【第三部】 開始 五章 絡む線と浮かぶ点 10
10
原沢の両親を連れて、恭介と悠斗が病院に辿り着いた時には、原沢は兄と一緒に、院内のベンチに座っていた。
原沢の母は二人に駆け寄り、人目もはばからず泣き出した。
原沢洋進は改めて恭介に頭を下げると、家族の元へと駆け出した。
「これで良かったのか?」
悠斗が恭介に聞く。
「ああ」
恭介は短く答えた。
仙波が見たらまた茶番と言うだろう。
茶番で結構。
本番はこれからだ。
恭介の脳裏には、車を降りる直前に、原沢洋進が言った科白が何度も過っていた。
「君は、藤影社長の親戚か何かか?」
実は藤影本社内で、囁かれる社長の伝説があった。
藤影創介には、嫡男のほかに、隠し子が複数いるらしい。
その子どもたちは外国にいて、マネジメントや企業買収の研鑽を積んでいる。
といったものだ。
「え? いや…」
自分がその嫡男ですとは、さすがに言えず、恭介は目をそらした。
「ああ、すまない、気にしないでくれ」
原沢洋進は遠い目をした。
「昔、一緒に仕事をしていた時の社長の雰囲気に、君が似ているもんでね」
似ている?
父に?
DNA鑑定で、否定されたというのに?
恭介の胸に浮かぶ、微かな違和感。
それは、今回、原沢洋進に課せられた、一億円という額にも感じたもの。
指示を出したのは、藤影創介なのか。
そもそも、息子一人を葬るために、わざわざ外国で船を沈めた男である。
あれは我が事を抜きに考えると、良くできた計画だった。
恭介が生きて戻れたのは、奇跡としか言いようがない。
その創介が、たかだか一億のために、証拠が残るような杜撰な殺人教唆など、するのだろうか。
恭介がそんなことを考えていたら、原沢が悠斗を見つけたようで、こちらへやって来た。
「おい、小沼」
原沢は涙の跡を隠そうともせず言った。
「悪かったな、いろいろ」
「なんだよ、気持ち悪」
そして原沢は悠斗の横にいる恭介も見つめた。
「外部生、か。親父たちが世話になったみたいだな」
恭介はメガネをはずし、原沢に向かう。
「大丈夫か? 君も」
原沢は目を見開き、すべてを悟った。
「そうか、そうだったのか」
再び原沢の目からは、涙が落ちた。
「すまなかった! 本当に!」
一陣の風が、原沢の涙を飛ばしていった。




