【第三部】 開始 一章 最初の門 5
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夢を見ていた。
走っても走っても、黒い腕が何本も追いかけてくる。
原始的な恐怖を感じ、恭介は逃げ惑う。
危うく、裾を掴まれそうになった時、柔らかな光のベールに包まれた。
それでもベールの外側から、腕は何回も攻撃をしてくる。
怯えながら、体を小さくして座っていると、光の中に、リンの顔が浮かびあがる。
「なかなかよくできた結界じゃ」
偉そうにひげを撫ぜ、リンは恭介に言った。
「恐がらなくて良いぞ、キヨスケ。恐がると、あやつの力が増すばかり」
恭介は、ほっとして肩の力を抜く。
すると、攻撃していたものの気配は、すうっと消えた。
「覚えておくが良い、キヨスケ。憎悪も怒りも、跳ね返すのは簡単なこと。だが、跳ね返しても、またやって来る」
では、どうすれば良い…
「憎しみの感情を、溶かすことが必要なのだ。そのためには…」
はっとして恭介が顔を上げる。
いつのまにか机に突っ伏して、寝てしまったらしい。
ふと見ると、机の上に置いていた、白井がくれたお札が、半分くらい黒く変色していた。
焼けて、焦げたような色だった。
そして文化祭前夜を迎えた。
湿度の高い空気が、体にまとわりつく季節。
侑太と原沢、戸賀崎は配下の生徒に準備を押し付け、生徒会室でたむろしていた。
「牧江は?」
原沢が尋ねると、侑太がけだるそうに答えた。
「例の企画の最終チェックだと」
戸賀崎が「例の企画」と聞いて、眉毛をピクっと動かす。
例の外部生が関わっていることは、生徒会でも把握している。
「文化祭終わったら、あいつ、やっちゃっていいだろ?」
戸賀崎が侑太に言う。
「あんま、やりすぎんなよ」
このところ、戸賀崎の苛立ちは目に余る。時折、奇声を上げながら、蟻を踏みつぶしたり、校内の池に石を投げつけたりしている。
さすがに、一部の生徒や教師から、侑太のところに「なんとかしてくれ」とクレームが入っている。
文化祭が終わるまでは、手を出さないように指示していたのは、牧江が煩いからだった。
適当に戸賀崎のストレス発散をさせておかないと、余分な火の粉が侑太の方まで飛んでくるかもしれない。仙波に、外部生の松本と、少々揉めるかもしれないと言ったら、「ほどほどに」と返された。
ほどほどなら、まあ良い。好きにさせよう。
「俺にもやらせろよ」
原沢がニヤニヤしながら、戸賀崎に言う。
「ああ、構わないぜ」
その牧江の企画の最終打ち合わせが終わり、帰ろうとする恭介の手を、牧江が握る。
「ねえ、後夜祭、一緒に踊ろうよ」
後夜祭では、生徒も教師も参加して、例年、ダンスパーティが開催されている。
さりげなく、牧江の手を解いた恭介は、曖昧な微笑みを浮かべて立ち去った。




