【第三部】 開始 四章 天翔る日 4
4
秩父地方は、近年強力なパワースポットとして有名になった。
だがその歴史は古く、ヤマトタケルの東征の頃から、すなわち二千年近く前から、その名は記されている。
恭介と悠斗は、一週間分の食料と、滞在に必要な物品を持ち、山の中のペンションに辿り着いた。
「夜になったら、真っ暗になるんじゃね?」
荷物の整理をしながら、悠斗が言う。
ペンションというより、古い民家の佇まいである。管理人は常駐していない。
「先に風呂に入って、今夜は早く寝ようか」
日が沈むと、辺りは確かに暗くなった。
ぽつりぽつりと、遠くに灯りが見える。
周辺の木々は風に揺らぎ、その手で二人の居場所を囲んでいるかのようだ。
いつもよりはだいぶ早い時間に、就寝することにした。
「さて、飲んでみるか」
恭介がオーキッドを飲み込んだ。
深夜。
恭介と悠斗が泊まっているあたりには、霧が立ち込めていた。
誰かを呼んでいるような鳴き声を上げて、鳥が枝に止まる。
ふと、何かの気配を感じて、悠斗が目を覚ますと、隣のベッドはもぬけの殻。
「キョウ?」
跳ね起きた悠斗は恭介の姿を探した。
ベランダに人影を見つけて駆け寄ると、恭介は霧に向かって両手を差し伸べていた。
上半身は、裸である。
「恭介!」
悠斗の声に、ゆっくりと振り返る恭介の瞳に、赤い光が宿っている。
悠斗の背中に、冷気が走る。
それでも悠斗は頭を振って、恭介の腕を掴んだ。
冷たい。
氷のような皮膚温だった。
「おい、どうした! 部屋に戻るぞ」
悠斗が恭介の腕を引っ張ると、恭介は意識を取り戻した。
「え? あ、ああ」
二人は部屋に戻った。
悠斗は湯を沸かし、恭介に飲ませた。
「すまない、悠斗。気が付いたら、あそこに立ってた…」
夢を見ていたようだが、体が熱く、息苦しくなった。
誰かに呼ばれたような気がして、ベランダに出た。
恭介はそう語った。
恭介は、夥しい汗をかいていたが、皮膚の温度は低下している。
あのまま放っておいたら、山の深夜の冷え込みで、体がどうにかなったかもしれない。
「やめよう、やっぱり。この実験、危険だ」
恭介は息を一つ吐いた。
「大丈夫。だいたいわかってきた。もう一度寝るよ。だから悠斗」
「何だ?」
「俺と、手をつないで寝てくれ」




