【第三部】 開始 五章 絡む線と浮かぶ点 6
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原沢の父、原沢洋進は失意のなか自宅へ戻った。
そして、ある決意を持って、書斎で何かをしたためた。
父の様子を、原沢の兄駿矢は静かに見つめていた。
駿矢の目には、うっすらと浮かぶ涙があった。
同じ頃、医療少年院に収監されている原沢は、ベッド上で点滴を受けていた。
ぽたりぽたりと体内に落ちる、点滴のパックを見ながら、原沢はぼんやりと、血管内に空気が入れば死ねるだろうかと考えていた。
後悔か。
もちろんある。
因果応報。
それもあるだろう。
これ以上、生きていられない思い。
それを、ぶつけたい願望。
今更?
誰に?
原沢の目にも、浮かぶ涙があった。
深夜
白井から、恭介と悠斗にメッセージが来た。
「ネット上で、へんな書き込み見たんだ」
弟を助けてください
誰か助けてください
弟が殺されます
殺すのは、父です
私と弟の父です
弟は動けません
明日、父は弟を殺します
「これ、ネタ扱いされてるけど、なんか気になった」
白井のメッセージにはそう書いてあった。
恭介もなんとなく気になり、元ネタのスレッドを見た。
「悠斗、原沢の使ってる、シューズのメーカー知ってる?」
「ああ、自慢してたよ。確か、N社だ」
その社名は、元ネタに付けられていた、タグの一つと合致した。
翌朝、恭介と悠斗は、原沢の家に向かった。
原沢家の門は錆びついた色を成し、庭は雑草が生い茂っている。
屋敷全体に、生臭い臭いが漂う。
庭の一角にある池には、腹を出して浮かぶ、何匹かの金魚の姿があった。
チャイムを鳴らそうとすると、ドアはわずかに開いている。
「ごめんください」
声をかけてドアを開くと、横たわる人影が見えた。
恭介と悠斗は土足のままあがり、その人を抱き起した。
若い男性だった。
傍らには、倒れた車椅子もあった。
「大丈夫ですか!」
男性は顔を上げ、頷いた。
原沢を偲ばせる面影の男性。
「原沢、廉也くんの、お兄さん?」
男性は上体を起こし、息を吐いた。
「は い」
「俺たち、原沢君と同じ学校の者です」
恭介がそう言うと、原沢の兄は目を見開き、恭介の腕を掴んだ。
動きはゆっくりだったが、掴んだ手の力は強かった。
「弟 を た す け て!」
原沢の父は、原沢の母を伴って、既に医療少年院に向かっていた。




