん】
レオンの返事を聞いたローゼが足を踏み出そうとしたところで、先ほどと同じ扉が開かれたらしい。
靴音がひとつ出てきたかと思うと、遅れてもうひとつの靴音がする。
「お願いします。わたくしの話を聞いて下さいませ、ザレッタ様!」
後から出てきたのは、どうやらフェリシアだ。
彼女の声を聞き、最初の靴音が止まる。ローゼもまた動きを止め、扉の側で息を殺した。




