【第三部】 開始 三章 折れた翼と遠い道程 2
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日付が変わると同時に、戸賀崎翼に関するオンライン記事が配信された。
オンライン記事には、音声と動画も含まれていた。
「実験用のネズミなんて、何匹こうしても構わないだろ」
「お前なんか馘にしてやる!」
などという少年Tの声や、職員の頭をガンガン壁にぶつけている姿もアップされていた。
戸賀崎翼の本名と、在籍する学校名は伏せられていたが、企業名は「藤影グループ内の」という冠がつき、これは瞬く間に特定された。
ネットは炎上。
「小動物虐待のサイコパス野郎」を糾弾するスレッドが乱立。
日が昇る前には、戸賀崎翼の本名、在籍学校名、及び戸賀崎の顔写真が、あちこちに貼られ、拡散されていた。
「どういたしますか、社長」
仙波が、オンラインの記事を見ている藤影創介に尋ねた。
「戸賀崎は責任取って退任。そのまま例の病院にでも突っ込んでおけ」
「戸賀崎の息子や、学校の方は?」
「高等部校長は解任。戸賀崎の息子は放っておけ」
「かしこまりました」
「例の病院」とは、藤影グループが持つ、療養型の医療機関である。
島内が、水難事故を調べていた時に、証言できそうな人物がいつのまにかいなくなると、かつて悠斗に語っていたが、そのような人物は、だいたい「例の病院」に収監されていた。
仙波はあちこちに指示と手配をしつつ、戸賀崎翼だけは、少し追い込んでおこうかと考えていた。
早朝から、戸賀崎恵三の会社、トガサキヘルスコンシューマの門前と、狩野学園の周辺、そして戸賀崎の自宅前は、マスコミでごった返していた。
その様子を、恭介と悠斗はテレビで観ていた。
昨夜は、白井は自分の父に連絡を取り、白井父からの指定で、霞が関のとある場所に向かっていった。島内と瑠香も同行している。
取り残された形となった恭介と悠斗は、一緒に恭介の部屋に帰った。
そして、とりとめのない話をしていると、白井から連絡があり、戸賀崎の記事を知らされた。
同時に、学校からも緊急通達が配信され、向こう一週間、学園全体が閉鎖となったようだ。
「なあ、どう思う?」
一通り、ネットの記事を読んだ後に、悠斗が恭介に聞く。
「戸賀崎って、ここまでやる奴だったっけ」
恭介が逆に質問を返す。
確かに昔から変な男だった。
昆虫を集めて、にやにやしながら独り言を言っていたり、女子に暴言を吐いたり。
ただ、小学生の頃の戸賀崎は、純粋に生き物の世界に興味があり、たまにそれが暴走するといったように恭介には見えていた。
「ああ、そうか。お前知らないもんな。中学部になって、なんとかコンクールで賞を取ったあたりからかな、ふつうじゃない、つうか、明らかに変になったよ」
戸賀崎の自滅。
直接、恭介がどうこうしなくても、彼は勝手に裁かれていく。
法にも、世間にも。
自業自得と言えばそれまでのこと。
それだけのことを戸賀崎はしたのだから。
だが、
恭介の胸に泡立つ、小さな波。
これで、これだけで本当に良いのだろうか。
このまま朽ちていく彼を見つめることが、復讐になるのだろうか。
その頃。
戸賀崎翼の身を案じ、そのもとへ駆けつけようとしている一人の女性がいた。
翼の母、郁子である。




