【第三部】 開始 五章 絡む線と浮かぶ点 7
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原沢の両親の後を、恭介と悠斗はタクシーで追っていた。
白井の父、白井一樹は、車椅子ごと搬送できるワゴン車を、原沢邸まで出してくれた。
白井も同乗していた。
「ありがとうございます、白井さん」
それぞれが出発する前に、恭介は白井一樹に頭を下げた。
「いえいえ、わたし、こう見えても厚生労働省の役人ですので、福祉車両の一台くらい、用意できますので」
隣の白井は、愛想良くふるまう父を横目で眺めていた。
「それより、夕べ、深夜にも関わらず、急なお願いまでしてしまって」
「いやいや、そちらは、ちょっと権力使っちゃったかもです」
「そんなことより、本当に二台で別々に出発して大丈夫なの?」
だいたいの状況が分かったらしい、白井が恭介に尋ねた。
「うん、これしかないと思う」
恭介は、唇をかんでじっと座している、原沢の兄、駿矢に声をかけた。
「原沢さん、ご両親のことはこちらでなんとかします。あなたは、このまま原沢君のところまで行ってください」
不安そうな駿矢の耳元で、恭介は小声で言う。
「原沢廉也くんを助けるのは、俺たちじゃない。あなたです」
実は夜が明ける前に、原沢は医療少年院から別の病院へと移送されていた。
表向きは、薬物依存の集中治療が緊急に必要であると医師らが判断したからである。
原沢の両親は、まだそれを知らない。
タクシー内で、悠斗は恭介に話しかけた。
「こんな時に聞くのもなんだけど」
「何?」
「キョウって、バイトとかしてるの? タクシー使ったり、ペンション借りたりしてるけど」
「ああ、悠斗には言ってなかったっけ。生活に必要な金銭は、自分で稼いでいるよ。稼ぐというより、不労所得になるかな」
恭介が、よくパソコンに向かっているのは悠斗も知っている。パソコンを使って、何がしかの所得を得ているのだろう。
「高校卒業するまでに、資産を増やすように、瑠香さんのお祖父さんから言われているしね」
お金を貯める、ではなく、資産を増やす、と言った恭介の真意を、悠斗はまだ知らない。
タクシーは府中のインターを降りた。
医療少年院の近くまで来たところで、反対車線を走る、一台の白いセダンとすれ違った。
悠斗が声をあげた。
「原沢の父親だ!」
恭介はタクシー運転手に、今すれ違った車を追ってくれと頼んだ。
原沢父の運転する車は、そのまま西方へ向かう。
タクシーが追っていることなど、無頓着であるようだ。
道はどんどん細くなる。
タクシーの運転手が「これ以上は、車では行けない」と言いだした辺りで、原沢父の車が停車していた。
悠斗が先に降り、車に向かって駆け出す。
車内で、原沢の両親が何かを手に持っていた。
悠斗は車窓を叩く。
悠斗の姿を一瞬認めた原沢の父は、頭を振って、手に持った小瓶を飲もうとした。
「やめろーーー!」
悠斗は車窓のガラスに向かい、拳の圧力をぶつけた。
夢の中で、組手指南を受けたメイロンの技だった。
風圧を受けた窓のガラスは大きくヒビが入った。
同時に、原沢の両親がそれぞれ持っていた、小瓶は砕けた。




