【第三部】 開始 五章 絡む線と浮かぶ点 5
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恭介は悠斗を連れて、自宅に戻った。
すぐに瑠香と白井もやってきた。
「原沢くんの弁護士は、もう依頼されてたわ」
藤影の顧問弁護士の伝手であるらしい。
「親父の話だと、原沢は逮捕後すぐに、医療少年院に送られたって。体、ぼろぼろらしいよ」
白井が語る。
「原沢、自殺の危険がある」
恭介の言葉に、一同、息をのむ。
「たしかに、薬物依存者の自殺率は高いわね」
「俺、親父に連絡する!」
できれば、恭介は原沢に直接会いたかったのだが、瑠香から、少年院は家族以外会うことはできないと聞き、諦めた。
その家族の面会も、現在の原沢の状態では見送られているという。
「二週間後くらいに、家族との面会は、できるようになるって」
瑠香と白井が帰ったあと、悠斗と恭介は、原沢についての話をした。
「なあ、俺って、原沢に嫌われていたの?」
そんな恭介の問いかけに、悠斗は苦笑する。
「まさか、お前、気付いてなかったか?」
原沢から、よく足を引っかけられたり、すれ違いざまパンチを入れられたりしたことを、恭介は覚えていないのだろうか。
「いや、それは覚えてるけど、俺がぼおっとしてるせいかと思ってたよ」
あながち間違いではないが、悠斗が見ていたかぎり、原沢の目には、いつも悪意の火が灯っていた。
「原沢に、お兄さんがいたなんて、俺知らなかったし」
原沢の兄の話は、周囲でもごく一部の人間しか知らないはずだ。
悠斗はたまたま、侑太と原沢の会話から、漏れ伝え聞いた。
「原沢に会うのは無理でも、原沢のお兄さんに会うことって、できないかな」
恭介がそう言う時は、絶対そうする時だと悠斗にはわかっていた。
「明日、会いに行ってみるか?」
悠斗が言うと、恭介はニコッと笑った。
その夜。
原沢の父、原沢洋進は、本社社長付秘書の一人、仙波に呼び出されていた。
場所は日本でも有数の料亭である。
座敷に通されると、仙波は一人で待っていた。
原沢洋進は襖をしめると、仙波に土下座した。
「この度は、息子廉也のことで、皆様に大いにご迷惑をおかけしました」
「原沢さん、顔を上げてください。起こってしまったことは、もう取り返しがつかない、社長がよく仰ってますね」
しかしながら、と仙波は言う。
壮行会まで開いてもらった原沢廉也は、今回のことで、学園理事長でもある、藤影創介の顔に泥を塗った。
それは償って欲しい。
「どうすれば、廉也はどうすれば良いのでしょう。なんでもいたします!」
原沢洋進は、悲痛な声を上げる。
「藤影グループは薬品会社です。廉也君の薬物違反逮捕の影響で、株価は一時的に数パーセント下落したほどです。その影響は馬鹿にできない」
そこで、と言いながら、仙波は小瓶を数本取り出した。
「薬物依存者向けのドリンク剤です。廉也君に飲ませてください」
うやうやしく、原沢洋進はそれを受け取った。
「ただし、医薬部外品なので、効果のほどは保証できません。それを廉也君が飲用し効果が出たら、あなたがこのドリンク剤十万本、売り尽くしてください。あなたは元々、営業職でしたね」
ドリンク剤の値段は、一本九百八十円。
「一億円の請求書を、原沢さんの部署に回します。期限は二週間」
「一億…無理です!」
「なんでもすると言いましたよね。あなたに掛けている保険金は、おいくらですか、原沢さん」
仙波の目は、氷原の色をしていた。
がっくりと肩を落とし、原沢の父は退席した。




