【第三部】 開始 五章 絡む線と浮かぶ点 8
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恭介と悠斗が乗ってきたタクシーに、原沢の両親も乗せ、恭介がその横に座り、そのまま原沢の入院する病院へ向かうことにした。
原沢の両親は項垂れたまま、小声で何度も
「許してください。死なせてください」
と呟いた。
タクシーの運転手は気をきかせたのか、ラジオのボリュームを上げた。
原沢の父は、ぼろぼろと涙を流し始めた。
「わたしが悪かったのです。廉也にはずっと寂しい思いをさせていました」
原沢の兄、駿矢が事故に遭い、介護のため両親共に廉也の面倒をみることが叶わなかった。
事故のことで、何度も原沢を責めてしまった。
原沢が陸上競技で優秀な成績を上げても、駿矢が不憫で誉めてあげることも出来なかった。
「親として、せめてもの償いをしようと思います。わたしと妻の保険金を合わせれば、本社に支払える…」
「本社…藤影薬品ですか。借入でもされているのですか?」
恭介の問いに原沢の父は答えた。
社長秘書の仙波から、二週間以内に一億支払えと命じられたことを。
「本当は、廉也にも罪を償ってもらうつもりでした。でも、廉也は少年院から別の病院に移されたそうで、諦めました」
「一億か」
話を聞いた恭介は、その場で電話をかけた。
「瑠香さん、今動かせる現金いくらある? うん、それならオッケー」
「原沢さん、一億なら用意できます」
「えっ…」
「その代わり、あなたの会社の株式譲渡をしてください」
恭介の申し出に、原沢の両親は驚きと不信感を隠すことが出来なかった。
驚いたのは、助手席に座っている悠斗も同じだった。
一方、ワゴン車に乗った白井父子と原沢駿矢は、神奈川の海の近くの病院に、まもなく到着するところだった。
車中、駿矢は訥々と、自分の身に起きたことや、今回なぜ、弟を助けて欲しいというメッセージを発信したかを語った。
事故に遭った日、駿矢は弟の廉也と一緒に、ジョギングに行くつもりだった。
だが、徐々に資質が開花を始めた弟のことを、少々疎ましく感じていた。
あとから廉也が追って来るのは分かっていたが、兄の意地でいつもより早いペースで走っていた。
そして事故は起こった。
「わ る い の は ぼ く で す」
原沢は中学生になった頃から、メキメキとタイムを伸ばした。
同時に彼の生活態度は、日々荒んでいった。
原沢の不在時に、駿矢は原沢が常用しているサプリの空き瓶を拾った。
ラベルに記載された成分は、ドーピング対象のものばかりだった。
昨夜、原沢の両親が話し合っていた。
「い、一億なんて…」
「生命保険が…」
「廉也にも…」
会話の断片から、両親が弟を亡き者にしようとしているのが分かった。
白井がスマホを確認している。
「えと、原沢さん、お父さんお母さん、無事確保! 今、こっちへ向かってるって」
駿矢は目を閉じ、上を向いた。




