【第三部】 開始 三章 折れた翼と遠い道程 3
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「俺、これから戸賀崎の家に行ってみるよ」
そう言って、支度を始めた恭介に、悠斗はため息をつく。
どこまでお人よしなんだろう。
だいたい、戸賀崎も恭介を水没させた当事者の一人だ。
殺されかけて、どうにか生き延びて、現生に戻ってきたのだから、大手をふってとは言わないが、犯人たちを同じ目に合わせても誰も文句は言わないだろうに。
牧江のことだってそうだ。
もっときつく制裁しても、バチは当たるまい。
だが、恭介は牧江を救った。
戸賀崎も救いたいというのだろうか。
馬鹿な!
悠斗は苦笑する。
もっとも
そんな恭介だから、悠斗は信じた。
だから恭介を待ち続けた。
恭介のやりたいことを助けたいと思う。
これからも…
「俺も行くよ。どうせ暇だ」
その頃。
自室の中で膝を抱えて、戸賀崎は震えていた。
涙がぼろぼろ流れて止まらない。
俺は悪くない
悪くない
ワルクナイ
おかあさんが言った通りにやってきただけだ!
カリカリ
カリカリ…
おかあさん、助けてよ
なんで側にいないの
いつでも味方だって言ったよね
カリカリ
カリカリ…
戸賀崎の脳裏に浮かんでくる、一人の女性の顔。
あれ、この女性、誰だ?
おかあさん?
いや、違う。
そうだけど、そうじゃない。
カリカリ
カリカリ
ドアを引っかく音。
カリカリ
カリカリ
壁や柱を齧る音。
膝を抱えて体を丸めていた戸賀崎が気付くと、無数の赤い目に取り囲まれていた。
それは戸賀崎が解体した、マウスとラットの群れだった。
じりじりと距離を詰め、鼠たちは一斉に、戸賀崎に襲い掛かった。




