【第三部】 開始 四章 天翔る日 1
【第三部】 開始 四章 天翔る日 1
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恭介が自身への薬物投与を考えたのは、白井の祖母、柏内から渡された、手紙の内容に起因する。
手紙の主は新堂陽介。
恭介の叔父であり、侑太の実父である。
恭介の畏怖対象であった創介と違い、陽介は侑太が悪戯しても、決して声を荒げることのない、見た目も含めて丸く柔らかい雰囲気の男性である。
恭介にも、古典文学や歴史の話などを語ってくれたり、たまに肩を優しく叩いてくれたりした。
「親愛なる柏内先生
先日はとりとめのない愚痴をお聞きいただきまして、誠にありがとうございました。
先生のご指摘の通り、わたくしの家系は、藤原氏から枝分かれした一族でございます。」
そう始まった達筆な手紙文には、藤影の歴史が記されていた。
中臣氏として朝廷の祭祀を司っていた先祖は、ある時から政治の表舞台に立ち、藤原姓を名乗るようになった。
されど祭祀の役割を背負う者は必要であり、能力を基準に、その者たちを選び出したのである。
そして、藤原の栄華を陰から支えるようにと、「藤影」姓を与えた。
天平の時代に、藤影の祖先は大陸へ渡り、陰陽師や卜部としての研鑽を積む。
唐の時代が終わるころ、藤影の先祖は二つの知識を日本に持ち帰る。
一つは漢方。もう一つは呪術。
恭介の曽祖父が、大陸でもらったという白い立方体の箱は、藤影の先祖が大陸で得た術の一つであった。
それは悪しきものを閉じ込める箱。
曽祖父が従軍していて出会った女性は、大陸から戻ってくることのなかった、藤影の末裔だった。
白い箱は、悪しきものを封じ続けると、次第に黒ずんでくる。封印できなくなった箱は、炭化したような状態を呈し、持ち主から離れてしまう。
恭介の叔父、陽介は、跡取りだけが受け継ぐ白い箱が、兄、創介の手元に移ってから、徐々に黒ずんでいくのを目の当たりにした。
ある時、陽介は藤影の屋敷の片隅に、真黒になった箱を見つけ、なんとか元通りの白さにならないか、柏内に相談したのだった。
「柏内先生。私は兄の脳内に、何かが棲みついているとしか思えないのです」
何かが棲みついている。
それは、牧江や戸賀崎の素行を見て、恭介が感じたことでもあった。
もしも、棲みつかせるような脳にするために、何がしかの薬物を使用したのだとしたら…
とりあえず、自分で試してみるのが手っ取り早いと、恭介は思ったのだ。




