【第二部】失くしたものと得たものと 四章 青空に向かって 2
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恭介の掌には、焼け焦げたような黒い斑点がついていた。
思いを母に届けることは、一筋縄ではいかないようだ。
地底で蓄えた知識の中に、陰陽五行を基にした呪術の方法もある。
リンやスズメが良い顔をしなかったので、詳しくは覚えなかったが、藤影の屋敷を取り巻く霧や棘だらけの蔓は、おそらく結界とか陣とかいった、その類であろう。
母が屋敷内にいることは確実なので、それがわかっただけでも善しとする。
恭介はそのまま眠りに落ちた。
―……ケ、…スケ、キヨスケ―
脳内に、懐かしい声が響いた。
恭介は起き上がり、声の方向に歩き始める。
緑の木々。流れる小川。
地底の風景に似ている。
地底…ああ、これは夢か。
夢を夢と自覚して、動いている自分。
明晰夢というものか。
「夢であって、夢に非ず」
耳をピンと立て、偉そうに顎を突き出しているリンがいた。
「前に言ったであろう。寝ているときなら、誰でもこの地へ来ることが出来ると」
ああ、そういえばそうだった。
「なんとか、元の生活に戻ったようですね」
スズメがコロコロとした声で囀る。
「かげっちに、レイ様からの伝言があるんで呼んだぜ」
人の姿のメイロンだ。
なんだろう。
「キヨスケよ、我らの依り代を用意しておけ」
よりしろ…?
なんだっけ、神様が宿るもの、か?
神社でも作れということだろうか。
恭介の疑問に答えることなく、三体の聖なる者たちは、霞のように消えた。
翌週の朝、校内にはテストの結果が貼りだされた。
外部生と内部進学生は、一年生の間は、英語と数学は別々の順位がつけられる。
理科と社会は同じ問題が出題されるので、一括した順位表になっている。
恭介が登校すると、白井が大きく手を振って呼んでいた。
「すげえよ、松本! 国語と地理以外、全部トップじゃん!」
恭介は、順位自体に興味はあまりなかったが、我が事のように、はしゃぐ白井を無下にもできない。
「まあ、授業料免除かかっているから」
内部進学生では、侑太の名が、ほとんどの教科の一番上にあった。
さも当然といった表情の侑太が、チラリと恭介を見たが、恭介はその視線に気付かないふりをして、教室に向かった。
恭介の後姿を、粘液のような視線で追いかけている生徒が一人いた。
戸賀崎だった。
スーパーサイエンス少年として、マスコミにも取り上げられた戸賀崎は、理系科目、しかも生物で外部生に負けるなど有り得ない。あってはならないことだ。
アリエナイ
アリエナイ
アリエナイ!
戸賀崎はその足で、生物準備室に向かった。
生物を教えているのは、年寄りの非常勤講師である。今日は学校に教えに来る日だ。
だいたい、今回のテストは、出題内容が良くなかった。
この学校のことを何にも分かってない爺だからだ!
戸賀崎はいきり立ち、準備室に飛び込み、非常勤講師につかみかかった。




