【第三部】 開始 三章 折れた翼と遠い道程 7
7
戸賀崎は結局、少年法に基づく保護観察処分となった。
ただ、学校は自主退学した。
戸賀崎の体力が回復したら、海外の、発達障害児や青年を支援するセンターへ向かうことになる。
戸賀崎の母が決めたそうだ。
ゆっくりと時間をかけて、戸賀崎の情緒を育て直すという。
戸賀崎は母のことをようやく「かあさん」と呼べるようになった。
「処分、甘くないか?」
ひとしきり、騒動が収まった頃、悠斗が恭介に言った。
「妥当じゃないかな」
相変わらず、恭介は穏やかな表情だった。
「それより…」
恭介の懸念は別のところにあった。
意識が戻った戸賀崎の見舞いに、悠斗が行った時のこと。
「よう、小沼」
などと、戸賀崎は何事もなかったかのように、悠斗に声をかけた。
さらに
「そういえばさあ、お前、藤影、ああ、侑太じゃなくて恭介の方だけど、あいつ今どうしてるか知ってる?」
そんな質問をしてきたという。
戸賀崎、お前がそれ聞くか、と悠斗は思った。
「俺さ、意識なくして倒れた日だったかな、恭介に会ったような気がするんだ」
冗談でも煽りでもなく、戸賀崎は語った。
「鳥の羽がいっぱい降ってきて、恭介の顔が見えて、俺、助かったと思う」
戸賀崎の瞳には、ずっと貼りついていた粘ついた光が消えていた。
話し方も、いたって普通に感じる。
だが。
牧江の時にも感じた違和感。
なぜ、恭介の水難事故に関して、客観的な立場でいられるのだろう。
牧江はともかく、戸賀崎は、恭介の水没の実行犯の一人であろう。
「あいつ、恭介、今、どうしてる?」と聞かれて、
悠斗は
「お前が落とした海の底だ」
と言ってやりたかったのだが、戸賀崎の母もいるのでやめた。
ともかく
彼らの記憶は、どうなっているのか。
健忘?
捏造?
それとも
記憶の書き換え?
戸賀崎は帰りがけの悠斗に、「やるよ」と言って、例の『オーキッド』を一瓶、投げてよこした。
「ネトオクなら、結構高く売れるぞ」
もらったはいいが、売る気もなく、悠斗はその足で恭介の住まいまでやって来た。
「そっか。これ、俺がもらって良い?」
恭介の問いかけに、悠斗は怪訝な顔をする。
「いいけど…どうするの?」
「実験」
その単語に驚く悠斗を見て、恭介はあわてて手を振った。
「あ、動物実験とか、しないから大丈夫」
しかし恭介の次のセリフに、悠斗は絶句する。
「これ使って、俺が自分に人体実験するだけ」




