【第三部】 開始 三章 折れた翼と遠い道程 5
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駅から小走りで戸賀崎邸へ向かう恭介と悠斗は、同じ方向に走る女性を認めた。
かつて戸賀崎が「ママちゃん」と呼んだ人だった。
すぐに追いつき、声をかけ、一緒に裏口から屋敷内へ入る。
表の門の前には、今もたくさんのマスコミの関係者がたむろしていた。
戸賀崎の母郁子は、動転していたのか、恭介たちの正体を聞くこともなく、屋敷に入りたいという申し出を断らなかった。
一目散に戸賀崎の部屋を目指す郁子の後を追う恭介は、階上から漂う異臭に気付いた。
「悠斗、上!」
悠斗は頷き、二階へかけ上がる。
郁子が戸賀崎の部屋のドアを叩いて呼びかける。
だが、応答がない。
恭介は躊躇うことなくドアを蹴破った。
戸賀崎翼は部屋の隅で、体を丸めて横たわっていた。
口から泡状の涎を流し、首には赤い線条の痕。
郁子はすぐさま脈と心音を確かめる。
心肺停止。
お手本のような救急救命の方法で、郁子は心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。
恭介は救急へ電話する。
屋敷内にAEDはなさそうだ。
郁子が人工呼吸を行っている隙に、恭介は指先から戸賀崎の心臓の洞結節に向けて、電流を放った。
一瞬、戸賀崎の体が撥ねるように動いた。
トクン
心臓の電流が再開した音。
それは命が助かった証。
「戻ってきた! 翼! 翼!」
一方、戸賀崎の屋敷の二階では、悠斗と戸賀崎の「おかあさん」美津江が揉み合っていた。
そここに灯油がまかれ、美津江も頭からそれをかぶっている。
美津江の手にはライターが握られており、着火されたら悠斗共々火だるまだ。
「止めないで! つうちゃんのいない所で、生きていられない!」
美津江は叫んでいた。
「つうちゃん、翼? 戸賀崎のことか。戸賀崎、どうしたんだ!」
「首を絞めたの!」
何!
悠斗が怯んだ瞬間、美津江が持っていたライターが火花を散らす。
散った火花は、美津江の衣類に浸み込んだ油を発火させた。
「ぎゃあああ」
叫ぶ美津江。
悠斗は自分の上着を脱ぎ、美津江の体に急速に広がる炎を消そうとした。
だが、悠斗の髪にも火の粉は降りかかる。
やべえ!
その時、天井から、シャワーが全開となったような、細かい粒の水が降り注がれた。
火災探知機が反応し、消火活動を開始したのだろう。
駆けつける足音。
「生きてる! 戸賀崎翼は生きてるよ!」




