【第三部】 開始 四章 天翔る日 8
8
一晩過ごして迎えた朝かと思ったが、時計を見たら三日もたっていた。
スマホの充電は、とっくに切れている。
相変わらず、地底の時間の流れは読めない。
「なんだよ、キョウ。溜まってたか?」
鼻血の後始末を終えた恭介に、悠斗は軽口をたたく。
「かもな」
答えながら恭介は思う。
ああ、そうか。そういうことか。
さすがに小学生時分、悠斗とこんなやりとりをすることはなかった。
もっとも、侑太らはあの頃から、女子の胸の話をしたり、こっそり持ち込んだスマホで、エロ画像などを見ていたようだが。
きっと彼らは恭介より、二次性徴が早かったのだろう。
恭介はシャワールームの鏡で、自身の姿を見つめる。
肉体は、成人男性のそれに近い。
では、精神は?
頭から水を浴び、恭介は考える。
桃源郷での出来事により、人間の理性とは、脆いものであることを恭介は知った。
あの時、脳内に重低音で流れていた楽曲。
それは脊髄を刺激し、大脳旧皮質に突き刺さり、目の前の者全てを、破壊したくなる旋律。
あれが
オーキッドの持つ薬理効果なのか。
それとも
麗しい花弁に誘われたなら、男は皆、本能の赴くまま手を伸ばすのだろうか。
知ってそうな人にでも、聞いてみよう。
部屋に戻ると、悠斗は、コーヒーを飲んでいた。
「お前も飲むか?」
そう言って悠斗は恭介にカップを手渡す。
「ねえ、悠斗」
「ん? 何?」
「悠斗って、誰かと、肉体関係、結んだことあるの?」
悠斗はコーヒーを吹いた。
「キョウ、お前、白井みたいなこと聞くなよ」
このペンションに来る前、悠斗は白井に数日旅行する話をした。
「まさか、女性連れ?」
「女? ないない」
悠斗は笑ったが、白井の目は割と真剣だった。
「俺さ、高校入ったら、『脱! 童貞』するつもりだったんよ」
止めないから頑張れと、悠斗は答えた。
「何、その上から目線! やっぱ悠斗、経験あるんでしょ!」
騒ぐ白井に対して、「ないこともない」と、悠斗は言えなかった。
ただ、そんなことに無縁そうな恭介から、同じような質問を受けるとは思ってもいなかった。
これが、夢のなかで白うさぎが言っていた、恭介の足りない部分を補うということか。
だが、珍しい昆虫を見つけたときの子どものような目をして、答えを待つ恭介に、下世話な生々しい話をする勇気は、今の悠斗にはなかった。
「キョウ、お前、薬の影響出てるんじゃね?」
「そうかな、うん、そうかも。ごめん」
悠斗も心の中で謝っていた。
いつか話すよ。その時がきたら。
充電が終わった。
スマホを開くとメッセージの嵐。
「えっ!」
メッセージを見ていた悠斗が、声を上げた。
「どうした?」
「原沢が、捕まったって…」




