【第三部】 開始 四章 天翔る日 5
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霧が薄くなると、月は中空に円を結んだ。
山中の闇は深く、犬の遠吠えが時折響く。
「あの遠吠え、狼だったりして」
冗談めかして悠斗が言う。
ヤマトタケルを神域に導いたのは、白い狼だったという伝説が残る地方だ。
「絶滅したって言われてるけど」
ベッドを動かしながら、恭介が答えた。
恭介と悠斗は、ベッドを並べなおし、指先が触れるような距離で横たわる。
「小学校ん時の、臨海学校思い出すな」
悠斗が笑った。
あれは三年生の夏。
寝る前に聞いた、怖い話に恭介はなかなか寝付けずにいた。
その手を、悠斗は朝まで握ってくれた。
「そんなに怖がりじゃなくなったよ」
照れたように呟く恭介。
そして
いつしか二人とも、眠りに落ちた。
悠斗が目を覚ますと、東雲の空の下、少し先を恭介が歩いていた。
悠斗はあわてて後を追う。
洞窟の前で、恭介は振り返り、悠斗に声をかける。
「良かった。やっぱり、一緒に入れた」
夢、なのか。
いや、覚醒して、自分の意識で動いているように悠斗には感じられる。
「夢であって、現実でもあるよ」
恭介は洞窟を進む。悠斗もそれに倣った。
しばらく進むと、いつしか、辺りの風景が変わっていた。
ゴツゴツとした岩肌に流れ落ちていく水脈。
豊かな緑が生い茂っている。
柔らかな風が通り過ぎていく。
「ここはどこなんだ? 俺は、俺とお前は今どこにいる?」
疑問は生じるが、不思議と悠斗に不安はなかった。
夢の出来事にしては、思考ははっきりとしていた。
「俺が、助けてもらった処。寝ているときなら、こうやって来ることが出来る場所」
ばさばさと、羽ばたきの音がやってくる。
「いらっしゃいませ、恭介さん。そして小沼悠斗さん」
悠斗の目の前に、くりっとした眼差しの女性が舞い降りた。
「今日はようやく、友だちを連れてきたよ、スズメ」




