間奏5 原沢廉也のそら
「れん、早く来いよ」
にいちゃんの声がする。
にいちゃんは、俺よりずっと大きく、強く、早い。
にいちゃんの名は駿矢。
誰よりも早く走れるように、親父がつけた名前。
家のそばの国道を、にいちゃんはすいすい走る。
俺は一生懸命ついて行こうとするが、にいちゃんの背中はどんどん小さくなる。
角を曲がると、にいちゃんは足踏みしながら待っててくれる。
公園まで走って一休み。
公園で、二人同じアイスを食った。
がりがりと齧る、棒付きのアイス。
当たりが出たら、もう一本。
「れん、早くなったな」
俺は照れる。
でも、もっともっと早くなりたい。
にいちゃんと並んで走りたい。
二人一緒に大会に出るんだ!
願いはかなわなかった。
にいちゃんは、どっかの子どもをかばって、車に轢かれた。
頭も背中も、カッコ良かった足までも、事故で奪われた。
車いすに乗って、いつも口から涎を垂らすにいちゃん。
走ることはもちろん、歩くことも喋ることまでも、できなくなった。
それでもにいちゃんは、俺を見ると、手を伸ばそうとする。
昔みたいに、俺の頭を撫でようとする。
喋れないけど、目はいつも笑っているようだ。
そんなにいちゃんを、俺は見たくない。
にいちゃんみたいなお人よし、俺は大嫌いだ。
小学校に入って、にいちゃんみたいな目をした奴に会った。
会った瞬間、嫌いになった。
嫌いな奴だから、足を出して転ばせた。
そいつは転んで、膝から血を流しているのに、俺の足を心配して言った。
「原沢君、大丈夫?」
お人よし加減まで、にいちゃんに似ていた。
いなくなれよ!
俺の目の前から消えてくれよ!
新堂侑太に誘われて、そいつを消した。
そいつが消えたら
もっと
すっきりするかと思ってた。
いくら棒アイスを齧っても、胸の奥がチリチリする。
見かねた侑太が、俺に薬をくれた。
「ガリガリ齧ってみろよ」
片手で掴んで口に放り込む。
ガリガリ齧る。
うまくない。
もっとガリガリ齧った。
心のチリチリが溶けていった。
足も軽くなる。
早く走れる。
走って走って
俺は天まで、走っていくんだ。




